新COP建設 Part3–フランス外人部隊・日本人衛生兵のアフガニスタン戦争 Vol.25

2020年4月21日

From:野田力
件名:新COP建設 Part3
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軍事情報特別連載
 フランス外人部隊・日本人衛生兵のアフガニスタン戦争 Vol.25
陸上自衛官を志すも挫折。自分が立派な兵士になれることを証明するため
渡仏し、外人部隊への入隊を果たした衛生兵が、最前線で体験した
アフガニスタン戦争の実像をお伝えします。
2012年(平成24年)8月27日(月)
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□はじめに
 シリアでジャーナリストの山本美香さんが撃たれて死亡しました。
 山本さんとは、昨年10月にアフガニスタン関連の講話会のあと、
3分ほどお話をさせていただいたことがあります。わずか3分ほどの
交流でしたが、死亡のニュースには衝撃を受けました。
 世界には、命の危険を冒し、戦場を取材するジャーナリストが
たくさんいます。我々タスクフォース・アルトーにも6ヵ月間の
アフガン滞在中、21名のジャーナリストが従軍取材に来ました。
 私には、武器なしで戦場へ行く勇気はありませんが、
戦場ジャーナリストは非武装で現地取材を敢行します。
その勇気が最前線の現状を世界に伝えています。
 戦場に赴くということは、死の危険があるということ。
そのことは山本さん本人も理解していたでしょう。私もアフガンに
いたころは覚悟していました。それでも、やはり、山本さんの死は
残念でなりません。
 さて、大変恐縮ですが、9月いっぱいアフガン体験記の連載を
お休みさせていただきます。現在通っている看護学校で9月前半に
試験期間があり、後半に病院研修があるのです。
ご理解のほど、よろしくお願いします。
 それでは、新COP建設作戦のつづきにまいりましょう。
▼新COP建設Part3
 翌朝、珍しく雨が降りだした。灼熱の太陽は隠れ、気温が下がって
いるが、まだまだ暑い。
雨あしは強くはないが、VABから外に出ればすぐに
全身ずぶ濡れになるだろう。
 助手席に座る軍医のプルキエ少佐の太ももあたりに
水滴がしたたりだした。雨もりだ。
上部のハッチは閉めてあるが、車両が古いので隙間ができているのだ。
 プルキエ少佐はできるだけ股を開いて水滴を避けたが、座席の
キャンバス生地が濡れ、雨水がしみはじめた。やがては尻が濡れる。
少佐はモゾモゾし、よい対策がないようだったので、「どうぞ」と、
小さく畳んであるポンチョを運転席の隅から取り出し手わたした。
 少佐はポンチョを広げ、両脚全体にかけた。
水滴はポンチョを伝って、助手席の床に流れていくようになった。
床には排水口があるので、水が溜まることはない。
「これはとても効果的だ。ありがとう。」少佐は嬉しそうに言った。
 やがて無線から中隊長の声が流れた。「レッドの隊員1名が山を
徒歩で移動中に転落し、脚を骨折。ヘリで搬出される。」
“レッド”とは第2中隊のコールサインだ。
 我々はVABの中にいるので雨の影響は受けないが、山にいる第2中隊
の一部にとっては、濡れて滑りやすくなった岩や石が大きな障害となる。
少し滑っただけでも、アーマーや武器などの重装備により、バランス
を取りもどすことが困難だ。
 第2中隊にも専属の医療班がいるので、我々が急行する必要はない。
骨折した兵士はフランスに戻ることになるだろう。アフガニスタン
に着いてから2ヶ月も経っていないのに、気の毒だ。
 昨日からずっと、第3中隊のVAB10台が横1列となり、村に面して
いる。COP建設現場へ敵が向かうことを防ぐためだ。村の端からの
距離は1kmもなく、敵が攻撃してきてもおかしくない距離だ。
