【本の紹介】『北極圏争奪戦──激変する日本の防衛線』日本安全保障戦略研究所編(執筆:勝股秀通、小野田治、佐々木孝博、髙井晉、小川清史)ー北極海航路が変える日本の防衛線と「南北二正面戦略」

『北極圏争奪戦──激変する日本の防衛線』日本安全保障戦略研究所編(執筆:勝股秀通、小野田治、佐々木孝博、髙井晉、小川清史)

こんにちは、エンリケです。

北極海が開けば、わが安全保障はどう変わるのでしょうか。

「北極圏」と聞くと、ロシア、アメリカ、カナダ、グリーンランド、あるいは砕氷船や資源開発を思い浮かべる方が多いかもしれません。

わが国から遠く離れた世界の話――そう感じても不思議ではありません。

しかし、日本安全保障戦略研究所編『北極圏争奪戦──激変する日本の防衛線』を読むと、その印象は大きく変わります。

北極海航路が本格的に利用される時代になれば、日本列島の地政学的な意味そのものが変わる可能性があるからです。

中国の「氷上のシルクロード」、ロシアの核・エネルギー戦略、アメリカのグリーンランド重視。そして宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡など、わが国周辺の重要海峡。

本書は、一見別々に見えるこれらの問題を一本の線で結び、わが安全保障を新しい地図の上で考え直そうとする一冊です。

『北極圏争奪戦──激変する日本の防衛線』とは

本書は、日本安全保障戦略研究所(SSRI)がまとめた安全保障・地政学の研究書です。

執筆者は以下の5名です。

  • 勝股秀通
  • 小野田治
  • 佐々木孝博
  • 髙井晉
  • 小川清史

新聞記者、防衛大学校出身者、元自衛官、国際法研究者など、それぞれ異なる専門領域を持つ執筆者が、北極圏をめぐる安全保障環境を多角的に分析しています。

扱われるテーマも、北極海航路だけではありません。

  • 中国とロシアの軍事連携
  • アメリカの北極戦略
  • グリーンランドの戦略的重要性
  • ロシアの核戦略とエネルギー戦略
  • 中国の「氷上のシルクロード」
  • 北極海航路をめぐる国際法
  • わが国周辺の重要海峡
  • わが安全保障戦略

つまり「北極について解説する本」というより、北極海を入口としてわが国を取り巻く安全保障環境全体を捉え直す本と考えたほうがよいでしょう。

北極海航路は「物流の話」だけではない

北極海航路という言葉から、まず思い浮かぶのは物流でしょう。

北極海を通ってアジアと欧州を結ぶ航路の利用が拡大すれば、従来とは異なる海上交通路が生まれます。

しかし、安全保障という視点から見れば、問題はそこで終わりません。

船が通るようになれば、当然ながら次の問題が生じます。

  • 誰がその航路を利用するのか
  • 誰が航路の安全を守るのか
  • どの国が影響力を持つのか
  • 資源開発を誰が主導するのか
  • どのような国際法上のルールが適用されるのか

