【本の紹介】『台湾有事、日本の決断ー参戦か、不介入か』山崎元泰(著)(防衛大学校教授)
この本で「国を守るということ」の見方が変わる。
戦闘機を増やす。ミサイルを整備する。防衛予算を増額する。いずれも大切なことです。しかし、どれほど優秀な自衛隊があっても、国家として適切に動かせなければ、その能力を十分に発揮することはできません。
防衛大学校教授・山崎元泰氏の新刊『台湾有事、日本の決断―参戦か、不介入か』は、米国CSISによる台湾有事の軍事シミュレーションを手がかりに、日本の防衛体制と国家の意思決定を考える一冊です。
『台湾有事、日本の決断―参戦か、不介入か』
著者:山崎元泰(防衛大学校教授)
出版社:並木書房
発売日:2026年10月16日
判型・ページ数 :四六判 184ページ
定価:1760円(税込)
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軍事的に勝利しても、甚大な損害を被る可能性がある。では、戦争に勝つことと、戦争を防ぐことはどう違うのでしょうか。
本書を読み解きながら、自衛隊の実力、現行法制、インテリジェンス、そして国家の「決断する力」について考えてみたいと思います。
こんにちは。エンリケです。
今日は、『台湾有事、日本の決断―参戦か、不介入か』をご紹介します。
著者は、防衛大学校教授の山崎元泰さん。安全保障論と危機管理論を専門とする研究者です。
■著者略歴
山崎元泰(やまざき・もとやす)
防衛大学校公共政策学科・総合安全保障研究科教授。
1971年生まれ、東京都出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒、京都大学大学院法学研究科修士課程(国際政治学専攻)修了、英国ケンブリッジ大学大学院国際研究センターにて博士号を取得後、名古屋商科大学(専任講師)、早稲田大学大学院(客員講師)、明星大学(専任講師・准教授・教授)を経て、2018年より現職。専門は安全保障論と危機管理論。
戦闘機を増やせば、日本は安全になるのでしょうか?
いきなりですが、あなたに一つお尋ねします。
国を守るために、最も必要なものは何でしょうか。
高性能な戦闘機でしょうか。
長射程のミサイルでしょうか。
それとも、十分な数の自衛官でしょうか。
もちろん、どれも大切です。
近年、わが国では防衛力の抜本的な強化が進められています。
反撃能力の保有、スタンド・オフ防衛能力の整備、弾薬の確保、基地の強靱化など、さまざまな施策が打ち出されてきました。
こうした議論を見聞きするたびに、あることを考えます。
どれほど優秀な自衛隊があっても、国家として適切に動かせなければ、その能力を十分に発揮することはできないのではないか。
これは、兵器の性能や部隊の練度とは別の問題です。
例えば、目の前で危機が進行しているとします。
自衛隊には対応する能力がある。
必要な装備もそろっている。
隊員の訓練も十分に行われている。
ところが、政府が事態をどのように認定するか判断できず、必要な命令を出せなかったらどうなるでしょうか。
反対に、政治が勇ましい決断を下したとしても、その判断を支える情報が不正確だったらどうでしょう。
国家の安全保障というのは、兵器をそろえれば完成するものではありません。
軍事力を整備すること。
それを適切に運用すること。
そして、できることなら、その軍事力を実際に使わずに済む状況をつくること。
この三つを、あわせて考える必要があるのではないでしょうか。
今回ご紹介する本は、そんなことを考えるきっかけになる一冊です。
最初は、よくある台湾有事の解説書かと思いました
本書の紹介文を最初に拝見したとき、正直に申し上げると、特別な印象はありませんでした。
台湾有事を扱った書籍は、これまでにも数多く出版されています。
中国の軍事力増強。
台湾海峡の緊張。
米国による軍事介入の可能性。
そして、わが防衛力整備。
こうした問題は、すでに安全保障関連書籍の定番になっています。
本書も、その流れにある一冊なのだろうと思いました。
