【本の紹介】『誰も語らなかった防衛産業(増補版)』 桜林美佐(著)

2026年6月7日

こんにちは。エンリケです。

防衛産業という業界ほど、その意味を理解さ
れず、実態をゆがめて伝えられてきたところ
も少ないと感じます。

これについて著者は、「断片」でしかこの産
業を評価できていないから、と言います。
(それにしても題名「誰も語らなかった防衛
産業」は秀逸です。このタイトルは、本著の
みならず戦後日本の総てを物語っている感を
私は持ちました)

そんな現状のなか著者はこの本で、これまで
にない視点で防衛産業にアプローチしました。
「モノ作りの現場の人間」という視点です。

徹底的な取材が生んだ初めての入門書

本著は、モノ作りの現場から真剣に国防を考
えるという新たなスタイルを提示し、軍と民
をつなぐ場でブラックホールと化していた
「防衛産業」の姿・意味を描き出した見事な
ルポルタージュです。しかもそれだけに留ま
らない、他に類をみない総合性を持つ初心者
向け啓蒙書となっています。知る限り、同種
の作品を見たことはありません。

最大の特徴は、装備や武器・兵器をゼロから
作る「国内の防衛産業の現場」という見えな
い存在に日を当て、防衛産業を支える大企業
から小さい町工場まで幅広く取材しているこ
とです。大きなことだけでなく、こういう具
体的な底辺部分の実態をどこまで了解してい
るか。忘れがちなこういう視線に本著は気付
かせてくれます。

取材先企業は、
「三菱重工」「常盤製作所」「洞菱工機」
「エステック」「石井製作所」「明治ゴム化
成」「三菱長崎機工」「日本製鋼所」「多摩
川精機」「コマツ」「IHIエアロスペース」
「旭精機工業」の12社で、それぞれの会社の
雰囲気・歴史が、こまやかなタッチで、こな
れた文章を通じて表現されてます。なかでも、
各企業の軍需品にまつわる歴史は非常に貴重
で、資料的価値があります。

本書最大の秀逸さは、「多能工」「コスト削
減」といった言葉に代表される、ミクロの生
産現場からの視線という光の筋が、防衛産業
の受益者代表たるわが自衛隊部隊への訪問や
コラム二編というプリズムと交叉することで、
読み手の視野が「防衛産業とわが軍事技術、
わが自衛隊、わがモノ作り、わが軍事、わが
国防、わが安保、わが国策との関わり」とい
うマクロな七色に広がることです。そしてそ
れに成功した点です。小さなこの本がそこま
でできた。実に見事です。

このおかげで、ほとんどの国民がつかめてい
ない

軍の装備が意味するもの
防衛産業の国家における意味合い
防衛費削減が防衛産業、ひいてはわが国防に
至大なダメージを与えている事実

といったことを理解できるようになります。

著者はこの方

桜林美佐さんです。

国防・軍事・安全保障問題を見る目が非常に
斬新で、前々作の『海をひらく』を紹介させ
ていただいたこともあります。

その著作の特質は「斬新な切り口」「徹底し
た取材」「こまやかな視線」という言葉で表
現できると思います。別の面から見れば、自
分が学んだこと、知ったことを読者と分かち
合おうとする「母性あふれる素直で豊かな姿
勢」です。著者の記す言葉からは、国防・軍
事・安保の世界でわが国を現場で必死に支え
ている人たちに対する深い敬意と温かい視線
と無限の信頼を覚えます。だから健康です。
読んでいてほっとします。本著もそうです。

あとがきの、225ページ2行目からはじま
ることばは、そんな著者でなければ書けない
誠実な言葉と感じます。私も同意です。

■防衛産業からの企業の撤退

防衛費削減が続き、国内産業が撤退しつつあ
る防衛産業界の現状紹介が本著の重要な柱で
す。非常に重要です。(次期主力戦闘機選定
が遅れに遅れている戦闘機分野では、しびれ
を切らした二十社がすでに防衛産業から撤退
したそうです)たとえば住友電気工業は「防
衛関連の事業は高度な技術力が必要とされな
がら、成長性に乏しく、限られた人材や生産
設備は民間用に振り向けられるべき」(広報)
との経営判断から防衛事業から手を引いてま
す。(P22)平成二十一年に発生した富士重工
の防衛省提訴も衝撃的な事件でした。

