海自航空輸送部隊 第61航空隊(8)
硫黄島から本土に向かう隊員らが乗り込み貨物が搭載されると、休む間もなく厚木航空基地へ戻ります。
往路と同じく約2時間半のフライトで、巡航高度に達したら、ようやくクルーは昼食の時間です。少しずつ時間をずらして一斉に食べることを避け、ふたりのパイロットは食中毒対策でそれぞれ別の種類の食事を取ります。パイロットが「硫黄島から厚木までだと八丈島がちょうど中間地点なので、八丈島が見えると帰って来たなという気持ちになります」と話してくれました。
15時前、無事に厚木航空地に戻って来ました。いざ降りようとしたところ、今度はワイヤートラブルでドアが開きません。クルーも、乗っていた隊員たちも全員、貨物と一緒に機体後部から降りました。実はこれ、原稿に書いたところ、照会の段階でカットされてしまいました(海幕広報室曰く、「そんなボロい航空機にうちの子どもを乗せられない」と、募集に影響が出かねないのです…という話でした)。
気象条件については搭乗前に「途中で積乱雲などが発生する可能性はあるが、大きな問題はない」と聞いていた通り、コックピットの暑さを除き、揺れることもなく安定した快適なフライトでした。コックピットは暑さ対策で足元にセーキュレーターが置かれていたり、ダクトを通して届く冷風(らしきもの)が効率よく広がるようペットボトルを用いた手作りグッズが取り付けられたりしていました。が、それらのくだりもすべて照会の段階でカットされてしまいました(理由は同上)。
ロードマスターは荷物の降ろし、FEは整備補給隊と機体の確認など、機体を降りてからもクルーの仕事は続きます。
C-130Rのクルーはほとんどほかの機種から転換してきているので、必然的に平均年齢が高めになります。そのため、ほかの部隊の若い隊員から「61空に近づくのは怖い」と言われてしまうことがあるそうですが、実際はみな温厚で、地上でのインタビューも、フライト中のクルー同士のやりとりも、とても穏やかで落ち着いていたのが印象的でした。
硫黄島から乗ってきた隊員たちは機体から降りる、とすぐに基地のターミナルで私服に着替え、満面の笑みを浮かべて相模大塚駅行きのバスに乗り込んで行きました。休日なのか、任務の交代なのかは不明ですが、彼らにとっては待ちに待った「本土でのオフタイム」に違いありません。
C-130Rは古い機体ゆえに、故障や不具合がつきものです。実際、同乗した今回のたった1度のフライトですらアクシデントが発生しました。以前、ロードマスターから「飛行中にトラブルが発生することもあって大変だが、お客さんを乗せているときは平然とした顔を装えるようになった」と聞いたこともあります。
どれほど丁寧にメンテナンスをしていても、ベースとなる機体が古いと予期せぬ事態はどうしても起こり得ます。後継機の選定はすでに始まっているので、今後のニュースにも注目です。
橋口司令は「我々が機体を選ぶことはなく、海上自衛隊として必要な機体が選定され、その組織のニーズに合わせて運用するのが我々の役割です。あえて申し上げるとすれば、新たな機体を導入する場合には、どれだけ既存のノウハウが継承できるかが重要なポイントになります。基礎的なスキルの再教育が少なく済めば、よりスムーズに移行できると考えます。可能であれば、これまでの知見が活かせる、継承性の高い機体がありがたいとは思います」と語りました。
61空だからこそできる離島への物資輸送や災害派遣などの重要な任務が滞ることがないよう、選定の行く末を見守りつつ、61空の粛々と任務を遂行するプロフェッショナルな隊員たちに敬意を表したいと思います。
(「海自航空輸送部隊 第61航空隊」 おわり)