実際、目次を見ると、第一章では台湾の歴史、第二章では台湾有事が現実的な脅威となってきた経緯が扱われています。
第三章では米国の戦略国際問題研究所、CSISによる軍事シミュレーションが紹介され、第四章ではわが防衛体制について具体的な検討が行われています。
ここまでは、比較的オーソドックスな構成です。
ところが、最後の第五章を見たとき、少し印象が変わりました。
「日本は“決断”できるのか」
その下には、次のような項目が並んでいます。
「防衛力を強化するだけでは足りない」
「自衛隊を縛る複雑な“事態認定”」
「台湾有事はどの“事態”にあたるのか」
「武力攻撃か、グレーゾーンか―迫られる難しい判断」
「最後に問われるのは政治の覚悟」
なるほど。
ここに、私が以前から気になっていた問題がありました。
本書は、台湾有事の軍事的な展開を説明するだけでなく、わが国が危機に際してどのような判断を下せるのかという問題に踏み込もうとしているようです。
この点に興味を引かれました。
こんな感じの内容です。
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■目次
はじめにー国際社会の変わらぬ現実
第一章 なぜ台湾は”国”ではないのか
中国と台湾が二つに別れた経緯
かつて台湾は”中国”を代表していた
中ソ対立が生んだ米中接近
大国間政治に翻弄される台湾
「一つの中国」が残したあいまいさ
第二章 現実の脅威となった台湾有事
国交がなくても続く日米と台湾の関係
米国は台湾を守るのかー「台湾関係法」の意味
なぜ米国は台湾防衛を明言しないのか
中国の台頭で崩れた中台のパワーバランス
経済大国・中国が抱える格差と動員力
膨張する中国軍事費、出遅れた台湾
中国は無理をして軍拡しているのか
”大陸反攻”から台湾防衛へ
”台湾人”意識の高まりー変わる台湾の民意
”解放”から”平和統一”へー中国の対台湾政策
習近平の桁違いに強硬な対台湾政策ー”核心的利益”の核心
なぜ”二◯二七年台湾有事説”が広がったのか
二◯二七年に本当に戦争は起きるのか
習近平による軍改革と海空戦力の強化
第三章 台湾有事ー二五回のシミュレーションが示した結末
”台湾有事”を”図上演習”するーCSIS報告書の狙い
二五のシナリオが示した意外な結論
中国、台湾、米国、日本はどう動くのか
中国軍は敗北するーしかし”楽勝”ではない
条件が悪化すれば、犠牲はさらに膨らむ
最も有利な条件でも避けられない甚大な損害
米国が来なければ台湾は敗れる
日本が中立なら米軍も敗れる
台湾を守るために欠かせない四つの条件
シミュレーションが突きつけた”勝つための備え”
台湾陥落が日本にもたらすもの
参戦か中立かー日本が迫られる究極の選択
勝つための備えが戦争を防ぐ
第四章 日本は台湾有事にどう備えるのか
ミサイル攻撃に弱すぎる日本の航空基地
戦闘機だけでは国民を守れないーシェルター整備の現実
有事対応と防災をどう両立させるかー避難施設の新方針
基地を守り、分散するー航空兵力を生き残らせるために
民間空港の利用には限界があるー”守る”から”反撃”へ
日本が急ぐスタンド・オフ・ミサイルの整備
問われるミサイルの量と生産力
島嶼防衛のあり方ー海空優勢とドローン戦の時代
ミサイル時代に水上艦は生き残れるのか
高性能戦闘機だけでは足りない
”質”から”質と量”へー空自に必要な発想転換
第五章 日本は”決断”できるのか
防衛力を強化するだけでは足りない
自衛隊を縛る複雑な”事態認定”
台湾有事はどの”事態”にあたるのか
武力攻撃か、グレーゾーンかー迫られる難しい判断
最後に問われるのは政治の覚悟
おわりに
主要参考文献
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「勝てる戦争」が、望ましい戦争とは限りません
本書の中心となっているのは、2023年に米CSISが発表した台湾有事の軍事シミュレーションです。
中国軍が台湾への全面的な上陸侵攻を開始した場合、どのような戦闘が展開されるのか。