 12時が過ぎた。村は静かだ。もしかしたら、雨に濡れるのが嫌で
敵は屋内で休んでいるのかもしれない。そうだとしたら、単純な
連中だが、そうとも限らない。油断はできない。
 午後に入ると雨がやんで曇り空となった。それと同時に便意を
催しはじめた。小便なら、運転席から出てすぐ、ズボンのジッパーを
下げ、“チューブ”を出して、タイヤのあたりに放尿すればいいだけだ。
が、大便となると、ズボンも下着もおろし、しゃがまなければならない。
しかも、私の場合、アーマーのサイズがやや大きくて、しゃがむには
アーマーを脱がざるをえない。あまりにも無防備な態勢となる。
 それ以上に嫌なのは、まわりの同僚に大便の最中を見られることだ。
写真を撮られ、後でひやかしの対象とされることがある。排便は誰も
がする行為だが、それをおもしろがって白昼堂々と撮影する輩が
少なからずいる。あとで写真を掲示板に張られたくない。
 夜の闇がくるまで我慢することにした。
 何も起きない退屈な時間が続いたが、16時頃、私の位置から1km
ほど離れた村の端に小さな火の玉が一瞬見えた。
実際の大きさは直径5mくらいだろう。土埃が舞う。
「もしかしてロケット弾の爆発?」と思うやいなや、
“ドーン”という爆発音が耳に届いた。
「ブラック3、敵をコンパウンドに確認。攻撃許可をお願いします。」
第3小隊の小隊長が無線連絡を入れ、
コンパウンド(土壁でできた現地の家屋)の地点の地理座標を伝えた。
中隊長が応答する。「敵が今も視認できるか?」
「はい。」
平坦な荒野にいる第3小隊から見えるということは、敵は土壁の上部か、
壁にある窓や穴や開いた扉から姿を現しているのだろう。
中隊長が交信をつづける。「武器を持っているのが視認できるか?」
「いいえ。」
「撃つな。」
 ああ、またこれだ。
うっとうしい。
感情的にそう思った。
しかし理性的には「誤爆・誤射を防ぐには慎重にならざるをえない」
と考えた。これがフランス軍のやりかただ。民間人を巻き添えにして
でも多くの敵をやっつけたいとは思わない。私はこのやりかたに賛成する。
 結局、攻撃はされず、敵もそれ以上の動きを見せないまま、夜がきて
暗くなった。プルキエ少佐に「VABの後方30mくらいのところで
ウンコしてきます」と言い残し、FAMAS小銃とスコップを手に、荒野を
駆けて行った。
 ヘルメットに装着された暗視装置を眼の前に下げ、スコップで荒野を
掘りはじめた。大きな石がゴロゴロ埋まっており、なかなか掘り進ま
ない。スコップの先端が石とぶつかり合い、“カンカン・・・”と音を
たてた。戦術上、こんな音をたてるのはマズい。
 なんとか1個の石を掘りだし、そこにできた穴に排便することにした。
私はまずFAMASとヘルメットを地面に置き、アーマーも脱いで地面に
置いた。フランス軍の携帯糧食に付いているチリ紙をズボンのポケット
から取り出したあと、下半身を露出し、しゃがんだ。
 今まで、フランスやアフリカで何度も同じような野糞をした経験が
あるので、穴を外す心配はなかったが、敵の攻撃が心配だった。
ほとんどないとは思うが、敵が気づかれないようにほふく前進をして
近づいてくるかもしれないと不安になった。
 心配しても仕方がない。ビクビクすることは、敵の来る来ないに
何ら影響を及ぼすことはない。不安感を無視し、落ち着いて排便を
始めた。長いこと我慢していたので、屁がたくさん出るし、便も固めだ。
 やがて、暗闇に乗じた戦術的野糞は終わった。少量だができるかぎり
の土をかぶせ、装備を装着し、FAMASとスコップをとり、VABに戻った。
これが我々の戦場における用の足しかただ。敵地深くで活動する
特殊部隊なんかは、存在がバレないように、ビニール袋や容器に排便し、
携行することがある。恐れいってしまう。
 夜中になり、交替で見張りをし、3日目の朝がきた。3日目は特に
