【本の紹介】『オリンピックと自衛隊』 渡邉 陽子 (著)

『オリンピックと自衛隊』
渡邉 陽子 (著)
出版社:並木書房
発売日:2016/6/1
判型・ページ数:四六判319ページ
本体価格(税込):¥1760
『オリンピックと自衛隊』
「オリンピックと自衛隊? いったい何の関係があるの?」と思った方にこそ読んでほしい一冊です。1964年東京五輪では、防衛庁が「東京オリンピック支援集団」を編成し、約7000名もの自衛官が式典、競技、輸送、衛生、航空、選手村など大会の舞台裏を支えました。しかも三宅義信、円谷幸吉という自衛官メダリストまで生まれています。華やかなスポーツ史の裏側から見えてくるのは、国家的行事を動かす組織力と、目立たない仕事を最後までやり遂げる自衛隊の姿です。東京五輪を見る目だけでなく、「国を支える仕事」への見方まで少し変わる一冊です。
東京五輪を支えた「もうひとつの日本代表」を、あなたはご存じでしょうか?
こんにちは、エンリケです。
本日ご紹介するのは、
『オリンピックと自衛隊』
渡邉陽子 著
です。
オリンピックと自衛隊。
こう並べると、少し不思議な感じがしませんか?
片方は華やかなスポーツの祭典。
もう片方は国防を担う組織です。
一見すると、
「あまり関係がないのでは?」
と思ってしまいます。
ところが、違いました。
1964年東京オリンピックは、自衛隊の支援抜きには成功しなかった、と言っても決して大げさではなかったのです。
私は最初、この本を、
「東京五輪を裏側から支えた自衛隊の記録」
くらいの気持ちで読み始めました。
ブルーインパルスが東京の空に五輪マークを描いたことは、あまりにも有名です。
陸海空自衛隊の音楽隊が参加したことも、自衛隊に関心のある方ならご存じでしょう。
ですから正直なところ、
「ああ、あの話を詳しくまとめた本なんだな」
くらいに思っていました。
ところが読み進めると、だんだん様子が変わってきます。
これは単なる五輪秘話ではありません。
自衛隊という巨大な組織が、
国家からひとつの任務を与えられ、
その任務をどう準備し、
人をどう動かし、
物をどう運び、
事故を防ぎ、
時間を守り、
いかにして最後まで責任を果たしたのか。
その記録なんですね。
ここが非常に面白いところです。
■法律を改正してまで求められた自衛隊
まず驚くのが、
1964年東京五輪のために、自衛隊の支援が法律改正を伴ってまで求められた、
という事実です。
防衛庁は陸上自衛隊を中心に、
「東京オリンピック支援集団」
を組織します。
そして約7000名もの自衛官が東京オリンピック支援に従事しました。
7000名です。
ちょっとした規模ではありません。
われわれが東京オリンピックと聞いて思い出すのは、
東洋の魔女。
マラソンの円谷幸吉選手。
重量挙げの三宅義信選手。
そしてブルーインパルス。
だいたいそのあたりでしょう。
しかし、その舞台の裏には7000名もの自衛官がいた。
しかも彼らは、ただ警備をしていたわけではありません。
馬術。
射撃。
自転車。
カヌー。
ヨット。
ボート。
陸上競技。
選手村。
輸送。
航空。
衛生。
さらに防衛大学校による支援。
その裏側を支えた行政管理。
目次を眺めているだけでも、
「そこまでやっていたのか」
と思います。
ここで私は、少し読む手が止まりました。
われわれがテレビで見ていた「オリンピック」というものは、舞台の表側にすぎなかったんですね。
■表に見えるものだけが仕事ではない
これは軍事の世界でも同じです。
一般の方が「軍隊」と聞いて想像するのは、
戦闘機。
戦車。
護衛艦。
ミサイル。
特殊部隊。
だいたい、こういうものでしょう。
しかし実際の軍隊は、それだけでは動きません。
食料を運ぶ人がいる。
燃料を運ぶ人がいる。
通信を維持する人がいる。
衛生を担当する人がいる。
車両を整備する人がいる。
計画を立てる人がいる。
帳簿を処理する人がいる。
そうした一見地味な仕事が全部つながって、初めて組織が動きます。
オリンピック支援も、まさに同じだったのでしょう。