米国、台湾、日本、中国の軍事行動を想定し、さまざまな条件のもとで検討したものです。
この報告書は、わが国でも大きな話題になりました。
多くのシナリオで、中国軍による台湾占領は阻止されるという結果が示されたからです。
ただし、ここには重要な続きがあります。
中国軍の侵攻を阻止できたとしても、米国、台湾、日本には甚大な損害が発生するというのです。
多数の航空機や艦艇が失われ、人的な被害も極めて大きくなる。
台湾の経済基盤も深刻な打撃を受ける。
つまり、軍事的に勝利できたとしても、その代償は決して小さくないということです。
ここが重要だとわたしは思います。
戦争に勝つことと、国家として望ましい結果を得ることは、必ずしも同じではありません。
これは軍事史を振り返れば、繰り返し現れてくる問題です。
戦場での勝利が、そのまま政治的な成功につながるとは限りません。
また、戦争に勝利したとしても、国家の経済や社会が大きく損なわれれば、その後に長い困難が待ち受けることになります。
そもそも、国家が軍事力を保有する目的は、戦争に勝つことだけではありません。
自国の安全を守ること。
国民の生命と生活を守ること。
そして、可能な限り、戦争そのものを起こさせないこと。
こうした目的を実現するために、軍事力が必要になるのです。
だからこそ、本書が紹介するシミュレーションを、単なる勝敗予測としてではなく、戦争を防ぐために何が必要かを考える材料として読みたいものです。
軍事力は、使わずに済むことにも価値があります
軍事力というと、どうしても戦闘で使用する場面を想像しがちです。
戦闘機が飛び立つ。
艦艇が出撃する。
ミサイルが発射される。
こうした場面は、映像としても分かりやすく、私たちの印象に残ります。
しかし、軍事力には、実際に戦闘を行うこと以外にも重要な役割があります。
それが抑止です。
相手が武力行使を検討したとき、その目的を達成することは難しい、あるいは代償が大きすぎると判断させる。
そうすることで、武力行使そのものを思いとどまらせるわけです。
もちろん、抑止は万能ではありません。
相手がこちらの能力や意思を誤って判断する可能性もあります。
また、軍事力の増強が、かえって相手の警戒心を高める場合もあるでしょう。
だからこそ、軍事力だけでなく、外交や情報活動、危機管理の仕組みも重要になります。
私は、ここに国家戦略の難しさがあると思っています。
強い軍事力を持てば、それで平和が保証されるわけではありません。
かといって、軍事力を持たなければ、平和が保証されるわけでもありません。
大切なのは、どのような目的のために軍事力を整備し、それを外交や情報活動とどのように組み合わせるかということです。
次のようなことばをきいたことがあります。
戦争に勝つこと以上に、中国に勝算がないと思わせ、有事そのものを起こさせないことが重要だ、というものです。
この考え方は大いに考える価値があると思います。
戦争が起きてから勝つことを考えるだけでなく、戦争が起きないようにするために何が必要なのかを考える。そのために軍事力を整備する。
この順序を、忘れないようにしたいものです。
兵器の性能だけでは、戦争の行方は決まりません
本書の第四章では、わが国の具体的な防衛体制が検討されています。
航空基地の強靱化、スタンド・オフ・ミサイルの整備、ドローンや潜水艦の活用、シェルターの整備などです。
また、航空戦力については、質だけでなく量の重要性も取り上げられています。
これは、近年の軍事環境の変化を考えるうえで興味深い論点です。
現代の軍事作戦では、精密誘導兵器、無人機、衛星、通信ネットワークなど、さまざまな技術が組み合わされています。
高性能な兵器を保有していることは重要です。
しかし、それだけで十分とは限りません。
例えば、優秀な戦闘機があっても、基地が攻撃を受けて使用できなくなれば、航空作戦は大きな制約を受けます。
十分な弾薬がなければ、作戦を長期間継続することは難しくなります。
整備要員や補給体制が不足すれば、装備品の能力を十分に発揮することはできません。