何もなく、4日目になった。第3中隊と第2中隊の援護のもと建設が
始まった新COP(前哨砦)に第3中隊のVABすべてが一時的に集結する
ことになった。
 我が中隊のVABは列を成した。COPが建設された地点をめざした。
荒野を進んだ。遠くを眺めると、防御のために土が盛られているのが
見えた。上空から見れば正方形状に盛り土の防壁ができているとわかる。
一辺が100mくらいだろう。一角に隙間があいており、出入り口となる。
 敵の攻撃の脅威があるなか、たった数日間で、よくこんな立派な
陣地を作ったものだ。工兵隊や輸送隊の兵士たちに尊敬の念を抱いた。
そして、工兵、輸送、戦闘などの異種部隊の協力の成果に感動した。
 COPの前に列を成して駐車した。私はVABの屋根に立ち、COPを眺めた。
COPのなかにはブルドーザーやショベルカー、トラックなどが駐車して
ある。防壁の土は2m~3mほど盛られ、簡易的かつ一時的な防御を担って
いる。やがてはバスチョンウォールを設置し、COPを拡張する。
 新COPのそばで数時間の休息をとり、昼過ぎには再び村と向かい合う
元の配置に戻った。何も起きないまま、4日目の朝が来て、平和なまま、
4日目の夜になった。
 疲れが溜まっていたのでこの夜は、車内で狭い思いをして眠りたく
なかった。ミッサニ伍長と私はADUの許可を得て、VABの真横の地面に
担架を置き、眠ることにした。
 担架の上にスリーピングマットを敷き、脱いだアーマーを枕にする。
上着は脱ぎダウンジャケットを着て、横になった。ブーツは靴ヒモを
少しゆるめるだけで脱がない。そして、暖かい寝袋のサイドジッパー
を完全に開け、布団のように寝袋を体にかけた。ブーツのまま、両足
を寝袋の中に入れる。泥など付着していないから問題ない。ヘルメット
は車内だが、FAMASは“枕元”にある。今夜はたくさん疲れが落とせそうだ。
 看護官のオアロ上級軍曹はVABの後部内側の担架で眠り、
プルキエ少佐は狭い助手席で眠る。少佐が最も階級が高いので、
一番安全で一番快適な車内の担架で眠る優先権があるのだが、
少佐は助手席を希望した。
 23時00分。
アーマーを装着しFAMASを手に夜中の見張りに就いた。
少し眠いが、1時間交替なのでそんなに負担ではない。守るものは
ADU(中隊の最先任下士官)のVAB、車両整備班のVAB、そして医療班の
VABの3台だ。その3台が成している円陣の外側をグルグル周りながら、
敵が近づいてこないかなどを警戒する。周るべき円は直径30~40m
くらいなので大したことない。
 23時15分頃。
1kmほど離れた村の中から、
“バババババン・・・バババババン・・・バババババン・・・”と、
3回にわかれた短い連射音が聞こえてきた。
眠気は吹き飛んだ。自分のVABの運転席の扉を開けた。助手席に座って
眠るプルキエ少佐を起こした。「少佐殿、村で発砲です。」
ADUと車両整備班の両VABへと走り、運転席側の扉を開けた。
運転手らを起こして発砲のことを知らせた。各車両の誰か1人を
起こせば、そいつが他の乗員を起こすだろう。
 自分のVABに戻り、運転席側の扉を開けた。
少佐が言った。「ノダ、乗れ。中隊長が『全員、VABに入れ』と無線で
言ったところだ。」「はい、少佐殿。」
 “バババババン・・・バババババン・・・。”また発砲が始まった。
「あっ、見ろ。」
少佐が車内から前方斜め上空を指さした。
その方向に首を向けると、淡い赤色に光る1発の曳光弾が40~50m
上空を走り、我々の真上に到達する直前に消えた。線香花火のような、
はかない美しさを感じた。
 次の瞬間、我々のVABから左へ5m、つまり私の立ち位置から5mくらい
の地面で、“プチューン”と音がした。敵の放った弾丸がすぐ近くに
着弾したのだ。急いで運転席に飛びこみ、いつでも発車できるように
エンジンをかけた。命のほうが惜しいので、担架や寝袋はそのままだ。