わが装備調達を代表する言葉として挙げられ
るのが「多品種少量生産」で、「とにかく発
注量が少ない」ことが、防衛産業最大のネッ
クになっているとされますが、どうもそうい
う言葉だけでは済まされないレベルに防衛産
業は至っているようです。こういう状況に喜
んでいるのが誰かは、容易に想像できますよ
ね。報道される種々の企業ニュース単体では、
意味するところがよく理解できないものです。
しかし本著を通じ、防衛費削減がつづく現実
が防衛産業に与えているボディブローの影響
がわかると、見えてくるものはかなり違って
くるように思います。

■読んでほしい武器輸出三原則のところ

武器輸出三原則の緩和に対する防衛産業の姿
勢は、実に興味深いです。
わが国の現状は「世界との競争に太刀打ちで
きない」状況にすでにあり、下手に緩和した
ら「海外の軍需産業に呑み込まれるだけ」に
なりかねないということです。ただ21世紀の
主流になる「多国間共同開発」のためには緩
和が不可欠というスタンスです。

おそらくこの話は、関係者の間では常識だと
思います。
でも、一般国民レベルまで下りてきたのは今
回が初めてではないでしょうか。

また、P141からのコラムでは、わが国軍需産
業は海外兵器市場でもまれた経験がなく、開
発面も自衛隊のみに限られており、政府にも
武器輸出を外交手段として活用する発想はな
いという環境があることから、<狡猾な外交
戦略なしに参入できるほど武器輸出は甘くな
い>と記されています。その後に記されてい
る韓国の武器輸出戦略も、非常に興味深い内
容です。

手遅れになる前に何とか、、、

「国内における軍需品の生産基盤維持」は、
わが安全保障と直結しています。装備や武器
を輸入するばかりでは、防衛産業は国内で発
展しません。その結果、国内産業力は低下し、
現在ある生産ラインや技術者の維持が極めて
困難となり、国産装備品は製造できなくなる
のです。一度失った技術は二度と取り戻すこ
とができません。

重要なのは、将来の後輩たちが「やりたい」
「やる必要が出てきた」ときにはもう遅いと
いうことです。これこそが、防衛産業を理解
するキモです。多くを外国から輸入すること
で「わが防衛産業」を弱くする方向は、先達
からの軍事技術の伝承を絶やし「わがモノ作
り能力を自ら削り」「わが国防・安保を危う
くする行為」だということに、本著は痛いほ
ど気付かせてくれます。

現場への取材を通じてよく伝わってきたのが、
いま、軍需品を製造しているわが企業は、民
間企業の生命線「儲けること」というより
「わが国防を支える使命感」で技術・ノウハ
ウの維持を行っている姿勢です。防衛産業関
係者から出てくるのは「お国のため」という
趣旨の言葉ばかり。本当に感激します。

なかでも私は、石井製作所社長の言葉に感激
しました。
<「いろいろ苦労はありますが、どうしても
投げ出すことはできません」>(P78)

お国のためにがんばっているこういう人々の
使命感に依存するばかりの現状のままでいい
のでしょうか? 国家国民総てが「依存症」
でいいのでしょうか?強くそう思います。

「徹底的な取材で得た事実」が「圧倒的な迫
力」をもって「防衛産業・軍装備の意味にま
るで素人のわれわれに、ひたりと訴えかけて
くる」本です。
そのうえ、日本人であることを誇りに思える
「感動」までくれます。

戦車は単なる戦いの道具ではなく、地上戦で
唯一「抑止力」を保有する装備であり、現場
のわが隊員を護るために必要不可欠な存在。
といった具体的な軍事理解に資する記述がワ
ンサカあるのもうれしいです。