そこで重要になるのが、中国とロシアです。

中国は北極海航路を「氷上のシルクロード」と位置づけています。一方、ロシアにとって北極圏は資源・エネルギーだけでなく、海軍や核戦略とも深く結びついています。

つまり北極海は単なる「欧州への近道」ではありません。

経済、資源、軍事、核抑止、海洋権益、国際法が重なり合う巨大な戦略空間なのです。

北極海航路がわが安全保障を変える理由

本書を読んで私が特に興味を持ったのが、北極海航路の出現によって、中国のシーレーンをめぐる条件そのものが変化するという視点です。

中国の海上交通路を考えるとき、私たちはどうしても南を見ます。

  • 南シナ海
  • 台湾海峡
  • 東シナ海
  • マラッカ海峡
  • インド洋

もちろん、これらの海域が今後も重要であることに変わりはありません。

しかし北極海航路の利用が本格化すれば、もう一つの方向が浮上します。

中国から日本列島周辺を通過して北へ向かい、ロシア沿岸から北極海へ入り、欧州方面へ抜けるルートです。

ここでわが国周辺の地図を見ると、これまでとは違う意味が見えてきます。

  • 宗谷海峡
  • 津軽海峡
  • 対馬海峡
  • 大隅海峡

北極海航路という新たなシーレーンを考えた瞬間、遠い北極の問題が一気に「わが問題」になるのです。

中国の「マラッカ・ジレンマ」は変わるのか

中国は長年、海上交通路の脆弱性を抱えてきました。

特にマラッカ海峡への依存は、いわゆる「マラッカ・ジレンマ」として知られています。

北極海航路が実用性を高めれば、中国にとって海上交通路の選択肢が増える可能性があります。

もちろん、北極海航路がすぐに既存の航路を置き換えるという単純な話ではありません。

しかし国家戦略は、明日や来年だけを見て作られるものではありません。

10年後、20年後、さらにその先を考え、将来利用できる可能性のある航路に関与し、インフラや影響力を確保しておく。

そのように考えると、中国が北極圏への関与を深める意味も見えてきます。

ロシアにとって北極海は「辺境」ではない

北極圏を考えるうえで、さらに重要なのがロシアです。

ロシアの地図を眺めると、同国がいかに長大な北極海沿岸を持っているかがわかります。

そして本書では北極海を、ロシアの

  • 核戦略
  • A2/AD(接近阻止・領域拒否)
  • 海軍戦略
  • エネルギー戦略

などとの関係から分析しています。

ここは非常に重要なところです。

安全保障を理解するとき、軍艦だけ、ミサイルだけ、資源だけ、外交だけを個別に見ていては国家の行動は理解できません。

軍事・経済・外交・資源をつなげて初めて、その国家が何をしようとしているのかが見えてきます。

北極圏は、まさにそれがよく表れる場所なのでしょう。

なぜアメリカはグリーンランドを重視するのか

本書を読むと、アメリカがグリーンランドを重視する背景も違って見えてきます。

トランプ米大統領がグリーンランドに強い関心を示した際には、その刺激的な発言そのものが大きく報道されました。

しかし重要なのは、発言への好き嫌いと、その背景にある戦略的意味を分けて考えることです。

北極圏ではロシアと中国が活動を活発化させています。

そしてアメリカから見れば、北極圏は単なる遠隔地ではなく、本土防衛とも関係する戦略空間です。

その視点からグリーンランドを見ると、「なぜアメリカがそこまで関心を持つのか」という疑問にも、別の答えが見えてきます。

国際法もまた「戦場」である

本書で見逃せないのが、第4章「国際法から見た北極海と北極海航路」です。

安全保障というと、兵器や軍隊に目が向きがちです。

しかし海洋をめぐる国家間競争では、

  • どこまでが領海なのか
  • どのような通航権が認められるのか
  • 沿岸国はどこまで規制できるのか

といった国際法上の問題が極めて重要になります。

そして、この議論はわが周辺の海峡問題にもつながっていきます。

北極海の話をしていたはずなのに、いつの間にか宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡、大隅海峡というわが国の目前の海の話になっている。

このつながりこそ、本書の大きな魅力だと思います。

わが国は「南」だけを見ていてよいのか

近年、わが安全保障論では南西方面が大きな焦点になっています。

  • 台湾有事
  • 尖閣諸島
  • 南西諸島防衛
  • 中国海空軍の活動

いずれも重要な問題です。

しかし本書は、そこに一つの重要な問いを投げかけます。

わが国は南西方面だけを見ていてよいのか?