発車しても、後で回収するチャンスはある。
 1時間半くらい車内に留まった。中隊長が「必要に応じ、VABから
出てもよい」と無線で伝えた。私はミッサニ伍長とVABを出て、
再び担架で眠った。確かに少しは危険だが、被弾する可能性は低い
いっぽう、疲れを落とす重要性は高い。それらを天秤にかけた結果、
少し危険を冒し、外で眠ることを選んだ。そのまま朝まで発砲は
なく、よく眠れた。
 その後は任務終了まで何も起きなかった。最終日である6日目も
無事、夜中を迎え、未明に離脱し、FOBトラに帰還した。携帯糧食を
食べつづけた6日間のあとに、FOBトラの食堂で食べたスクランブル
エッグとカリカリに焼いたベーコンは格別だった。
 ミランミサイルの落下など、いくつかハプニングはあったが、
目的であった新COP建設は達成された。それが一番大切なことだと思う。
タガブ谷から敵を追い出すという目標に向けての大きな一歩となった。
敵は新COPを村から眺め、あせっているのではないだろうか。
新COPの名は「COP46」に決まった。
(つづく)
(野田 力)
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● 著者略歴
野田力(のだ りき)
1979年9月 近畿地方生まれ。
阪神大震災における自衛隊の活躍を描いた書籍を読み、陸上自衛官を志すも挫折。
自分が立派な兵士になれることを証明するため渡仏し、外人部隊への入隊を果たす。
2005年3月 基本訓練ののち、希望していた第2外人パラシュート連隊に配属され、コル
シカ島に駐屯。
2005年4月 パラシュート課程修了。
2005年5月 第3中隊(水路潜入専門)第3小隊配属。歩兵訓練修了。ミニミ軽機関銃射
手を担当。
2005年10月 対戦車ミサイルERYX(エリックス)課程修了。同ミサイル射手を担当。
2005年12月 水路潜入課程レベル1修了。
2006年2月~6月 アフリカ・コートジボワールに派遣され、治安維持作戦に従事。
2006年12月 衛生兵課程修了。小隊の衛生兵となる。
2007年3月 水路潜入課程レベル2修了。
2007年4月 装甲車VAB(ヴァブ)免許取得。
2007年6月~10月 アフリカ・ジブチに派遣され、砂漠訓練等を受ける。
2008年2月 伍長昇進。
2008年9月~2009年1月 アフリカ・ガボンに派遣され、ジャングル訓練等を受ける。
2009年7月14日(フランス革命記念日) パリのシャンゼリゼ大通りの軍事パレードに参
加。
2009年12月 上級伍長昇進。
2010年1月~7月 アフガニスタン派遣。国際治安支援部隊活動。
2011年4月 除隊。
2011年6月 帰国。2012年春から看護学校に入学。経験・特技を活かし、国際医療・災
害医療の看護師を目指す。
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■兵頭二十八さんの問題意識
<わが国の軍事図書情報の総合環境を、すこしでも改善するために、
広く皆様のお知恵をあつめたいものと念じております。>
(兵頭二十八さん)
アイデアありますか?
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▽必読メルマガ紹介
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そして、メルマガを作る機会を与えてくれた祖国に、心から感謝しています。
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発行:おきらく軍事研究会(代表・エンリケ航海王子)
著者:野田力
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