シリーズ軍事力の本質(2) シー・パワー その理論と実践

2020年4月21日

皇室ジャーナリストの斎藤義久さんは、昨日配信された『【臨時増刊号】斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」【平成20年5月29日】』で、以下のようなことばを残されています。
<(前略)天皇の制度にしても、宮中祭祀にしても、日本の歴史とともに古く、それだけ奥が深いものです。また自然発生的なものですから、文字に表された資料だけでものをいうこともできません。事件記者が人一倍多くの取材を重ねた結果、事件の核心に迫れるとは限らないのと同じように、資料を渉猟しても本質をとらえられるという保証はありません。
したがってどのような分野にも共通することですが、優れた研究者ほど、謙虚です。私たちもその謙虚さを学ぶべきではないでしょうか。(後略)>
【 http://www.melma.com/backnumber_170937_4110808/ 】
この一文を拝読し、「軍事も同じだよなあ」と以前ヨーソロ様からいただき、配信した以下のことばを思い起こしました。
<(前略)「軍隊」は人々の歴史の中で最も古く自然発生した社会組織の一つで、軍事諸制度は各民族固有の風土と永い歴史のなかで改善され、普遍化され、伝統化されて今日に至っています。それら制度の中の典型的な一つが部隊の指揮権とその継承の制度ですね。(後略)>
【日本列島波高し「指揮権とその継承とは」】
軍隊・軍事を理解するには、皇室と同じく知識のみでは不可能だろうと私は思っています。

■歴史を知る
どの世界でもそうですが、学ぶ前提であり緊要となるのは「歴史」です。
理論はいってみれば「歴史の残りかす」「時代の仇花」にすぎず、流行と同じです。流行や理論に踊らされて本分を失うことには注意が必要です。
流行に注意しそのエキスを適切に取り入れることは、海老のように殻を脱ぎつづけて日々進歩し続けるために必要ですが、「海老であることをやめてしまえ」といった僻論が必ずつきまといます。
特にわが国のような軍事後進國では、その弊害は大きいです。歴史を見ると、その僻論が國・政治を覆ったとき必ず亡国につながってますね。十分注意したいものです。
さて、歴史を学ぶ上で排除しなければいけないのは「現在の物差しで過去を評価する」姿勢です。そういう姿勢で読む限り、読書は単なるマスターベーションとしての意味合いしかありません。
ですから歴史は、読む人の力量によって価値がガラリと変わってしまう怖さがあるんです。汲めども尽きぬ叡智の宝庫であるはずの歴史から、一番大切なものを得られないことは、人生の損失ともいえますね。
■今回ご紹介するシリーズ
本著は「軍事力の本質」というシリーズの第二回配本で、一回目の「エア・パワー」につづいて「シー・パワー」が取り上げられています。
防衛研究所、海上自衛隊などから、気鋭の研究者が寄稿した論文の集成といってよい内容です。その意味で専門家向けの書といえましょう。
執筆者のおひとり立川京一さんは
<本著は「エア・パワー」同様、教科書的な文献を企図し、一般大学の学部、大学院、防衛大学校、陸海空自衛隊幹部学校、幹部候補生学校、そして防衛研究所などで基本図書として使用されるとともに、一般の方々には入門書として手にとっていただけれるような文献を目指して編集した>と、まえがきでおっしゃっています。
そんな専門書ですが、今回ご紹介しようと思ったのは、本著が、海軍力とその歴史を包括的に一冊で学べる本邦唯一の本である、という点に大きな価値と魅力を覚えたからです。弊マガジンの記事を毎週目にされている方でしたら、それほどハードルは高くないとも思いました。
取り上げられている分野は「潜水艦」「空母」「水陸両用作戦」「統合作戦」「海自」「米海軍の戦略」などです。それぞれを担当著者が歴史的に捉え、今後の見通しも示しています。著者は防衛研究所の研究者や海自将校、世界的に有名な軍事研究家です。