そこで提起されるのが「南北二正面重視型戦略」です。

これは「南を捨てて北を見る」という意味ではありません。

南西方面への備えを続けながら、北方の戦略的重要性にも目を向ける。

つまり、わが国を取り巻く安全保障空間そのものを、より大きな視点から捉え直そうという提言です。

地図を回転させるとわが国の姿が変わる

安全保障を考えるうえで、私は「地図の見方」が非常に重要だと思っています。

私たちは通常、日本列島を中央に置き、北を上にした地図を見ています。

しかし戦略を考えるときには、地図を固定してはいけません。

航路を変える。視点を変える。相手国の立場から眺める。

すると違った風景が見えてきます。

中国から見れば、日本列島は太平洋への出口に横たわっています。

そして北極海航路の重要性が高まれば、日本列島は北へ向かう海上交通路とも無関係ではなくなります。

わが国は単なる「東アジアの島国」ではありません。

巨大なユーラシア大陸の東端に沿って弧を描く海洋国家として見ることもできます。

この地理的位置そのものは変わりません。

しかし、その地理が持つ戦略的な意味は変化します。

『北極圏争奪戦』から読み取れる5つのポイント

1.北極海航路は「北極だけの問題」ではない

新しいシーレーンの出現は、わが周辺の海域や海峡の戦略的重要性を変える可能性があります。

2.中国の海洋戦略を南だけから見てはいけない

北極海航路という選択肢が加われば、中国を取り巻く海上交通路の構造自体が変化する可能性があります。

3.ロシアの北極戦略は軍事・核・資源が一体になっている

北極圏を理解するには、軍事だけ、経済だけを見るのでは不十分です。

4.わが国は南西方面と北方を同時に考える必要がある

本書が提起する「南北二正面重視型戦略」は、わが防衛線そのものを捉え直す考え方です。

5.防衛力は装備品の数だけでは決まらない

警戒監視、同志国との連携、研究開発、装備調達、国際法、重要海峡の管理などを含めて安全保障を考える必要があります。

防衛力整備で重要になる「速度」

本書終盤で印象に残るのが、防衛力整備を単なる「装備品購入」の問題として扱っていないことです。

重要海峡の管理、海上保安庁と海上自衛隊による警戒監視、潜水艦、無人機、無人艦艇、同志国との共同監視・共同訓練、研究開発、装備調達――。

これらはすべて同じ戦略の中に位置づける必要があります。

特に考えさせられるのが「速度」です。

ドローンやAIなど軍事技術の進歩は非常に速く、長期間にわたって検討・調達している間に技術そのものが陳腐化する可能性があります。

何を持つのかだけではなく、必要な能力をどれだけ迅速に実用化できるのか

これは今後のわが防衛力を考えるうえで重要な論点でしょう。

『北極圏争奪戦』はどんな人におすすめか

本書は、特に次のような方におすすめできます。

  • 台湾有事や南西諸島防衛について関心がある方
  • 中国海軍やロシア軍の動向を追っている方
  • シーレーン防衛について学びたい方
  • 地政学やインテリジェンスに関心がある方
  • 自衛隊・防衛政策に関心がある方
  • わが安全保障を個別ニュースではなく大きな構造として理解したい方

なぜなら本書は、安全保障上の新しい問題を一つ付け加えるだけの本ではないからです。

これまで私たちが見ていたわが国周辺の「地図の意味」を描き直す本だからです。

地理は変わらない。しかし地政学は変わる

私自身、本書を読んで最も強く感じたのは、「安全保障環境が変わるとは、地図の意味が変わることなのだ」ということでした。

日本列島の形は変わりません。

宗谷海峡も津軽海峡も対馬海峡も、以前から同じ場所にあります。

しかし世界情勢が変わり、新しい航路が生まれ、国家の利害が変化すれば、同じ海峡が以前とは違った戦略的意味を持つようになります。

地理は変わらない。しかし地政学は変わる。

ここに本書の面白さがあります。

中国軍機の活動、ロシア艦艇の動向、アメリカのグリーンランドへの関心、北極海の融氷――。

毎日のニュースでは、それぞれ別々の出来事として報道されます。

しかし、それらを一本の線でつなぐと、これまでとは違った世界の姿が見えてきます。

『北極圏争奪戦──激変する日本の防衛線』は、その「線」を引いてくれる一冊です。

まとめ|北極海から日本の防衛線を考え直す

「日本の防衛線はどこにあるのか」と問われたら、どこを思い浮かべるでしょうか。

尖閣諸島、南西諸島、北海道、日本海、太平洋――。

しかしこれからは、その問い方そのものを変える必要があるのかもしれません。

海上交通路はどこを通るのか。中国はどこへ進出しようとしているのか。ロシアは何を守ろうとしているのか。アメリカはどこを防衛上重要だと考えているのか。

そして、その巨大な戦略空間の中で日本列島はどこに位置するのか。

『北極圏争奪戦──激変する日本の防衛線』は、それを考えるための新しい地図を私たちに渡してくれる本です。

北極海は遠い。

しかし、北極海をめぐる国家間競争がわが国に及ぼす影響は、決して遠いものではありません。

わが安全保障を個別のニュースではなく「構造」として理解したい方に、ぜひおすすめしたい一冊です。

(エンリケ)

書籍情報

『北極圏争奪戦──激変する日本の防衛線』
編者:日本安全保障戦略研究所
執筆:勝股秀通、小野田治、佐々木孝博、髙井晉、小川清史
出版社:並木書房
発売日:2026年9月10日
判型・ページ数:四六判・216ページ
価格:1,980円

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追伸

いま一度、日本地図を「北」まで大きく広げてみませんか?

南西諸島や台湾海峡だけでなく、北海道のさらに先、北極海まで視野に入れて眺めると、日本列島が置かれている位置の意味が少し違って見えてきます。

『北極圏争奪戦──激変する日本の防衛線』は、北極海そのものを知るためだけの本ではありません。

中国、ロシア、アメリカ、シーレーン、重要海峡、そしてわが防衛戦略を一本につないで考えるための本です。

日々流れてくる安全保障ニュースを「点」ではなく「線」で理解したい方には、ぜひ一度手に取っていただきたいと思います。

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(エンリケ)

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