神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生(11)

西部方面隊に続いて電話したのは北陸から中国・四国地方まで広域を担当地域とする中部方面隊だ。

「第10師団(愛知)と第4施設団(京都)を出せ。第3師団(大阪・兵庫)は残置、第13旅団(広島)と第14旅団(香川)は出発準備のうえ待機しろ」

13・14旅団を待機させたのは、北朝鮮による日本海正面への対応と四国の連動型南海地震の可能性が頭にあったからだ。四方を海に囲まれた四国は災害等があると孤立しやすいし、南海トラフ地震が連動発生する可能性がある。
また、部隊交代としての役割も顧慮した。さらに、ありったけの人員を災害派遣に投入しては駐屯地の機能が失われてしまう。防衛警備に穴を開けないよう、そこも気をつける必要があった。
10師団については東海、東南海地震の懸念はあったものの、地理的に現地にいちばん早く到着できると判断した。とはいえ10師団は大部隊で、東海から北陸までと担当地域も広い。ここが完全な空き家になってしまうと、北陸の福井原発が気になる。そこで、中部方面隊の防衛警備を一時的に再編成する際には、3師団(対テロ・対ゲリラ戦を重視して市街戦装備を優先させた政経中枢師団)は動かさないというのを作戦の基本とした。
 続いて関東甲信越を管轄とする関口泰一東部方面総監に電話した。東方はもっとも動かしにくい方面隊といえた。茨城、千葉は被災地となる可能性があり、首都圏防衛警備の中枢である第1師団は残しておかないといけない。必然的に、動かせるのは群馬、栃木、新潟、長野を管轄する第12旅団(群馬県)のみに絞られてしまう。ただ、ヘリを多数装備しているこの空中機動部隊ならば、距離的にも真っ先に被災地に到着し、ビル屋上などに取り残された被災者を救出できると判断して出動を命じた。

「この”戦争”は長引く。『即動』がうまくいっても任務が『必遂』できなければ、陸幕長就任以来訴えてきた『強靭な陸上自衛隊の創造』という統率方針が絵に描いた餅となってしまう。これから長く続く大部隊の長期戦における兵站は、東北方だけではとてもまかないきれない。地理的にも被災地に近い東方の兵站支援は不可欠、通常の兵站支援区分の変更が必要だ」

そう考えた火箱は、東方に兵站支援を命じた。後日、茨城県霞ヶ浦駐屯地の関東補給処の一部が郡山駐屯地に前方支援地域を開設、宮城県南部から福島県にかけて活動する部隊に対して兵站支援を行なった。結果的に東方は茨城・千葉への災害派遣を実施しつつ、宮城県南部から福島県にかけて活動する12旅団のほか中方の10師団、13旅団の部隊の兵站を一手に担うという、目立たないがきわめて重要な役割を果たすことになった。
(つづく)
(わたなべ・ようこ)
(令和三年(西暦2021年)7月8日配信)