本著を通じて一般の人が「海軍力とはどういうものか?」「どういう背景で海軍は今日にいたっているのか?」「海軍はどこへ向かうのか?」を考えるきっかけができれば素晴らしいですね。むしろそれこそが、本著を通じて得られる、いや得るべき唯一のことではないでしょうか。
先ほど言いましたとおり、本著は編著者各位の論文集ですが、記載されている内容を俯瞰総合的に見ると、「海軍力の歴史と今後の展望」というのが適切と思います。
■内容の概略
まえがきで詳細に述べられていますので、ここではざっと紹介するに止めます。
第一章
1.絶対的な意味から見て、今後もシー・パワーの重要性は高い。シー・パワーの根本が「制海」にあることは今日でも事実。海軍の伝統的役割は今後も高く評価されよう。
2.戦時における海軍力の役割は相対的に低下している。役割は海上からの戦力投影(陸軍力、空軍力を陸地に投入する)のためのプラットフォームであり、その意味で、補助的、歴史的に見ればより本来的なものとなろう
3.とはいえ、戦略環境の変化、技術革新に伴い変わる可能性は常にある
4.平時のシー・パワーの重要性は高まる
第二章
コルベットの分析手法を使い、「英国流の海戦方法」の有無を検証し、その特徴を明らかにし、効果・実行について検討
第三章
誕生から現在までの「潜水艦の発展と役割」の変化の歴史を記している。著者は第一次大戦期を重視し、1914年を潜水艦がシー・パワーに挑戦した年として記憶すべきとしている。第一次大戦で帝国海軍は独自の潜水艦戦を構想した(潜水艦と航空機を結合し、敵の重要な陸上目標を攻撃するとの発想による)が、この発想は現在の原潜・SLBM・SSGNにつながっている。
第四章
第二次大戦以降現在までを1.第二次大戦期、2.冷戦期。3.1983年以降の三つに分け、戦略・戦術・作戦を取り巻く状況変化が水陸両用作戦に及ぼした影響を検討している。
第五章
シー・パワーとしての空母の存在意義に着目し、その保有する戦力投影(パワー・プロジェクション)能力が冷戦後の安保環境に大きな役割を果たしていると指摘。近い将来も国家に柔軟な軍事オプションを提供する空母の役割に変化はないとする。空母は「エア・パワー」であると同時に「シー・パワー」である。非常に重要な章。
第六章
有史以来、大東亜戦争までのわが国におけるシー・パワーの歴史を概説的に論じている。著者はわが国のシー・パワーについて「二度の断絶を経ている」と見ている。
それによれば「白江村の戦いから江戸期の水軍時代」⇒「海軍創設から大東亜戦争までの海軍時代」⇒「海自時代」ということである。必読であろう。
第七章
大東亜戦争以後のわがシー・パワーにつき、「1950~60年代」「1970~80年代」「1990年代以降」にわけて論じている。わが海自のシー・パワーは国防のみならず世界の安保にも貢献しているとしている。ここも必読と思う。
第八章
わが海自の保有する能力が戦後の日米同盟の中でどう形成され発展してきたか、及び海自の能力が日米同盟の中核要素としてどのような役割を果たしてきたかが述べられている。海洋国家間の同盟における海軍力の結びつきがいかに重要かがよく分かる。必読。
第九章
米英海軍の戦略が、「大洋管制の海洋戦略」から「軍事力の地上への投入という沿海戦略」に発展してきた様相を歴史的に論じている。米海軍は「制限戦争」「統合作戦」を具体化させており、技術革新を通じてこれを更に発展させ、陸上・航空・宇宙をつなげており、戦争の次元を点(一次元)⇒平面(二次元)⇒立体(三次元)からリアルタイム化(四次元)へと既に突入させている。
「ネットワーク中心の戦い」というのがそれである。今の海軍の方向性がよく分かる
第十章
米軍が戦力を紛争地帯に投入するにあたっての拠点について、著者は「海外の陸上基地」より「空母を中心とする海上拠点(シー・ベース)」の方が重要になりつつあると歴史的に考察している。同時に、今後の米の軍事作戦は「海上拠点を土台とした統合作戦」を中核に遂行すべきとの提言がなされている。
■執筆者の紹介
石津朋之(防衛研究所戦史部第一戦史研究室主任研究官、英王立統合軍防衛安保問題研究所(RUSI)客員研究員)