それでは、この防衛産業ガイドブックの内容
を見ていきましょう

■目次

はじめに

第1章 国防を支える企業が減っている
 富士重工VS防衛省の衝撃
 迷走する次期主力戦闘機がもたらす危機
 国産の装備品を製造できなくなる・・・

第2章 国家と運命をともに
 国産戦車製作の草分け・・・三菱重工
 「どこまでも国家と運命をともにせよ」
 ラインに乗る90式戦車は年間8両
 製品への愛情なしにはできない仕事
 「戦車不要論」を選んだカナダでは
 実は"人にやさしい"戦車

第3章 戦車乗りは何でも自分でやる
 戦車射撃競技会でわかったこと
 戦車乗りと馬乗りはそっくり
 戦車のこれからを考える

第4章 戦車製造の最前線
 節約しても「物作り」の矜持は失わない・
・・常盤製作所
 新戦車三両カットの先にあるもの・・・洞
菱工機
 職人集めはバンド作りと同じ・・・エステ
ック社
 腕のいい職人は一度切ったら集められない
 職人としての矜持
 昭和の香りそのままの木造事務所・・・石
井製作所
 製品検査は担当者しだい
 必要なのは「鉄と戦う」気概
 「どうしても投げ出せない」

【コラム】自衛隊の装備品開発の流れ

第5章 武器輸出三原則の見直し
 欧米との共同開発ができない
 「武器輸出三原則」が生まれた背景
 三木内閣でさらに後退
 堀田ハガネ事件
 平和維持と武器輸出

第6章 日本を守る「盾」作り
 ゴム製造は国策の重大テーマ・・・明治ゴ
ム化成社の宝物はゴムの「レシピ」
 「儲けなくていい。だが開発できない会社
はだめだ」
 日銀のマットが語るもの
 「日本の一大事、なんとかしましょう」・
・・三菱長崎機工
 宿命ともいうべき職務に踏みとどまる
 人を、国を守る「盾」作り

第7章 富士学校と武器学校
 火砲そして砲兵の現場へ・・・富士学校
 「助け合わなければ強くなれない」
 戦いに勝つのは火力があればこそ
 火砲の威力が再評価されている
 国防費は国民財産として残るもの
 データ解析で約三十億円の削減に
 予科練の地に立つ武器学校・・・武器学校
 戦友のために槍先を研ぎ、整える

第8章 刀鍛冶のいる工場
 「プレスは餅をこねるように」・・・日本
製鋼所
 海外メーカーを抜いた砲製造技術
 DNAが戦後生まれとは違う
【コラム】世界の武器輸出戦略
 コンビニの市場より小さい日本の防衛産業
 外交ツールとしての武器輸出
 これが「韓流」防衛産業政策だ

第9章 女性が支える「匠の技」
 ジャイロ・コンパスの国産化を目指して・
・・多摩川精機
 創業以来「男女同一賃金、同一労働」
 敗戦、そして再開の道へ
 ロケットからハイブリッドカーまで
 開発力は最大の抑止力

第10章 日本の技術者をどう守るか
 特車から弾薬まで・・・コマツ
 百%官需企業の苦悩・・・IHIエアロス
ペース
 宇宙開発も「仕分け」でストップ
 ライセンス国産の苦労
 防衛省でも宇宙開発への取り組みが始まっ
たが・・・・

第11章 国内唯一の小口径弾薬メーカー
 何度も社名が変わった旭精機工業
 弾が作れない!
 NATO弾研究から国内唯一のメーカーに
 海外製の製造機を通して学んだもの
 弾薬は均一性が命
 「いい弾ですね」と部隊で言われた時が一
番嬉しい

