国際防衛ラグビー競技会(IDRC・軍事ラグビー)(2)

日本代表チームは昨年10月から大会までの期間に6回の合宿を実施。第1回合宿には陸海空自の隊員86名が参加し、その後43名まで絞られ、直前合宿で最終フォワード19名、バックス15名の代表選手(習志野16、船岡14、青森1、海自下総3)が確定しました。

ラグビーをご存じない方のために説明すると、フォワードはナンバーが1~8番で、スクラムを組む人たちと言えばわかりやすいでしょうか。プロップ2名(1、3番)、フッカー1名(2番)、ロック2名(4~5番)、フランカー2名(6~7番)、ナンバーエイト1名(8番)とポジションの名称ごとに役割が異なります。タックルする力、タックルされても倒れない力、相手を押す力など、パワーが求められるので、体の大きな人の多いのがフォワードの特徴です。

バックスは9~15番で、スクラムハーフ1名(9番)、スタンドオフ1名(10番)、ウイング2名(11、14番)、センター2名(12、13番)、フルバック1名(15番)。基本的にトライを決めるのが役割のため、俊足な選手がバックスになることが多いです。また、スクラムハーフはスクラム時にボールを投入する役割を担い、スタンドオフはチームの司令塔となることが少なくなく、ペナルティやコンバージョンなどのキックも担当します。15名それぞれに役割があるので、巨漢でも小柄でも活躍できるポジションがあるのが、ラグビーの魅力のひとつです!

選手のほとんどが全自衛隊ラグビー大会の2強でありチャレンジイースト2部に属する船岡、習志野の両駐屯地チームの所属選手ですが、主将には海自下総の堀口裕二3曹が選出されました。「人間性が素晴らしい。練習でもウォームアップでも、いつも自分からチャレンジしている。彼のメンタリティーはチームの鑑になる」と絶賛、推薦したのは松尾勝博ヘッドコーチです。

松尾氏は故平尾誠二氏らと共にバックスの名プレーヤーとして日本ラグビーの一時代を築き、3度のW杯出場経験を持つ人物。もしもヘッドコーチが自衛官だったら、数的要素でおそらく陸自の選手が主将になったことでしょう。松尾氏だからこそしがらみのない判断ができたのではないかと感じます。

また、代表チームを支えるコーチ陣の中には、元自衛官もいます。入隊後、習志野でラグビーを始め、後に「強いチームでやりたい」とトップリーグのNECグリーンロケッツでプレーしたという異色の経歴を持つ東考三FWコーチです。

そして代表選手たちを支えるのはIDRC事務局(局長・尾崎義典空将補以下約60名)。

選手が着用するユニフォームは、空自第2輸送航空隊(入間)の後藤庄太1曹がデザインしたもの。歌舞伎の隈取りをイメージした黒い力強いラインが胸から肩へ描かれており、左胸には防衛大臣旗と同じ5つの桜の花がプリントされています。まさに陸海空すべての自衛隊が一丸とった統合運用で、いよいよ大会本番を迎えました。

ホスト国として入念な準備を進めてきた自衛隊でしたが、各国のチームがついに来日するというまさにそのとき、台風15号が日本を縦断。フライトが遅れ9日の開会式に間に合わなかったチームもあり、トンガ王国軍にいたっては11日の初戦にも間に合わず、豪に不戦敗という残念な結果となってしまいました。

千葉県を中心に多大な被害をもたらした台風の影響は、試合会場である習志野演習場にも及びました。災害派遣に赴く部隊がある一方、倒木や大量の落ち葉で惨憺たる有様となった会場を、わずか2日できれいにしなければなりません。当日は会場までの道もきれいに掃除されていましたが、まだ濡れている落ち葉が隅にまとめられていたり、根元から折れた大木が短く伐採されていたりと、被害の片鱗があちこちに見られました。

なお、この年は台風15号の後に台風19号も日本に上陸し、各地に大きな被害をもたらしました。

試合は1回大会王者の英国軍が69-3でジョージア軍を寄せ付けず4強入り。朝霞会場で行われた仏軍×パプアニューギニア国防軍は71-0と仏がゼロ封、前回王者フィジー軍と初参加の韓国軍(体育部隊/尚武)はフィジーが92-6と韓国を一蹴し、ベスト4へ進みました。


(つづく)