神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生(22)

2023年6月19日

火箱氏が「え? え?」とわけもわからないうちから「有無を言わさぬ」空挺ワールド全開、まるでコメディのような前回のお話の続きです。
駐車場に止めていた自家用車は、幸いなことに移動してくれた人がいたおかげで無事だったが、火箱自身は冠水した道路を進まない限り自宅に帰れない。身分証明書、財布が濡れないよう、それだけは手に掲げ、胸まで水に浸かって帰った。なんとも長い1日である。
翌日は着隊日で上司へ申告する日だったが、替えの靴がどの段ボールに入っているのかわからず、結局昨夜びしょびしょに濡れた靴を履く羽目になった。しかも官舎から駐屯地までの道がよくわからない。「とりあえず髪の短い人に付いていけばたどり着くだろう」と思い、実際それで習志野駐屯地まで無事にたどり着いた。
2連隊の所在する高田の官舎に引越したときは、1階の玄関が雪に埋もれて開かず、九州育ちの火箱と妻は大いに驚いたものだったが、習志野の初日も相当強烈なものだった。
1986(昭和61年)8月、第1空挺団普通科群第2中隊長としての日々が始まった。
最初こそ乗り気でなかったものの、かつては憧れていた部隊である。どれほどの精強さを見せてくれるのかと、火箱の気持ちは次第に盛り上がっていった。
ところがである。
「なんなんだこいつら。降下することしか考えてないじゃないか」
愕然とした。第1空挺団の隊員たちは降下することに誇りを持っている。もちろんそれはそれでいい。しかし降下してからはただ刹那的に攻撃するだけで、基本的な動作もまるでできていない。普段はラグビーだ駆け足だ柔道だと、競技会のための練習にばかり熱心で、射撃の腕前も散々である。そのくせ「俺は空挺だ」と鼻高々にしている者もいる。
「これは1から鍛え直さないといけない」
火箱のやる気スイッチが押された瞬間だった。野外行動訓練は火箱の得意分野である。CGS課程で学び、富士学校の訓練教官として研究・教育した日々で得たものを2中隊に注ぎ、真に精強な部隊へと生まれ変わらせるのだ。楠元空挺団長も「徹底的に鍛えろ」と言ってくれた。
「お前らの脳みそは筋肉か! ただわーっと走ってわーっと降りてるだけで、なにも考えてない、頭が空っぽだ。これじゃ第1空挺団どころか第1空っぽ団だ。なにが精鋭無比だ」
容赦ない言葉を浴びせながら、大切なことを言って聞かせた。
「空挺作戦でいちばん大事なのは降りてからだろう。たとえば降下後応急陣地を作るときはどうする。転がっている板切れを使ってでも隠・掩蔽すんだよ」と指導すると、隊員たちは一様にぽかんとした顔をしている。「タコつぼの中で窒息死しそうなときどう生き残るか考えたことがあるか」「ナパームでやられたら一瞬で黒焦げ、窒息死だぞ、だから土嚢を固め、できたら水嚢を作って一気にやられないようにするんだ」などと話しても同様だ。
資材がないときの陣地の作り方なども、火箱が教えるまでやったことすらなかった。
「いいか、お前たち空挺隊員の適性を知っているか? これはマル秘だ。頭のレントゲンを撮って、頭蓋骨に2センチ以上の厚みがある奴だけが空挺に合格することになってるんだ。ということは、お前らの脳みそはこんな程度の小ささしかないんだ。だから俺の言うことには、ただ“はい”と2文字で答えればいい。“いいえ”という3文字は長くて覚えられなくても、2文字なら覚えられるだろ?」そんな冗談も、曹士は大真面目な顔で聞いていた。
(つづく)
(わたなべ・ようこ)
(令和四年(西暦2022年)11月3日配信)