まとめ 防衛装備品調達の諸問題
 装備品国産化の方針
 国内防衛生産・技術基盤の特徴
 スピンオフとスピンオン
 国内防衛生産のいま
 調達の形態
 調達の仕組み・問題点
 装備品調達のプロが育たない
 日本の国情に合わせた装備
 国際活動への対応
 厳しい審査
 インセンティブの採用
 米国の調達改革
 わが国の調達と今後の方向性
 ライフサイクルコスト(LCC)
 コスト抑制のために
 短期集中調達
 初期投資を「初度費」として計上
 海外防衛産業の業界再編
 日本の防衛産業再編
 輸入は安い?高い?
 オフセット取引
 各国のオフセット取引体制
 国際共同開発
 商社の存在
 まとめ

おわりに

■著者紹介

桜林美佐(さくらばやし・みさ)
昭和45年、東京生まれ。日本大学芸術学部
卒。
フリーアナウンサー、ディレクターとしてテ
レビ番組を制作した後、ジャーナリストに。
国防問題などを中心に取材・執筆。
著書に『奇跡の海「宗谷」ー昭和を走り続け
た海の守り神』『海をひらくー知られざる掃
海部隊』『誰も語らなかった防衛産業(改訂
版)』『武器輸出だけでは防衛産業は守れな
い』(いずれも並木書房)、『終わらないラ
ブレターー祖父母たちが語る「もうひとつの
戦争体験」』(PHP研究所)、『日本に自衛隊
がいてよかった』(産経新聞出版)、『あり
がとう、金剛丸ー星になった小さな自衛隊員』
(ワニブックス)。月刊「テーミス」に『自
衛隊と共に』を連載。「夕刊フジ」に『ニッ
ポンの防衛産業』を毎週月曜日連載。

■圧巻は「まとめ」

極端な話をすれば、この「まとめ」を読むだ
けでも十分といえます。それほど秀逸な「防
衛産業をめぐる問題点整理」であり、「軍需
品調達入門」であり、「調達をめぐる現状の
問題点のまとめ・提言」です。

版元さんに伺いましたところ、「フジサンケ
イ・ビジネスアイ」で今年四月から連載され
た「防衛産業のいま」を書くに当たって、集
中して取材・勉強された結果ということがわ
かりました。桜林さんご自身の手になる内容
ということです。非常に驚いています。

これまでありそうでなかった防衛産業の全貌
をつかめるガイドブック。有機的に分かりや
すく防衛産業の意味を解説した著。名著と言
って差し支えない傑作です。ぜひお求めくだ
さい。オススメです。

最後に、一番刺さった一節を本著より抜粋し
ます。

———————————–
このお金(国防費)が「自分たちの安全のた
めに」計上されている予算だということにつ
いて、ついぞ忘れがちなのは、世の中が平和
だからだろう。
兵器は使われたときに圧倒的な威力を発揮す
べく、多額の予算を通じて開発されるが、最
後まで「使われない」で天命を全うすること
がベストという大きな自己矛盾を孕んでいる。
そしてそれは自衛官の存在も同様である。

この頃は、「一生使わないものにお金をかけ
るのは無駄」という思考、国の安全を経済的
観点で計るという発想から、見えないものへ
の負担は御免こうむるという人も増えている
ようだ。「抜かない名刀」に価値を見出せる
かどうかは、今後の日本人の資質が左右する
といえるだろう。

実は、この投資には国家の技術力の進歩・発
展や、人的資源の養成、抑止や安心感といっ
た無形のさまざまな「財産」が残されるのだ
が、それがなかなかわかりにくい。本来、そ
ういう意味で、すべての国民が受益者なのだ。

桜林美佐
—————————————-

『誰も語らなかった防衛産業 武器輸出だけで
は防衛産業は守れない[増補版] 』
桜林美佐(著)
出版社:並木書房
発売日:2012/9/28
ページ数:247ページ
寸法:13 x 1.6 x 18.8 cm
定価:1760円
https://amzn.to/4fq5FwK

(エンリケ)

追伸
われわれの目に見えないところ、耳に聞こえ
ないところにホンモノの日本がある。綿密な
取材を通じ、そのことを改めて思い起こさせ
てくれた著者に感謝します。あなたにもぜひ
読んでほしいです。

『誰も語らなかった防衛産業 武器輸出だけで
は防衛産業は守れない[増補版] 』
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