⇒石津さんは、わが国の軍事学開闢にあたる魁のお一人といえましょう。
ジェフリー・ティル(ロンドン大学キングス・カレッジ教授)
⇒英海軍大学、ロンドン大学キングス・カレッジ軍事学科長などを歴任
退役一等海佐 山内敏秀(元防大教授)
⇒防大卒、海自入隊。潜水艦長、海自幹部学校教官、防大助教授、同教授を歴任されました。平成十六年一月退役。「潜航ドン亀・潜水艦幹部への道」など活発な言論活動を展開されている退役将校のお一人です。
カーター・マルケイジアン(米海軍分析センター研究員)
⇒カリフォルニア大バークレー校大学院修了(修士)、オックスフォード大大学院修了(博士)、米海兵隊の文民アドバイザーとしてイラク戦争に従軍。
塚本勝也(防衛研究所研究部第一研究室助手)
⇒現在、タフツ大学フレッチャー法律外交大学院博士課程在籍中。
立川京一(防衛研究所戦史部第一戦史研究室主任研究官)
⇒国際政治学者、歴史学者で、専門は国際関係史、軍事史、フランス語圏研究ということです。石津さんと同じ年に同じ職に就かれています。
道下徳成(政策研究大学院大学准教授)
⇒防衛研究所主任研究官、内閣官房副長官補(安保・危機管理担当)付参事官補佐などを歴任。
海将補 鮒田英一(海自舞鶴地方総監部幕僚長)
⇒東大卒、海自入隊。ハーバード大学ケネディ・スクール修了(修士)、一航空隊司令、統幕事務局防衛企画調整官、二十二航空群司令を経て現職。
退役一等海佐 高橋弘道(元防衛研究所所員)
⇒同大卒、海自入隊。京都産大大学院国際政治学研修、海幕法務課員、防衛研究所戦史部所員を経て、平成十五年海自警務隊司令で退役。
ウイリアムソン・マーレー(オハイオ州立大学名誉教授、米海軍大学客員教授)
⇒米海兵隊大学教授、米陸軍大学教授、防衛分析研究所研究員を歴任。現在もっとも高名な軍事研究者のひとりでしょう。
■細かな知識に拘泥するのは・・・
軍人さんや専門研究者さんはまた別でしょうが、一般人が本著を読むにあたっては、細かい知識やご高見の是非に拘泥することなく、歴史の流れ、うねりを俯瞰的につかむ読み方が適していると思います。
即効性を求めて何かを得られる本ではありません。
幾度も読み返す中で、海の軍事とはどういうものなのか?を総合的にわがものとしてしまうための本です。ですから、長い付き合いができる重厚な本になっています。
あなたのなかの国防意識、軍事感覚の水位が上がるにつれ、違ったものが得られるようになることでしょう。
まずはわが国を含めた海軍の歴史のうねりを、後世の歴史に残ることを考えて書かれた本著の言葉を通じて、体で味わっていただきたいものです。われわれはこれまであまりに、イデオロギーや私見による軍事知識を受けすぎてきたため、軍事理解の過半が雑多な断片知識に拠っているのではないでしょうか?
せめて本著とそのシリーズを通じて、軍事なるものを長期的な歴史的視野で捉える癖を身につけていただきたいものです。そうすれば軍事なる幻影から解き放たれて、心は自由になり、安らかに軍事と接することができるようになると思います。これは私自身の自戒でもあります。
あわせて思ったことですが、海軍を含めた米軍の「理論偏重主義」には正直危うさを感じています。
■うれしいブックガイド
教科書に必須の「充実した参考文献」「詳細な索引」を兼ね備えており、本音を言えばこの部分だけでも本著を求める価値があります。
「軍事学」が列国同様学会で確固たる地位を占める日も近いことでしょう。
そうなれば、軍事学部や国防学部といった教育機関が一般大学でも誕生することでしょう。
その魁になるかもしれない本著を、先に出た「エア・パワー」とあわせ、一人でも多くの方に手にとっていただきたいと思います。
なお、このシリーズの次回作は「ランド・パワー」です。
楽しみです。
今回ご紹介した本は
『シリーズ軍事力の本質(2) シー・パワー その理論と実践』
立川京一、石津朋之、道下徳成、塚本勝也 編著
芙蓉書房出版
2008/4/30発行
でした。
(エンリケ航海王子)
もくじ
はじめに  (立川京一)
第1章 シー・パワー -その過去、現在、未来ー (石津朋之)
 はじめに