目立つのはブルーインパルスです。
しかし、ブルーインパルスだけで大会が運営できるわけではありません。
馬を運ぶ。
競技場を整える。
選手を輸送する。
負傷者に備える。
時間どおりに物を動かす。
人員を配置する。
何かあったときに対応できるように待機する。
こうした「見えない仕事」の積み重ねがあって、はじめて巨大イベントが成立します。
この本を読みながら、
「これこそ組織の力なんだな」
と感じました。
■軍隊は戦争のときだけ存在するのではない
軍事を考えるとき、われわれはどうしても、
「戦争になったらどう戦うか」
に目が向きます。
もちろん、それが最重要の任務です。
しかし、軍隊という組織は、
戦争になった瞬間に突然できあがるものではありません。
平時から、
命令を受け、
計画を立て、
人を集め、
資材を動かし、
関係組織と調整し、
訓練を行ない、
予定された日時までに準備を整える。
その積み重ねがあってこそ、有事にも動けます。
その意味で、東京オリンピック支援という任務は、
一見すると国防とは無関係に見えて、
実は軍事組織としての能力を非常によく映し出しているのではないでしょうか。
■約7000名を動かすということ
「7000名が参加した」
と書くのは簡単です。
しかし、7000名を動かすというのは大変なことです。
どこから誰を出すのか。
宿泊はどうするのか。
輸送はどうするのか。
食事はどうするのか。
誰が誰を指揮するのか。
大会組織委員会とは誰が調整するのか。
競技団体とはどう連絡を取るのか。
そして本来、自衛隊には自衛隊の任務があります。
それを維持しながら、オリンピック支援にも人員を出す。
これは相当な調整能力を必要としたはずです。
ここを想像すると、本書の見え方がまた少し変わります。
単なる、
「昔、自衛隊が五輪を手伝いました」
という話ではありません。
巨大組織を国家プロジェクトへ投入した記録なのです。
■自衛官が金メダルを獲った
そして本書のもうひとつの面白さが、
自衛隊体育学校です。
1964年東京五輪では、
重量挙げの三宅義信選手が金メダル。
マラソンの円谷幸吉選手が銅メダルを獲得しました。
つまり自衛隊は、
オリンピックを「支援する側」であると同時に、
「選手として戦う側」
でもあったわけです。
これはなかなか面白い構図です。
自衛隊体育学校という制度についても、本書ではかなり詳しく扱われています。
なぜ軍隊がスポーツ選手を育てるのか。
こう考える方もいるでしょう。
しかし軍隊と体育、競技スポーツは、もともと非常に縁の深いものです。
体力。
精神力。
規律。
限界への挑戦。
チームワーク。
瞬間的な判断。
競技スポーツで要求されるものの多くは、軍人にも求められるものです。
そして何より、日の丸を背負って世界と戦う。
そこには軍事とは別の形ではありますが、国家を代表するという共通点があります。
■円谷幸吉という存在
とりわけ、円谷幸吉という名前には重みがあります。
1964年東京五輪の男子マラソンで銅メダルを獲得した円谷選手。
彼が自衛官だったことは知っていても、
なぜ自衛官がオリンピック選手になったのか。
自衛隊体育学校とはどういう場所だったのか。
そこまで知っている人は、案外少ないかもしれません。
本書を読むと、
「自衛官アスリート」
という存在が突然生まれたものではなく、組織として育てられてきたことが分かります。
ここにもまた、
人を育てる組織としての自衛隊、
という一面が見えてきます。
■華やかな大会の裏にある「国家の総合力」
オリンピックはスポーツ大会です。
しかし、本当にそれだけでしょうか。
世界中から選手が集まる。
外国首脳や要人がやってくる。
輸送が必要になる。
警備が必要になる。
医療体制が必要になる。
通信が必要になる。
何万人、何十万人という人が一斉に動きます。
これはある意味、
国家の行政能力、
インフラ能力、
危機管理能力、
組織能力、
そして国民全体の成熟度まで試される巨大プロジェクトです。
1964年東京五輪は、戦後日本にとって、