また、兵器を失った場合、それを補充する生産能力も重要になります。
こうした問題は、戦闘機やミサイルの性能比較だけでは見えてきません。
軍事力とは、単に兵器を集めたものではないのです。
人員、装備、補給、整備、情報、指揮統制など、さまざまな要素が組み合わされて、初めて能力を発揮します。
こうした点を考えるとき、軍事史の面白さを感じます。
歴史上、優秀な兵器を保有していたにもかかわらず、補給や組織運営の問題によって苦戦した軍隊は少なくありません。
反対に、限られた資源を有効に活用することで、優勢な相手に対抗した例もあります。
兵器の性能は重要です。
しかし、それをどのように運用するかという問題は、さらに重要になる場合があります。
本書が取り上げる航空基地の強靱化や弾薬の確保などは、そうした軍事力の基盤を考える材料になるでしょう。
では、その自衛隊を誰が動かすのでしょうか
さて、ここからが、私にとって今回の本の最も興味深かった部分です。
自衛隊の装備を整える。
部隊の練度を高める。
基地を強化する。
必要な弾薬を確保する。
どれも重要です。
しかし、それだけでは、国家の安全保障は完成しません。
なぜなら、自衛隊は自らの判断だけで軍事行動を開始する組織ではないからです。
自衛隊は、憲法と法律に基づき、政府の統制のもとで活動します。
これは文民統制の基本です。
軍事組織が独自の判断で国家の進路を決めるのではなく、国民に対して政治的な責任を負う政府が、その運用を決定する。
この原則は、民主国家にとって極めて重要です。
ただし、ここには難しい問題があります。
それは、政府が適切な判断を下すためには、正確な情報と、それを分析する能力、そして実行可能な制度が必要になるということです。
例えば、台湾海峡で軍事的な緊張が高まったとします。
中国軍の艦艇や航空機の活動が活発になる。
台湾周辺で大規模な演習が行われる。
通信妨害やサイバー攻撃が発生する。
こうした状況で、わが政府は何を根拠に危機の程度を判断するのでしょうか。
それは単なる威嚇なのか。
実際の武力行使に向けた準備なのか。
あるいは、すでに何らかの武力攻撃が始まっているのか。
現実の危機は、法律の分類に合わせて発生してくれるわけではありません。
政府は、不完全な情報の中で状況を判断し、必要な対応を決定しなければならないのです。
ここに国家の意思決定能力という課題があると思います。
自衛隊の能力と、国家の能力は同じではありません
少し極端な例を考えてみましょう。
ある国に、非常に優秀な軍隊があるとします。
装備は最新鋭。
隊員の訓練も十分。
指揮官も経験豊富です。
ところが、その国の政府には、危機を正しく判断するための情報機関が十分に整備されていません。
関係省庁の連携も不十分です。
法律上の手続きも複雑で、必要な判断を下すまでに時間がかかります。
このような場合、軍隊が優秀であっても、国家として適切に対応できるとは限りません。
反対に、政府が素早く判断を下したとしても、その判断が不正確な情報に基づいていれば、深刻な結果を招く可能性があります。
つまり、国家の安全保障には、軍事力そのものの能力とは別に、それを運用するための能力が必要になるのです。
この違いは非常に重要です。
強い軍隊を持つことと、軍隊を適切に使える国家であることは、同じではありません。
そして、軍隊を適切に使えることと、軍隊を使わずに危機を収められることも、また別の能力です。
そして国家には、そのすべてが求められます。
本書の第五章が取り上げる「決断」という問題は、こうした国家の能力を考えるための入口になるのではないでしょうか。
現行法制は、危機にどこまで対応できるのでしょうか
わが安全保障を考えるうえで、避けて通れないのが憲法と国内法の問題です。
自衛隊の活動は、さまざまな法律によって規制されています。
わが国に対する武力攻撃が発生した場合と、そうでない場合では、認められる活動が異なります。また、重要影響事態や存立危機事態など、それぞれの事態認定には法律上の条件があります。
こうした制度は、現憲法下で自衛隊の活動を統制し、武力行使を厳格に管理するためのものです。
