陸自の演習場整備(2)
鬼志別演習場の整備を担当する第3即応機動連隊が第3普通科連隊から改編された経緯と背景についても触れておきます。
冷戦時代の日本にとっての脅威はソ連であり、着上陸される場所として想定されていた北海道には陸上自衛隊の火力や火砲、つまり戦車部隊や特科部隊がほかの地域よりも多く配置されていました。着上陸地点は日本海側の抜海村とオホーツク海側の浜頓別町の周辺と予想されており、双方から旭川平野を目指して南下する道路は、名寄駐屯地から約50キロ北に位置する音威子府村で合流します。まさに最前線の地だった3連隊の精強さは広く知られ、これまでに3連隊長経験者の陸上幕僚長を3名も輩出している全国で唯一の部隊でもあります。第一次イラク復興支援群も3連隊長である番匠幸一郎1佐(当時)が群長でした(番匠氏は2015年に退職、現在は防衛大臣政策参与です)。
3連隊を筆頭に、道北の防衛を担う第2師団隷下の部隊には「北鎮師団」として北の脅威を最前線で迎え撃つという共通の任務役割があったため、師・旅団の中でもとりわけ精鋭とされてきました。
しかし現在の日本で、防衛上もっとも脅威にさらされているのは南西諸島です。いわゆる島しょ防衛のため陸自は機動的な組織へとシフト、第2師団の任務・役割にも変化が生じました。各種事態に即応し実効的かつ機動的に抑止および対処できるよう、高い機動力や警戒監視能力を備え、機動運用を基本とする師団へと改編。同時に、大規模な陸上兵力を動員した着上陸侵攻のような侵略事態への備えのより一層の効率化・合理化を徹底しつつ、迅速かつ柔軟な運用を可能とする観点から、師団隷下の3個普通科連隊のうち、3連隊がMCVを擁する即応機動連隊へと改編されました。
即応機動連隊は連隊という単体でありながら諸職種協同の一パッケージなので、圧倒的に機動力が増します(普通科連隊の場合、普通科だけでは足りない火力や対空防護能力などの機能を加えて各地に機動させようすると大所帯になり、スピード感の低下につながります)。師団としても、すぐに展開して即戦力発揮でき、しかもさまざまな職種が混ざっていて単体でも行動できるという、作戦の初期段階から使える即応機動連隊を持つ意義は大きいのです。
さて、取材した鬼志別演習場の整備は2023年10月30日~11月10日の予定で実施されました。
手順としては、部隊ごとに担当地域を割り当て整備計画に基づき実施、第2施設大隊は重機等を保有するため特性に応じた整備を、第2整備大隊は整備担当部隊の車や機材が故障した際の整備を担当します。
整備期間中の1日の流れは、0600起床、0730朝礼後現地へ前進、到着後おおむね0800頃から整備開始。
昼食は運搬して整備場所で喫食、1600頃整備終了し、撤収後宿営地へ帰ります。
大体1700頃終礼、その後は夕食、入浴、零細時間を活用した訓練等となっています。
(つづく)







