海自航空輸送部隊 第61航空隊(4)
輸送業務に同行させていただいた際のクルーの話の続きです。
M1曹は機上輸送員、いわゆるロードマスター。P-3Cで機上武器員として経験を積んだ後、ちょうどC-130Rの導入が決まったタイミングで61空にやってきました。
「P-3Cでは機上武器員として船の識別などを行なっていましたが時代が進むとシステムでの識別が可能となり、目視による識別へのやりがいを感じにくくなっていたタイミングで61空とのご縁がありました。現在の仕事は、貨物を搭載する際にその重量と重心を計算し、『ここに載せれば飛行機が飛べる』という計算書を作成することです。また、実際に荷物を搭載したり、搭乗者が快適に過ごせるよう配慮する役割も担っています。輸送任務なので、扱うものも多岐にわたります。たとえば危険物だったり、民間の方を乗せるケースもあったり。特にVIPの方を乗せるときは緊張感があります」
忘れられないつらい思い出もあります。
「南鳥島に駐在していた民間の急患の方を急きょ本土へ搬送する任務がありました。私はそのとき貨物室の近くで、担架の上に乗せられた患者さんを見守っていました。その方は搭乗時からかなり危険な状態で、同乗していた医師も可能な限り手を尽くしたのですが、残念ながら後に亡くなられたと聞きました。あのとき自分にできることはもっとなかったのかという気持ちも含め、今も思い返すできごとです」
機上整備員、通称FEのA2曹もまた、P-3Cのクルーを経て61空に配属されました。
C-130Rではコックピットに操縦士2名と航法・通信員の幹部自衛官3名、そしてFEの海曹の計4名が座ります。FEは2人のパイロットのすぐ後ろに鎮座し、彼らの座席に身を乗り出して計器を操作したりパイロットとやりとりしたりします。
「FEの仕事をシンプルに言えば『飛行機に異常がないかを常にチェックする』です。飛行機の不具合に対して対処するのが仕事なので、何のトラブルもなく順調に任務を完遂できたときは『出番がなくてよかった』と思えます。しかしトラブルが発生するときは、たいがいマニュアルにはなかった想定外のアクシデントです。その際に状況を確認し、パイロットに『このまま行けます』『帰ったほうがいいです』と進言しなければなりません。そのため、これでよかったのか、別の方法もあったのではと、自問自答することも少なくありません。熟考の末『行けます』と言ったものの、内心はドキドキしていることもあります。無事に厚木航空基地に帰り、『今日は何もありませんでした』と胸を張って言えたときには、『今日も自分はちゃんと仕事をやれたな』と実感できます」
「T3佐からコロナの話が出ましたが(注:先週のメルマガでご紹介しました)、あの時期に物資を運んだり、患者を担架に乗せて硫黄島から連れ帰ったりという任務も印象深く心に残っています。感染リスクが高かったので我々も防護装備を整え、患者を隔離した状態で飛行しました。搬送後は機体を徹底的に洗浄したことも、あの時期ならではの経験だったと思います。また、S3佐の話にあったように、2024年にC-130Rで初めて海外運航に従事したのも忘れられない思い出です。61空で初めての海外任務ということもあって、私にとっても大きな経験でした。ただ日帰りだったので、航空機の外に少し出て、現地の空気を吸って帰ってきました。次回はもう少し自由時間があるかもしれないと聞いたので、また参加したいと思っています。次はぜひ、ステーキを食べて帰りたいですね(笑)」