一方で、現実の危機は、必ずしも明確な形で始まるとは限りません。
例えば、武力攻撃と認定できるかどうか判断が難しい事態が続くことも考えられます。
そのような状況で、政府はどの段階で、どのような対応を取るのでしょうか。
また、法律上の条件を満たしているかどうかを判断するためには、どのような情報が必要になるのでしょうか。
この問題について、もっと幅広い議論が必要だと思っています。
憲法や法律を変えれば、すべて解決するという単純な話ではありません。
かといって、現行制度があるから十分だと考えることもできないでしょう。
重要なのは、制度がどのような目的で設けられ、現実の危機に対してどのように機能するのかを検証することです。
そして、必要な改善があれば、国民的な議論を通じて検討していくことではないでしょうか。
こうした問題こそ、わが安全保障を考えるうえでもっとも重要な課題だとわたしは思っています。
国家の決断を支えるのは、インテリジェンスです
ここで、少しインテリジェンスの話をしたいと思います。
国家が危機に直面したとき、政治指導者は、必ずしも十分な情報を持っているわけではありません。
相手国の意図が分からない。
軍事行動の目的が分からない。
どこまで事態が拡大するのかも分からない。
そのような状況で、判断を迫られることがあります。
ここで重要になるのが、インテリジェンスです。
インテリジェンスというと、秘密情報を入手する活動を想像される方も多いかもしれません。もちろん、それも重要な役割の一つです。
しかし、私は、インテリジェンスの本当の価値は、集めた情報を判断に役立つ形にすることにあると思っています。
何が分かっているのか。
何が分かっていないのか。
どのような可能性が考えられるのか。
そして、それぞれの可能性には、どの程度の確からしさがあるのか。
こうした情報を整理し、意思決定者に届けることが重要になります。
さらに、インテリジェンスには、思い込みを避けるという役割もあります。
自分が期待する情報ばかりを集めてしまえば、判断を誤る危険があります。
相手はこう動くはずだ。
このような事態にはならないはずだ。
こうした思い込みが、危機に際して大きな問題になることがあります。
だからこそ、情報を分析する際には、自分たちの前提を疑う姿勢が必要になるのでしょう。
本書が取り上げる軍事シミュレーションについても、同じことがいえます。
シミュレーションは、設定された条件のもとで、どのような結果が生じるかを検討するものです。その結果は、政策を考えるための重要な材料になります。
しかし、それを未来の予言として受け取ることはできません。
何が前提とされているのか。
どのような条件で結果が変わるのか。
そして、どのような不確実性が残されているのか。
こうした点を確認することが、シミュレーションを正しく活用するためには欠かせません。
軍事史から見える、国家の意思決定の難しさ
軍事史を振り返ると、国家の意思決定がいかに重要であるかを考えさせられる事例が数多くあります。
軍隊が優秀であっても、政治的な目的が不明確であれば、戦争の成果を十分に生かせないことがあります。
反対に、軍事的には不利な状況であっても、外交や情報活動を組み合わせることで、国家として望ましい結果を得る場合もあります。
戦争とは、軍事力だけで完結するものではありません。
政治、外交、経済、情報、そして国民社会が複雑に関係しています。
だからこそ、国家の指導者には、それらを総合して判断する能力が求められるのでしょう。
これは、戦前のわが国を考えるうえでも重要な問題です。
また、戦後わが国が築いてきた安全保障体制を考えるうえでも、避けて通れない問題だと思います。
軍事史を学ぶ意味の一つは、過去の戦争を通じて、国家がどのような判断を下し、その結果どうなったのかを考えることにあるとわたしは思っています。
過去の事例をそのまま現代に当てはめることはできません。
しかし、国家の意思決定に伴う難しさや、情報の不確実性、軍事力と政治目的の関係など、時代を超えて考えるべき問題はあります。
