神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生(45)
勤務評定のフォーマットは定められたものがあるが、実際にそれを見て昇任を判断する立場からすると、所見の部分を含み不十分な点が多々あった。だから部隊まで足を運び「この隊員はどうですか」と聞かなければいけないことが少なくなかった。勤務評定を見れば人となりや能力が一目瞭然という形にできないものか。これが火箱の与えられた命題だった。
まず理想的な勤務評定の評価項目、フォーマットはいかにあるべきかについて研究した。人事考課に関する著書を沢山読み研究し、民間の保険会社や製造会社の人事担当者を訪ね、人事考課に関する企業の取り組みや姿勢などの話も聞いた。
勤務評定そのものは訓令で決まっている。その訓令を生かしつつ、どのような要素を加えることでより使える勤務評定にするか、日々検討した。部隊長は多忙だから、文章で長々と書かせるのは負担が大きい。そこで吟味した項目を羅列し、そこに部隊長がチェックを入れれば済むようにもしてみた。
上司もいない、部下もいない。ひとりで業務に取り組むのは補任課時代と変わらなかったが、他者の人生を左右するすさまじい重圧からは解放され、火箱はのびのびと研究に専念した。人の目がないからとさぼることもなく、スケジュール 管理も自身でしっかり行ない、残業がない分(陸幕勤務時代の癖が抜けずに最初は遅くまで残り、気づけば真っ暗で人っ子ひとり見当たらずあわてた)、課業後はランニング(自衛隊用語では駆け足)で汗を流した。
統幕学校での学生生活や補任課での超過勤務で衰えがちだった火箱の体力は、業務学校で毎日走ることによって見違えるほど改善された。定時で業務を終えられるのがうれしくてたまらず、一日の業務を終えた後は毎日校内を走った。もともと長距離は柔道と並んで得意な種目なだけに、水を得た魚のように体が反応した。
やがてハーフマラソンにも出場するほどになり、体重もレンジャーでばりばり動いていた最盛期と同じ、自分がもっとも動ける72キロのベスト体重になっていた。このときすでに40代半ばだったが、往年の体力を取り戻したのだ。 昼間は研究に没頭し、夕方がっつり走り、頭も体も使う生活は充実していた。喉の渇きを我慢したまま帰宅して冷蔵庫に直行し、手にしたビールを飲むときはまさに至福の瞬間で、「生きてる!」と実感できた。
しかしこれがまずかった。
毎日のように水分不足の体にビールを注入しているうちに、足の指がときどき痛みを感じるような日が続くことがあった。「突き指でもしたかな?」と思っていたところ、ある日突然、靴を履けないほどの痛みに襲われた。
これはまずいと業務学校の医務室に行くと、看護師から「どんな生活してるんですか!」と叱られた。なんと痛風発作を起こしてしまったのだ。
(つづく)






