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「私の志願動機」 外人部隊の真実(1) 元上級伍長 合田洋樹

time 2016/01/13

「私の志願動機」 外人部隊の真実(1) 元上級伍長 合田洋樹

 みなさま、はじめまして。

 Caporal-chef(カポラルシェフ)(er)GODAと申します。
カポラルシェフとはフランス軍の階級で上級伍長を意味し、
下士官ではなく兵卒にあたります。この階級は自衛隊やアメリカ軍
にはありません。士長の上で、3曹の下、時には2等兵がやる雑用や、
軍曹の仕事を任せられることもあります。外人部隊に限らずフランス軍
の上級伍長は「何でも屋」なのです。2等兵に混じってゴミ拾いもすれば、
分隊長として10名からの分隊を動かすこともあるのです。

 旧軍の階級をご存じの方は「伍長」は下士官扱いであると誤解して
いますが、フランス軍では軍曹になりはじめて下士官となります。
また(er)とは恩給をもらえるまで勤務し、除隊したことを意味します。

 2014年11月、フランス外人部隊に17年半在隊したのちに除隊しました。
勤続5年目に後方支援中隊に配属され、その後のキャリアのほとんどを
同中隊の事務要員として過ごしました。フランス陸軍の最精鋭である
第2外人落下傘連隊に14年在隊していたのに、一度も実戦に参加する
機会は得られませんでした。

 だから「そのような者がメルマガを書いても面白くもないだろう」と
思っていました。しかし、「戦闘の話は書けないが、外人部隊で得られた
知識や経験をもとに、これから志願する人たちにアドバイスならできる
のではないだろうか?」と思うようになりました。またフランス外人部隊が
どういう組織で、部隊兵は何を考えて勤務しているか、その真の姿を
お伝えできればと思っています。

 以前こちらのメルマガで、「アフガニスタン0戦場救命0」を配信していた
野田元上級伍長は、私の後輩であり、除隊後も良き仲間でもあります。
人柄の良い野田くんは、在隊中も第3中隊の人気者でした。
仕事は真面目にこなすので、上官からの評価は高く、階級が下の者には
非常に親身に接するので、下からも慕われていました。

 さて、第1回目は、私が外人部隊に志願した動機から書こうと思います。

■はじめに

各国出身の志願者により志願動機はさまざまで、私のようにいくつもの
志願動機を持っている人も多いと思います。

 日本人志願者の共通の動機として「実戦に参加したいから」というのが
あります。近年、第2外人落下傘連隊は、アフガニスタン、そしてマリで
激しい戦闘に参加しました。これらのミッションに参加できなかった日本人
部隊兵はみな悔しがっていました。当然私もその1人でした。

 私のように、長い間在隊しても実戦に参加できない部隊兵が大半なのです。
日本人部隊兵ではありませんが、5年間の在隊中、アフガニスタン2回、
マリ共和国と、計3回も紛争地に派遣され、3回とも実際に激しい戦闘に
参加している者もいます。

 マリでは夜間の実戦降下が行なわれ、3名の日本人部隊兵が参加する
チャンスを与えられました。1人は元自衛官、もう2人はいわゆる「ゆとり世代」
の若者でした。彼らは真っ暗な闇に向かって輸送機から飛び出した時、
いったい何を思ったのでしょうか?

 空挺作戦を敢行してこそ、第2外人落下傘連隊の「存在意義」を示せるのです。
この空挺作戦に参加できず、居残り組となった部隊兵の士気は一気に下がりました。

 このように戦闘に参加できるかは「運」次第なのです。

 除隊後の個人的感想を言えば、最終的に誰も殺傷せずに済んだことに感謝
しています、それが両親や戦争体験者であった祖父母の願いだったからです。

 それでは本編をスタートさせます。

▼私の志願動機 ミリタリー好きと海外へのあこがれ

 私が外人部隊を志願した動機はいくつかある。「日本から飛び出したい」
「冒険をしたい」「傭兵になりたい」「強くなりたい」「世界中に友人を作りたい」
「極限状態におかれた時、どこまで戦えるのかを知りたい」等々だ。

 子供のころから外国へのあこがれが非常に強く、テレビに映る海外の
美しい景色や日本にはない動植物の生態などを食い入るように見つめた。
「インディジョーンズ」などの冒険映画が大好きで、いつかは映画の主人公
のような大冒険をしたいと、ずっと夢見ていた。

 海外へのあこがれが決定的になったのは、中学三年の夏、家族とはじめて
海外旅行で訪れたオーストラリアでの体験だった。その時に見たグレートバリアリーフ
の美しさに魅了され、時が経つのも忘れ、泳ぎ続けた。「将来はこんな場所に
住みたい」と強く思ったのを今もはっきり覚えている。そして、いつか「世界一周
してみたい」と漠然と思うようになった。

 また、小学生のころからミリタリーが大好きで、プラモデルの軍艦や戦闘機
を組み立てては、戦場を空想しながら遊んだ。仲間とエアガンで「戦争ごっこ」
に熱中した。戦争映画も大好きで、とくにオリバーストーン監督の「プラトーン」
は大のお気に入りだった。

 中学に入ると、当時まだ現役の日本人傭兵として、ボスニアやカレンで活動
していた高部正樹さんの本をよく読むようになり、あこがれの人となった。

 なぜ戦争映画や軍隊が好きになったのだろうか? おそらく男なら誰もが
持っている「強くなりたいと」という思いが、ほかの人より強かったのだと思う。
戦争映画の中で銃を手に駆けまわり、敵を次々と倒していく兵士がとても格好
よく見えた。何ごとにも屈しないで作戦を遂行する軍人こそ真に強い人間だと
思うようになっていった。そして、彼らの手にする銃器こそ、互いの体格差を
帳消しにしてくれる魔法のような物なのだと、子供心に理解していた。

 ただ当時、自衛官になろうとはまったく思わなかった。小中学生のころから
習った「旧日本軍の悪行」など、いわゆる「自虐史観」の教育のせいで、
日本軍の末裔である自衛隊に対するイメージが悪かったからだ。「日本は侵略
国家なのだ」と教えこまれていたから、余計に海外に目がいってしまったのだろう。
だから日本で暮らしている時は、日本人であることに誇りを持ったことは一度も
なかった。まさに教育とは恐ろしい。入隊後、何十カ国もの親日派の部隊兵と
接し、考え方は一八〇度変わった。彼らを通して日本のよさを再確認させて
もらったからだ。

(つづく)

(ごうだ・ひろき)

【著者紹介】
合田洋樹(ごうだ・ひろき)
1978年神奈川県生まれ。都内の高校卒業後18歳で渡仏。
1997年フランス外人部隊に入隊。計17年半勤務し2014年11月除隊。
最終階級は上級伍長。在隊中は主に第2外人落下傘連隊に在隊し、
ジブチの第13外人准旅団にも計3年在隊。長い在隊期間中の約11年間
を後方支援中隊にて事務員として勤め、そのうちの5年半を警務課で
勤務。外人部隊を深く理解するうえでこの部署での経験が非常に役立つ。
『外人部隊125の真実』を近く出版予定。ほかに第2外人落下傘連隊に
ついての電子書籍版を執筆中。

《長期派遣歴》
1997年01998年ジブチ、2009年02011年ジブチ
《短期派遣歴》
1999年ボスニア、2000年ガボン、2001年ジブチ、2002年ギアナ、
2004年ジブチ、2006年ジブチ、2010年カタール、2011年ウガンダ



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