本書のテーマである台湾有事も、そうした視点から考えることで、単なる軍事的なシミュレーション以上の意味を持つのではないでしょうか。
本書から考えたい五つのこと
ここまで、私自身の問題意識を交えながら、本書を読み解いてきました。
少し長くなりましたので、重要だと思う点を五つに整理しておきます。
– 第一に、戦争に勝つことと、戦争を防ぐことは違うということ。
軍事的な勝利を得られたとしても、国家や国民に甚大な損害が生じる可能性があります。だからこそ、戦争を起こさせないための抑止が重要になります。
– 第二に、防衛力は兵器の性能だけで決まるものではないということ。
装備品の質と量に加えて、補給、整備、生産能力、情報、指揮統制など、さまざまな要素が組み合わされて初めて能力を発揮します。
– 第三に、軍事力を整備することと、それを適切に運用することは別の問題だということ。
どれほど優秀な自衛隊があっても、国家として適切な判断を下せなければ、その能力を十分に発揮することはできません。
– 第四に、国家の決断にはインテリジェンスが欠かせないということ。
危機に際しては、不完全な情報の中で判断を迫られます。正確な情報の収集と分析、そして不確実性を理解する能力が重要になります。
– 第五に、現行憲法と国内法のもとで、自衛隊をどのように運用するのかという問題。
自衛隊の活動には他国にはない法律上の規制があります。危機が発生したとき、政府がどのように事態を認定し、必要な判断を下すのか。この問題を考える必要があります。
いかがでしょうか。
台湾有事という一つの問題を考えるだけでも、これほど多くの論点が出てきます。
そして、これらは単なる軍事技術の問題ではありません。
国家としてのあり方に関わる問題なのです。
「決断」とは、勇ましい言葉を口にすることではありません
本書の題名には、「決断」という言葉が使われています。
私は、この言葉が気になっています。
決断というと、強い意志を持って素早く行動することを想像するかもしれません。
しかし、国家の意思決定は、それほど単純ではありません。
情報が不完全な状況で、複数の選択肢を比較し、それぞれの利益と危険を検討しなければならないことがあります。
しかも、その判断の結果は、国民の生命や生活に大きな影響を与える可能性があります。
判断を急げば、誤認の危険があります。
判断を遅らせれば、対応の機会を失う可能性があります。
だからこそ、国家の決断には、勇気だけでなく、情報、制度、準備、そして責任が必要になるのでしょう。
私は、ここに国家の強さを考えるうえでの重要な視点があると思っています。
強い国家とは、単に大きな軍事力を持つ国家なのでしょうか。
それとも、危機に際して適切な判断を下し、必要な行動を取ることのできる国家なのでしょうか。
さらにいえば、危機そのものを回避するために、軍事力、外交、情報活動を適切に組み合わせられる国家こそ、本当に強い国家なのかもしれません。
本書が取り上げる台湾有事は、こうした問題を考えるための一つの題材です。
そして、その題材を通じて、わが安全保障の根本を考えることができるのではないでしょうか。
こんな方に、本書を読んでいただきたい
本書は、台湾有事をめぐる軍事的な問題に関心がある方にとって、検討材料になる一冊だと思います。
特に、米国CSISによる軍事シミュレーションの内容や、わが防衛体制について知りたい方にも、興味深い内容が含まれていると感じます。
自衛隊の活動を規定する法律や、政府による事態認定の仕組みに関心がある方には、第五章は注目すべき部分でしょう。
一方で、軍事史や国家戦略を学んでいる方にとっても、考える材料があると思います。
戦争に勝つことと、戦争を防ぐこと。
軍事力を整備することと、それを運用すること。
情報を集めることと、判断すること。
こうした違いを考えることは、安全保障を理解するうえで重要です。
単なる台湾有事の解説書としてではなく、国家の意思決定という問題を考えるための一冊として読んでいただきたいです。
本書に期待すること
