F-4EJ配備部隊の歴史(5)

さて、今や国内の上空を飛ぶファントムは見られなくなってしまいましたが、301号機と共に岐阜基地でラストフライトを行なった431号機、F-4EJ改が今年2月18日、岐阜基地に隣接する岐阜かかみがはら航空宇宙博物館に搬入されました。現在は1階A3ゾーンの機体近くから見学できるようになっています。また、航空自衛隊浜松広報館には世界で最後に製造されたファントムである440号機が展示されています。F-4EJからF-4EJ改へと改修されたこの機体は第301飛行隊で運用され、「シシマル」の通称でファントムファンに親しまれました。

そのほか、島根県の美保飛行場、福岡県のメタセの杜(築上町物産館)でもF-4EJ改が展示されているほか、茨城空港公園ではF-4EJ改とRF-4EJの2機を見ることができます。この2機は展示から10年経ち塗装が色あせてしまったのですが、クラウドファンディングにより塗り直しの資金が集まり、地元の人のボランティアによって昨年4月に塗り直しが完了しました。日の丸ファントムを見られる貴重なところとして、ファントムファンが集うスポットになるでしょう。

第5世代戦闘機であるF-35A、空自の主力戦闘機であるF-15J/DJ、日米共同で改造開発したF-2。現在の空自が運用している3機種に負けないどころか凌駕する勢いで、ファントムのファンは多いです。しかも熱いです。

40代以降の人なら、ファンになるきっかけが史村翔原作・新谷かおる画のマンガ『ファントム無頼』であった可能性はかなり高そうです。1978年から約6年間「週刊少年サンデー増刊号」で連載され、ファントムのパイロットとナビゲーターのコンビがさまざまな出会いや経験を経て成長していく話で、今なお高い評価を得ている傑作です。余談ですが、あのマンガは本来もっと早くに完結される予定で始まったものの、新たにかおる氏の描くファントムの完成度の高さから、編集部か原作者が「もっと長い連載に」と決めたという逸話を耳にしたことがあります。

では『ファントム無頼』世代でない若者が、スマートな最新戦闘機でなくファントムに惹かれる理由はといえば、重量感のあるスタイルやアナログ感、つまり最新戦闘機と相反する部分がむしろ魅力なのだといいます。たとえが適切かわかりませんが、最新技術の結晶である新幹線もいいけれど、だからといってSLの魅力が失われるわけではない、というところでしょうか。

そしてなによりも約半世紀にわたり日本の空を守ってきたというその運用年数の長さは、ファントムファンを増やすことに直結していたのは間違いありません。それだけ長期間の運用を可能にしたのは、三菱重工によるライセンス生産で国内での部品生産や整備が可能だったという点が大きいと前述しましたが、それに加えて整備員の高い技術があったことも忘れてはなりません。

日本におけるファントムの時代は終わりましたが、これからは人々の記憶に残る名機として、歴史を刻み続けることでしょう。