ロシア潜水艇事故

2020年5月5日

AS-280.状況(おき軍事)
1.質問と回答(回答:ヨーソロ)
2.思うこと(ヨーソロ)
  ●酸素があと一日分しかない
  ●DSRVとスコーピオ
  ●AS28の詳細図を見て感じるのは
  ●DSRVの運搬
  ●小型潜水艇の沈没
0.状況(おき軍事)
わが国北方、ロシア・カムチャッカ沖の、カムチャッカ州・州都ペトロパブロフスクカムチャツキー東約70キロ、水深約200メートルの海底付近で、ロシア太平洋艦隊所属の小型潜水艇「AS28」(諸元は*1参照)が8/4に浮上不能となり、乗員7名が艇に閉じ込められました。
8/5、ロシア政府は、各国に対し救援要請を発し、米英日の3カ国がこれに応じました。わが国は、国際緊急援助隊派遣法に基き、海上自衛隊支援艦隊を派遣しています。
派遣されているのは潜水艦救難母艦「ちよだ」(横須賀:艦長 吉岡俊一1佐)掃海母艦「うらが」(横須賀:艦長 高橋史克2佐)、および大湊総監部隷下の第45掃海隊(函館)より掃海艇2隻で、カムチャッカ沖に向けて、8/5の1830までに出動しています。人員は約370名です。現地到着は月曜日頃になります。
米は8/5に無人潜水艇「スーパースコーピオ」をサンディエゴの米太平洋海軍基地からC5輸送機で現地に空輸しました。英も、海軍の無人潜水艇「スコーピオ」をC17輸送機で8/6中に現地に送っており、海底に沈んだ潜水艇の捜索にあたっています。
浮上できなくなった潜水艇ですが、空気を送るケーブルを固定するワイヤーが舵に絡まった、魚網がスクリューに絡まったとか言われていますが浮上不能となった原因は不明です。
現時点で救難作業は継続中です。
(*1)【AS28の諸元】
全長: 13.5m
全幅: 3.8m
最大速力: 3.3ノット
最大深度: 1,000m
チタン製
可能空気供給時間: 120時間
1.質問と回答(回答:ヨーソロ)
Q:「派遣されているのは潜水艦救難母艦「ちよだ」、掃海母艦、および大湊総監部隷下の第45掃海隊(函館)より掃海艇2隻のようですが、掃海母艦と掃海艇が同行するのは、航路確保のためなのでしょうか?その他に理由はあるのでしょうか?」
A:「機雷と小型潜水艇は水中にある捜索目標としては同じです。掃海艇は機雷探知機で探して位置を確定するためかもしれません。
掃海母艦「うらが」は掃海艇の母艦としては当然ですが、潜水士達の深海潜水活動の母艦としても必要です。潜水艦救難母艦「ちよだ」もDSRV(*2)の他に深海潜水設備SDCを持っていますが、この際は「多々益々弁ず」でしょうね。
・SDC: http://www.med.kitasato-u.ac.jp/IT_CD-ROM/ISO9660/keiei_kougaku/ningenkougaku/houwa.htm
なお、深海潜水作業の最近の作業深度は400mを超えています。
 http://homepage3.nifty.com/nishimura_ya/kaito/diving.htm
「ちよだ」はこのカプセルを持っています(現在「うらが」にもあるか不明)し、両艦には潜水病治療用の再圧タンクもあります。
大気圧潜水服というものもあります。
 http://www.med.kitasato-u.ac.jp/IT_CD-ROM/ISO9660/keiei_kougaku/ningenkougaku/taikiatsu.htm
Q:「遭難後丸一日経過してはじめて、ロシア海軍は救援要請をしていますが、これは常識からいって遅いのでしょうか?」
A:「そこは生命の危険と秘密保持や国家威信の兼ね合いでしょうね。ちなみに海自では、連絡予定時刻に連絡がない場合は2時間まで連絡を待って、事故の情報が入った場合は直ちに、潜水艦救難部署発動です。」
(*2)DSRV
深海救難艇*;潜水艦救難装置の一種、自力で潜航して遭難した潜水艦の脱出ハッチに密着し、乗員を収容;
(1)深海潜水救難艇;米海軍、高張力鋼製球形内殻3個と外殻で構成、潜水艦ハッ
チに密着して乗員救出、深度1,000m以上の深海で活動可能、重量30t、乗員3名
<海>
(2)深海救難艇;海自、AS405ちよだ搭載艇、’85竣工、KHI;
ASR403ちはや搭載艇、’00/03/24竣工、KHI神戸工場、遭難潜水艦に対して救難艦の誘導装置と自艇の音響装置を用いて接近し脱出ハッチに結合、乗員を収容して救難艦に戻る、制御コンソールの総合表示化;
<ちよだ搭載深海救難艇(DSRV)要目>
全長12.4m、全幅3.2m、深さ4.3m、重量40t、推進電動機1基1軸、出力30PS、速力4kt、操縦要員2名、救難収容可能人員12名、KHI製、起工S57/12/15、竣工S60/03/27
(コモ辞書より)