最後に、率直な感想を申し上げます。
本書の紹介資料を読む限り、著者は台湾有事を現実的な安全保障上の課題として捉え、わが防衛力整備と国家の意思決定の問題を論じています。
その問題意識には、検討すべき点が数多く含まれています。
特に、軍事シミュレーションを通じて、戦争に勝利したとしても甚大な損害が発生する可能性を示し、抑止の重要性を考えさせる点には意義があると思います。
また、航空基地の強靱化や弾薬の確保など、軍事力の基盤に関わる問題を取り上げている点も興味深いところです。
そして、私が最も注目しているのは、第五章で扱われる国家の意思決定と自衛隊の運用の問題です。
わが安全保障を考える際、兵器の性能や数量だけを論じていても、十分ではありません。
国家として何を守るのか。
そのために、どのような制度が必要なのか。
危機が発生したとき、誰が、どのような情報に基づいて、何を決めるのか。
そして、その決定を実行するための仕組みが整っているのか。
こうした問題を考えなければ、本当の意味での安全保障論にはならないでしょう。
本書の題名は『台湾有事、日本の決断』です。
しかし、私には、台湾有事という個別の問題を超えて、もっと根本的な問いが隠れているように感じられます。
わが国は、危機に際して適切な判断を下し、その判断を実行できる国家であるのか。
この問いです。
そのような視点から本書を読んでいただきたいと思っています。
おわりに――本当に強い国家とは、どんな国家なのでしょうか
台湾有事をめぐる議論は、今後も続いていくことでしょう。
中国の軍事力、米国の戦略、台湾の政治情勢、わが防衛政策。
それぞれの動向を理解することは大切です。
しかし、私は、安全保障を考えるとき、いつも立ち返りたいと思っている問いがあります。
それは、国を守るとは、どういうことなのかということです。
高性能な兵器を保有すること。
十分な数の自衛官を確保すること。
基地や補給体制を整えること。
いずれも重要です。
しかし、それらは国家の安全を守るための手段です。
本当に大切なのは、その手段を何のために用いるのかということでしょう。
そして、できることなら、その手段を実際に使わずに済む状況をつくることです。
私は、そこに国家戦略の重要な役割があると思っています。
本書は、台湾有事という具体的な題材を通じて、そうした問題を考えるきっかけを与えてくれるかもしれません。
あなたも、ぜひ、ご自身の問題意識を持って読んでいただければと思います。
本は、書かれていることをすべて受け入れるためだけに読むものではありません。
著者と対話し、自分自身の考えを深めるために読むものでもあります。
なるほど、そういう考え方もあるのか。
しかし、ここは少し違うのではないか。
この結論は、どのような根拠から導かれているのだろうか。
そうした問いを持ちながら読むことで、一冊の本から得られるものは大きくなるのでしょう。
情報があふれる時代だからこそ、自分の頭で考える力を大切にしたいものです。
どうぞ皆さんも、日々の学びを楽しみながら、ご自身の判断力を磨いていってください。
それが、変化の激しい時代を生きていくうえで、何より頼もしい力になると思います。
戦争に勝つ力だけでなく、戦争を防ぐ力を考える。そこから、国家の安全保障を見つめ直してみませんか?
これからも一緒に学んでいきましょう。
『台湾有事、日本の決断―参戦か、不介入か』
著者:山崎元泰(防衛大学校教授)
出版社:並木書房
発売日:2026年10月16日
判型・ページ数 :四六判 184ページ
定価:1760円(税込)
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(エンリケ)
追伸
戦闘機の数を数える前に、それを動かす国家の仕組みを考えてみませんか?
『台湾有事、日本の決断―参戦か、不介入か』
著者:山崎元泰(防衛大学校教授)
出版社:並木書房
発売日:2026年10月16日
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