令和8年熊本地震災害派遣と過去の長期災害派遣事例 (3)

2026年9月13日

先週は災害派遣における自衛隊の待機態勢、災害派遣要請から派遣の流れをご紹介しました。そして災害派遣で難しいのは撤収だ、とも。そして最後に「ではどのように撤収するのかはまた来週」と書きました。
撤収時期の判断は災害派遣に従事している現場部隊の指揮官ができるものではありません。都道府県知事等から「撤収要請」が行なわれるか、または事態の収束に伴い、防衛大臣または大臣の指定する者から「撤収命令」および「解除の実施命令」が出され、それによって部隊の撤収が行なわれ、一連の災害派遣活動が終了します。
今回、このメルマガの記事作成にあたり自衛隊の過去の災害派遣についてもいろいろ調べたところ、興味深いデータも得られたので、熊本地震の災害派遣のお話に進む前に、もう少しだけ「自衛隊の災害派遣」についてお話させてください。なかなか本題に進めずすみません!

みなさまは、自衛隊の最長期間となった災害派遣が何かご存じでしょうか。
多くの方は「東日本大震災」と思われるのではと思います。しかし東日本大震災における災害派遣期間は、意外かもしれませんが歴代第3位です。

東日本大震災は地震・津波対応の大規模震災災害派遣(2011年3月11日~8月31日)の174日間と、福島第一原発対応の原子力災害派遣(2011年3月11日~12月26日)の291日間というふたつの異なる派遣があります。派遣期間が長きにわたったのは、原子力災害派遣における初期の原子炉冷却のための放水に続き、住民・支援者の放射線量計測・除染や緊急被ばくスクリーニングが長引いたためです。
しかもこの災害派遣期間には盲点があり、実際は2012年3月末まで、緊急被ばくスクリーニング(約3万人)や福島県楢葉町、富岡町、浪江町、飯舘村での本格的除染活動などが行なわれていました。2012年1月1日以降が特措法に基づく環境省主導の本格的復旧・除染フェーズとなり、自衛隊の関与は「関係省庁との連携・協力業務」へと移行したため、制度上「災害派遣」と呼ばれなくなったにすぎません。実際に現場で行なわれているのは災害派遣活動の継続でした。
自衛隊法第83条の3に基づく「原子力災害派遣」ではなく特措法に基づく環境省主導の本格的復旧・除染フェーズとなったこの期間を含めると、原発対応における自衛隊の災害派遣に相当する期間は382日間となります。

第2位は、まだ記憶に新しい2024年の元旦に発生した令和6年能登半島地震です。
こちらはつい先日、2026年8月31日に終了、9月2日に石川県珠洲市で見送りセレモニーが開かれ、自衛隊の災害派遣活動が正式に終了したばかりです。本当にここ数日の話なのですよね。
この災害派遣が974日間という東日本大震災より2.5倍以上もの長きにわたった最大の理由は、上下水道の復旧に時間を要したこと、広範囲のインフラ被害が発生したことにあります。とりわけ上下水道や道路の復旧が地理的環境もあり困難で、8月末まで石川県珠洲市で入浴支援を実施していました。

では歴代最長の災害派遣はなんだったかというと、雲仙普賢岳噴火における災害派遣です。これは1990年5月から1995年12月までという約4年半、1658日にもわたりました。ぶっちぎりの最長記録です。

(つづく)