神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生(51)

「約300万円のパジェロはぜいたく品で高い」という理由で、一定数充足しなければならない装備部の一部には反対という声もあったが、この通称パジェロの導入を通せたのは火箱にとって大きな成果だった。
また、戦闘装着セットの予算を取れたのは、裏技というか知恵を絞った業計の手柄だった。
装備品は戦車などの火力を伴う正面装備が甲類と、通信機など甲類に付随するものが乙類とに分類されている。これまでのOD色の作業服は被服扱いなので、甲乙どちらにも分類されない。どうしても正面装備が優先されるので、被服に予 算がつくのは最後の最後になってしまう。
作業服、半長靴は2着(2足)ずつ支給されていたが、演習を繰り返しているとすぐに使い物にならなくなる。そのため、ほとんどの隊員が、隊内売店で売っている半長靴や作業服を私費で買っていた。
その頃、新しい迷彩服、半長靴、背嚢、サスペンダー、ケプラー繊維製の鉄帽が開発されてきた。これらを1日でも早く部隊に支給したかった。それまでの半長靴は市販されているものよりお粗末な代物だったし、昔ながらの背嚢は容積が小さく体の構造を無視したような作りで、火箱も長時間背負っていると手がしびれて動かせなくなることがあった。隊員たちのためにも、もう少し新しい、まともな個人装備を整えてやりたかった。
しかし小物の物品を個別に要求したところで、予算が通るとは思えない。そこですべてまとめて「戦闘装着セット」として要求することで、予算を通しやすくしようと考えた。
「よし、迷彩被服は戦闘支援をしているんだから乙類の装備品として取るぞ。しかも背嚢や半長靴、サスペンダー、鉄帽なども、人員と装備品の支援をするものだということで、ひとり1セットで取ろう」
火箱たちの「部隊の隊員たちのため、なんとしても予算を取る」という強い意志が、このようなアイデアを生み出したのだった。処遇改善もかなり進んだ。ぼろぼろの官舎の建て直しは火箱の悲願でもあり(自身も散々そういう官舎に暮らしてきた)、やっとできるという思いだった。

想定外に大変だったのは、連絡偵察機、LR-2の調達だ。老朽化したLR-1の後継機として選ばれたのだが、当時の橋本総理が難色を示したのだ。いわく、「なんで武装していないんだ」。橋本総理はいわばマニアで、装備品にも詳しかった。
「陸自が運用する連絡・偵察用の固定翼の航空機ですから、陸自の保有する短い滑走路でも離着陸ができる小型の固定翼機が必要です。武装すれば重量が重くなるので滑走路の長さが足りず、離着陸できなくなってしまいます」
そう説明しても、なかなか納得してくれない。しまいには大蔵省が「LR-2どうするんですか?」と聞いてくるほど引っ張り、ぎりぎり最後にようやく頷いてくれて導入が決まった。

そんなこともあったが、業計班の2年間で、火箱はほぼ満足のいく予算を取ることができた。陸自になにがしかの貢献ができたと自負した。が、そろそろ現場に戻りたかった。自衛官の本来任務として隊員たちと一緒に演習場で汗を流し、精強な部隊づくりに貢献したかった。その願いは叶い、普通科の幹部自衛官になったときから「定年を迎えるまでに、ぜひやりたい」と熱望していた普通科連隊長として北海道に赴くことになった。しかも部隊は、冷戦は終了したとはいえロシアと国境を接する北鎮部隊、第2師団の第3普通科連隊である。