神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生

神は賽子を振らない

「約300万円のパジェロはぜいたく品で高い」という理由で、一定数充足しなければならない装備部の一部には反対という声もあったが、この通称パジェロの導入を通せたのは火箱にとって大きな成果だった。
また、戦闘装着セットの予算を取れた ...

神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生

神は賽子を振らない

補正予算が終わると、平成8年度の予算に取りかかった。当時は07大綱という新しい防衛大綱が策定され、師団を旅団化し、陸自の人員を18万から16万体制に移行する最初の年だった。

「定員は削って小さくする代わりに、実員は全部ぎゅ ...

神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生

神は賽子を振らない

また、業務学校での半年間の研究を終え、いよいよ陸幕の業計班長に着任するという直前には、地下鉄サリン事件が起きた。オウム真理教とサリンの関係は耳にしていたし、化学部隊も協力していたから認識はしていたものの、まさか人類史上初の地下鉄におけ ...

神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生

神は賽子を振らない

勤務評定のフォーマットは定められたものがあるが、実際にそれを見て昇任を判断する立場からすると、所見の部分を含み不十分な点が多々あった。だから部隊まで足を運び「この隊員はどうですか」と聞かなければいけないことが少なくなかった。勤務評定を ...

神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生

神は賽子を振らない

人事1班では年に2回、夏冬の昇任・補職時期には「詰めきり作業」といい、部内電話のかからない環境にこもり、雑音を遮断し作業に専念した。予算があるときは安ホテルや旅館の部屋に詰めていたが、火箱がいた最後の頃は「そんな予算はない」と言われた ...

神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生

神は賽子を振らない

入校中の1993(平成5)年1月、火箱は1等陸佐になった。このとき、九州に暮らす母親は体調が悪化し入院しており、意識も半ば朦朧としていた。もっと近くで面倒を見てやりたいという思いはあってもそれができなかったから、いい病院を必死に探しも ...