2.思うこと(ヨーソロ)
酸素があと一日分しかない:
正確なことは分かりませんが、人間の吸う空気の量は酸素ボンベ一本でも相当に長持ちします。危険なのは酸素ではなく、炭酸ガスです。
ザックリといえば、通常大気中に21%ある酸素が1%減る毎に炭酸ガス濃度が1%ずつ増えます。肺の中ではヘモグロビンが血液中の濃い炭酸ガスを出して酸素を取り込むのですが、外気の炭酸ガスが濃くなるとこの交換作業をしなくなるのです。富士山のように空気の薄いところでは酸素も少ないのですが、炭酸ガスも比例して少ないので生きていけます。
しかし、閉じこめられて炭酸ガス濃度が徐々に高くなると、徹夜麻雀をしているときのように頭が重くなり、思考力が低下し、肩で呼吸し、最後に気を失って死亡します。水に顔を浸けたときのような苦しさはありません。
DSRVとスコーピオ:
ハワイのえひめ丸捜索で活躍したスコーピオですが、沈没艇を探すことはできても人を助けることは出来ません。
DSRV は名前のとおり人を助けるための深海潜水艇です。沈没艇のハッチの上に吸い付く必要があるので、ハッチのサイズや付近の構造が条件を満たして
いる必要がありますが、もし吸い付くことが出来れば一度に7名全員を救い出せます。潜航深度は秘密ですが、今回の深さなら何等問題ありません。
無人探査艇では人は助けられません。DSRVやSDCなら生きている限り助けられる可能性があります。
DSRVの運搬:
米軍はDSRVをC-5ギャラクシー(米空軍の戦略輸送機)で輸送できるように最初から設計しました。またその救難母艦はSSN(原子力攻撃潜水艦/攻撃原潜)自身で、後部ハッチの上に背負って現場に潜航したままで急行し、潜航したままでDSRVを発進させて救難作業を行います。
航走音を気にしなければSSNは水中を水上艦よりはるかに高速で現場に行けますし、荒天を気にすることなく水中で作業ができるからです。
潜水艦救難母艦「ちよだ」の一番の大敵は荒天です。現場の一点に留まって艦の真ん中に空いた「ウェル」と呼ばれる穴からDSRVをエレベータで水中に降ろし、発進させます。そして、DSRVが遭難艇の背中に吸い付いて中の乗員を乗り移らせて、母艦に帰ってくるまでひたすら待つのです。
うまく吸い付けない場合のために、遭難艇の現場付近に潜水員を潜らせて支援させることも想定されています。
http://www.eva.hi-ho.ne.jp/t-haraguchi/sub3.htm
http://www.worldtimes.co.jp/special2/sensuikan/040525.html
この意味で、今回の米軍の協力は出来ることのホンの一部であることが推察できます。
一方、海自の協力は可能な限りの本格的、全面的なものです。この意味からも、我が国にもぜひSSNが欲しいですね。
AS28の詳細図を見て感じるのは、
http://www.sfgate.com/cgi-bin/object/article?f=/c/a/2005/08/06/SUB.TMP&o=0
この絵がどれだけ正確なのか分かりませんが、ハッチがセイルトップにしかないようなので、ハッチ・メイティング(DSRVによる遭難艦ハッチへの吸い付き)は不可能のようですね。酸素や食料を送り込みながら、浅瀬に曳航して脱出させるしかないかも知れません。
水深100mを切れば、ハッチを開けて自力脱出する方法が採れる可能性があります。もちろん潜水病になる可能性は大きいですが、潜水艦乗員は全員が自力脱出の方法を訓練しているので、上に再圧タンクのある「ちよだ」や「うらが」等の艦艇が控えていれば助かる可能性は充分にあります。
小型潜水艇の沈没:
日本でも明治43年に第6潜水艇が岩国沖に沈没し、14名の乗員が殉職しました。この時、艇長佐久間勉大尉の書いた遺書が今も全世界の潜水艦乗員教育の教科書になっています。
http://shomin.ameblo.jp/entry-442e81d81ed79b5d87c823d2944adc63.html
http://www4.ocn.ne.jp/~yoshirin/sakuma/sakuma.html
この遺書の実物は関東大震災で焼失しましたが、写真版は今も方々にあります。この時の艇長は上で述べたような炭酸ガスの増加ではなく、ガソリンタンクの破裂によるガソリン酔いの意識混濁のなかでこの遺書を書きました。これを想うと読む度に今でも涙がでます。
艇長も立派でしたが、艇員一同も自分の持ち場でなくなっていました。この度のロシア艇は不幸な事故ですが、この際、佐久間艇長と六号潜水艇の話も責任感、義務感、部下統率の生きた鑑として国民に知ってほしいものです。
『佐久間艇長の遺書』
AS28の乗員すべてが無事に救出されることを祈っております。