海自航空輸送部隊 第61航空隊(2)
===第1回おさらい===
厚木基地を拠点にC-130RとLC-90の2機種を運用し、人員や物資の輸送任務に従事する第61航空隊。自衛隊初の「中古機購入」、この部隊でしか行なえない「小笠原定期」など、実は興味深い話題にはこと欠きません。今回は厚木~硫黄島フライト同乗レポートも含め、61空の任務役割やベテランクルーたちの仕事ぶりをご紹介します。
海上自衛隊唯一の航空輸送部隊である第61航空隊(以下、61空)。1971年12月に千葉県の下総航空基地で新編され、同年厚木航空基地へ移動、以来半世紀以上にわたり海自の航空輸送業務を担っています。
創隊からYS-11Mを、1989年からはLC-90も加わり2機種を運用してきましたが、2014年にYS-11Mは引退、任務はC-130Rへと引き継がれました。
北は八戸、南は那覇、東は硫黄島や南鳥島の海自航空基地まで定期的に人員・物資の輸送を行なうほか、広報活動の一環として航空機展示や体験搭乗も実施しています。
61空司令の橋口剛1佐(取材時)は過去に哨戒機P-1の戦術航空士として第3航空隊、第51航空隊に、さらに航空集団司令部での勤務経験もあり、これまでに厚木航空基地でのべ5年以上を過ごしてきました。
「61空は航空集団直轄の部隊であるという点が、まず大きな特徴です。また、海上自衛隊の航空部隊といえば、P-1やP-3Cといった哨戒機が主力で、ヘリコプターは護衛艦等に搭載し運用されていますから、私たちのような輸送専門の部隊はきわめて少数派です。さらに、大型機のC-130Rと小型機のLC-90を使い分けて任務を行なっているという点も、海自の中では珍しいです」
「任務は、基本的には海自の航空基地間における人員や物資の輸送が中心です。なかでも硫黄島や南鳥島といった遠隔地への定期輸送は重要な任務で、現地のライフラインを維持する役割も担っています」
「一方、突発的な輸送も珍しくありません。たとえば、どこかの基地で整備用の機材が壊れたとすると、必要な部品をすぐに運ばなければなりません。そうした緊急対応の輸送も任務のひとつです。また、輸送機は貨物スペースが広いので、かなり多用途に使えます。哨戒機のようにセンサー類を積んでいない分、荷物の自由度が高いので、災害派遣にも柔軟に対応できますし、展示や体験搭乗といった広報活動にも向いています」
機体の整備を担当するのは第4整備補給隊で、1962年に第4支援整備隊として下総航空基地に発足、1973年には第4航空群とともに厚木航空基地に移設されました。1998年12月に第4整備補給隊として新編され今にいたります。
ところで、引退したYS-11という機体に懐かしさを覚える飛行機好きは少なくないでしょう。
戦後初の国産ターボプロップエンジン方式中型輸送機であり、民間航空会社でも旅客機として、日本のみならず世界各国で運用されました。
1962年に初飛行試験に成功して以降、国内における旅客機としての運航は2006年に終了、海上保安庁が運用していた機体も2011年に退役しました。
残すは海自のYS-11Mと空自の電子情報収集機、YS-11EBのみとなっていました(電子戦訓練機のEAタイプもあります)。YS-11EBは現在も現役ですが、後継機であるC-2輸送機に新たな電波情報収集装置を搭載したRC-2の運用も始まっています。
===ここから第2回です!===
61空のYS-11Mについては、本来はもう少し長く運用する予定でした。
ところが東日本大震災で物資輸送の任務にフル稼働で対応した結果、当初の運用計画に基づく飛行時間を大幅に超え、耐用年数が早まってしまいました。つまりは運用停止時期が想定よりも早まったことで、急ぎ後継機を確保する必要が生じたのです。
時間に猶予のない切迫した状況、かつ取得費用も抑えなければならないという制約もある中で浮上した選択肢が「中古機」で、白羽の矢が立ったのがC-130Rです。これは米海兵隊を退役しモスボールされていたKC-130R空中給油・輸送機です。
「色々な可能性を探った結果、アメリカで保管されていたC-130Rが比較的状態が良く、再生すれば長く使えるという見通しが立ちました。当時の防衛大綱には記載されていない案件でしたが、取得時間が短くて済む、取得費用も抑えられる、かつ使用可能期間も長く見込めるという条件が揃っていた背景から、緊急性を踏まえて、2011年度の補正予算で計上されたという経緯があります。本当に急ぎの判断でしたが、『これなら次に繋げられる』という確信があったからこその決断だったと思います」(橋口1佐)
61空ならではの任務のひとつである硫黄島を経由して日本最東端の南鳥島へ向かう「小笠原定期」は、厚木航空基地から硫黄島まで約1250km、南鳥島はそこからさらに約1300km。空荷で最大2200kmというYS-11Mの航続距離では、周囲にオルタネート(代替飛行場)が存在しない小笠原定期だと、荒天などによっては出発地に戻る必要がありました。導入したC-130Rでは余裕をもって往復できるようになりました。
61空司令の橋口1佐にお話を聞きました。
橋口司令にとって3度目の勤務となる厚木航空基地には、61空のほかに航空集団司令部や海自が装備する航空機に関する研究開発や試験・訓練指導等を行なう第51航空隊などが所在しています。
「厚木航空基地にはさまざまな部隊がそろっているので、『今、海自の航空部隊は何をしているのか』『研究開発で次にどういうことをやっていかなければならないのか』などが、ここにいればすべて把握できるのは大きな利点です。もちろん今の時代ですからリモートでも確認できることは多いですが、そこで従事している隊員に直接会えるというのは地の利があり、その中心にいることのメリットは大きいと感じます。専門知見を持った人たちが集まりやすい環境にあるというのは、この基地の強みと言えるでしょう」
「61空の輸送任務では、自分の成果が目に見える形で表れることは多くありません。しかし、『誰かのニーズに応える』ことが成果です。過酷な環境で任務に当たる隊員たちを支援できることに、私自身も誇りを持っています。飛行任務は常にリスクと隣り合わせであり、天候や航空交通の状況を予測しながら長距離を飛ぶには、万全な準備と柔軟な対応が欠かせません。特に輸送機部隊では離着陸の回数が多く、毎回同じ手順を確実に守ることが何よりも大切です。飛行中はもちろん、地上でのタキシングや滑走路上の状況も常に意識する必要があります。そのため隊員たちには『基本手順の厳守』を徹底して指導しています。一つひとつの作業において抜け漏れがないよう、常に警戒を怠らないことが重要です」