「日本はここまで復興した」
と世界に示す国家的イベントでもありました。
その舞台裏に自衛隊がいた。
この事実は、もう少し知られてもいいのではないでしょうか。
■「国防」という言葉を少し広く考えてみる
ここで私は、
「国防とは何だろう?」
と少し考えました。
敵を撃退する。
領土を守る。
国民を守る。
もちろん、それが国防です。
しかし国家というものは、
戦争が起きていない99%以上の時間も存在します。
災害が起きる。
大型行事がある。
感染症が広がる。
重大事故が起きる。
そんなときに、
大量の人員と装備を短時間で組織的に動かせる組織が国内に存在する。
これもまた、国家の大きな力ではないでしょうか。
私はこの本を、
「自衛隊の平時における存在意義」
を考える本として読みました。
■華々しくないところに本当の強さがある
軍事の話は、どうしても華々しい部分に人気が集まります。
最新鋭戦闘機。
イージス艦。
特殊部隊。
ミサイル。
もちろん面白いです。
私も好きです。
しかし組織の本当の強さは、
案外、そこだけには表れません。
決めた時刻に物が届く。
必要な場所に人がいる。
事故が起きない。
命令が伝わる。
不測事態にも対応できる。
そして大会が終われば、
「何事もなかったように撤収する」。
これこそプロの仕事です。
華々しい成功ほど、その裏側には、
「何も起こさなかった人たち」
がいます。
オリンピック支援に従事した自衛官たちも、まさにそうだったのでしょう。
■この本から私が拾った5つのポイント
ここで本書を読んで私が感じたことを、少し整理してみます。
●自衛隊は戦闘組織であると同時に、巨大な実務組織である
計画、輸送、衛生、通信、施設、調整。
こうした能力は平時にも有事にも共通して求められます。
●1964年東京五輪は「国家プロジェクト」だった
単なるスポーツイベントではありません。
戦後日本が世界へ復帰した姿を示す国家的な舞台でした。
●表に出ない仕事こそ、組織の力量を示す
ブルーインパルスだけでは大会は成功しません。
目立たない数千人の仕事こそ、本当の基礎体力です。
●人を育てることも国防である
自衛隊体育学校から生まれた三宅選手、円谷選手を見ると、
人材育成もまた組織の重要な仕事だと分かります。
●記録を残すことには意味がある
本書は公式記録だけでなく、自衛隊OBの証言や部隊に残る資料をたどっています。
誰かが記録しておかなければ、こうした仕事は簡単に歴史から消えてしまいます。
■なぜわれわれは「裏方」を忘れるのか
これはオリンピックだけではありません。
災害派遣でも同じです。
われわれがテレビで目にするのは、
被災者を救助する隊員です。
しかしその後ろには、
食事を作る隊員。
車両を整備する隊員。
燃料を運ぶ隊員。
通信を維持する隊員。
情報を整理する隊員。
膨大な「見えない仕事」があります。
軍隊は巨大なチームです。
誰か一人の英雄だけで動くわけではありません。
だから私は、
こうした「裏方」を描く本には大きな価値があると思っています。
■渡邉陽子さんだから描けた世界
そして、ここは『軍事情報』読者のあなたには改めて説明するまでもないかもしれません。
本書の著者は、渡邉陽子さんです。
長年、自衛隊を取材し、
隊員の言葉を拾い、
部隊を歩き、
自衛隊という組織を「人」の側から描き続けてきた方です。
『軍事情報』でも長年、自衛隊に関する記事を執筆していただいています。
渡邉さんの記事の魅力は、
装備や制度だけで終わらないところです。
そこには必ず「人」がいます。
どんな任務でも、
最後に動くのは人です。
誰かが準備する。
誰かが悩む。
誰かが責任を取る。
誰かが黙って仕事を終える。
そういう部分を丁寧に拾っていく。
『オリンピックと自衛隊』にも、その視点がよく表れています。
■「何も起きない」をつくる仕事
私は最近、
「何も起きなかった」
という結果の重さを、以前より考えるようになりました。
軍事でも危機管理でも同じです。
事故が起きない。
混乱が起きない。
予定どおり終わる。
そうすると、人は、
「大したことはなかった」
と思います。
しかし実際には逆です。
誰かが準備していたから、何も起きなかったのかもしれません。
誰かが事前に問題を潰していたから、混乱が起きなかったのかもしれません。
優れた危機管理とは、
危機が起きてから英雄的に対応することだけではありません。
そもそも危機を起こさないことです。
1964年東京オリンピックを支えた自衛隊の仕事も、
そういうものだったのではないでしょうか。
■いま読む意味
本書が刊行されたのは2016年です。
当時は、2020年東京オリンピックを控え、
「次の東京大会で自衛隊はどのような役割を果たすのか」
という問題意識で書かれていました。
その2020年東京大会も、今では過去になりました。
しかも実際の大会は、新型コロナという誰も想像しなかった状況下で開催されました。
そう考えると、
この本をいま読むのもなかなか面白いと思います。
計画した未来と、
実際にやってくる未来は違う。
だから国家には、
予定どおり動く力と、
予定外に対応する力の、
両方が必要になります。
これはオリンピックにも、
災害にも、
そして安全保障にも共通する話でしょう。
■あなたなら、どこに注目しますか?
この本を読むとき、
ブルーインパルスだけを追っても面白いと思います。
円谷幸吉を追ってもいい。
自衛隊体育学校を追ってもいい。
輸送支援を追ってもいい。
あるいは、
「巨大組織をどう動かしたのか」
という組織論の本として読んでもいいでしょう。
読む人によって、かなり違った顔を見せる本です。
私は、
「表からは見えない国家の仕事」
という視点で読みました。
あなたなら、どうでしょうか。
■正直な一言
この本を読んで一番感じたのは、
1964年東京オリンピックには、
テレビには映らなかった「もうひとつの日本代表」がいた、
ということです。
選手たちは競技場で日本を代表しました。
そしてその舞台の裏では、
約7000名の自衛官がそれぞれの持ち場で日本を代表していた。
目立たない。
メダルもありません。
しかし国家にとっては、
そういう仕事こそ大切なのかもしれません。
■一言まとめ
『オリンピックと自衛隊』は、
オリンピック史の本であり、
自衛隊史の本であり、
組織論の本であり、
そして「国家を支えるとはどういうことか」を考えさせてくれる本です。
国防とは、戦うことだけではありません。
平時に自分の持ち場を守る。
必要なときに動けるよう準備する。
人知れず任務を終える。
そういう積み重ねもまた、
国を守ることにつながっているのでしょう。
オリンピックを見てきた方にも、
自衛隊を見続けてきた方にも、
一度読んでいただきたい一冊です。
『オリンピックと自衛隊』
渡邉 陽子 (著)
出版社:並木書房
発売日:2016/6/1
判型・ページ数:四六判319ページ
本体価格(税込):¥1760
『オリンピックと自衛隊』
(エンリケ)
追伸:
もし1964年東京五輪を、
「選手たちが活躍した大会」
としてだけ記憶しているなら、
少しだけ舞台の裏側ものぞいてみてください。
そこには、
われわれがあまり知らなかった、
もうひとつの東京オリンピックがあります。
そしてそこから見えてくるのは、
自衛隊という組織の、また別の横顔です。
華やかな舞台ほど、見えないところに「本当の仕事」があります。
『オリンピックと自衛隊』
渡邉 陽子 (著)
出版社:並木書房
発売日:2016/6/1
判型・ページ数:四六判319ページ
本体価格(税込):¥1760
『オリンピックと自衛隊』
追伸2
ニュースでは、どうしても目立つ人、目立つ出来事ばかりが取り上げられます。
でも国家も社会も、本当に支えているのは、目立たない場所で自分の仕事を続ける人たちなのかもしれません。
そういう人を見る目を、これからも持ち続けていきたいですね。
『オリンピックと自衛隊』
渡邉 陽子 (著)
出版社:並木書房
発売日:2016/6/1
判型・ページ数:四六判319ページ
本体価格(税込):¥1760
『オリンピックと自衛隊』