 1.シー・パワーとは何か
 2.シー・パワーの特性と役割
 3.シー・パワーの歴史(その1)ー海軍の誕生と帆走海軍の時代を中心に
 4.シー・パワーの歴史(その2)ー蒸気力海軍の時代から今日まで
 5.技術の発展とシー・パワー
 6.シー・パワーの未来
 おわりに
第2章 コルベットとイギリス流の海戦方法 -効果と実行にまつわる諸問題-
(ジェフリー・ティル(立川京一訳))
 はじめに
 1.コルベット理論の要点
 2.イギリス流の海戦方法の特徴
 3.イギリス流の海戦方法の効果ー評決に向けて
 4.実行にまつわる諸問題
  (1)必要な資源の発見
  (2)侵攻に対する防御
  (3)海上護衛
  (4)必要な戦闘の追求
 5.効果の問題ー海軍による戦力の投入の限界
  (1)「やむを得ざる形で戦争をはじめること」
  (2)経済封鎖
  (3)水陸両用作戦
第3章 深海からの挑戦  (山内敏秀)
 はじめに
 1.シー・パワーへの最初の挑戦 
 2.第一次世界大戦
 3.第二次世界大戦
  (1)ドイツ
  (2)アメリカ
  (3)日本
 4.新しい役割
 おわりに
第4章 水陸両用作戦の歴史的変化 
 (カーター・A・マルケイジアン(塚本勝也訳))
 はじめに
 1.第二次世界大戦における水陸両用作戦
  (1)戦略環境
  (2)作戦ドクトリンの発展と進歩
  (3)第二次世界大戦における攻撃と地域拒否戦術
 2.冷戦期における水陸両用作戦
  (1)戦略的文脈の変化
  (2)水陸両用作戦の新たな作戦上のアプローチ
  (3)冷戦期における攻撃と地域拒否戦術
 3.一九八三~二〇〇二年における水陸両用作戦
  (1)戦争における戦略・作戦・戦術上の文脈の変化
  (2)冷戦後の水陸両用作戦の戦術
 おわりに
第5章 シー・パワーとしての空母  (塚本勝也)
 はじめに
 1.空母のシー・パワーとしての特徴
 2.空母の制約
 3.空母の柔軟性
 4.空母の将来
 おわりに
第6章 日本にけるシー・パワーの誕生と発展ー第二次世界大戦まで
 (立川京一)
 はじめに
 1.水軍時代
  (1)対外戦争におけるシー・パワーの行使
  (2)吸い軍の戦術と応用
 2.海軍時代初期
 3.日清戦争から第二次世界大戦まで
  (1)日清戦争と日露戦争
  (2)第一次世界大戦
  (3)大艦巨砲主義・艦隊決戦第一主義と「対米邀撃(漸減)作戦」
  (4)対中海軍作戦
  (5)太平洋戦争
 おわりに
第7章 自衛隊のシー・パワーの発展と意義 (道下徳成)
 はじめに
 1.自衛隊のシー・パワーの役割と構成
  (1)シー・パワーの役割と任務
  (2)シー・パワーの構成
 2.自衛隊のシー・パワーの発展
  (1)草創期から四次防まで 一九五二~七六年
  (2)「防衛計画の大綱」策定から冷戦終結まで 一九七七~九一年
  (3)冷戦終結から一六大綱まで 一九九二~二〇〇四年
  (4)一六大綱から現在まで 二〇〇四年~
 おわりに
第八章 シー・パワーと日米防衛協力 -日米同盟から見た日本の海上防衛力-
 (鮒田英一)
 はじめに
 1.終戦後から海上自衛隊創設まで
 2.国防の基本方針から四次防まで(冷戦前期)
 3.防衛計画の大綱から冷戦終結まで(冷戦後期)
 4.冷戦終結以降
 おわりに
第九章 一九四五年以降のアメリカ海軍の戦略概念
     -マハンとコルベットの戦略思想を援用して-  (高橋弘道)
 はじめに
 1.マハンの影響
 2.冷戦期のアメリカ海軍の海洋戦略
 3.冷戦後のアメリカ海軍の海洋戦略
 おわりに
第十章 二一世紀のシー・ベイシング
 (ウィリアムソン・マーレー(石津朋之監訳))
 はじめに
 1.シー・ベイシングの政治的・戦略的枠組み
 2.地理的位置関係をめぐる問題
 3.軍事作戦上の問題
 おわりに
参考文献
索引
執筆者略歴
今回ご紹介した本は
『シリーズ軍事力の本質(2) シー・パワー その理論と実践』
立川京一、石津朋之、道下徳成、塚本勝也 編著
芙蓉書房出版
2008/4/30発行
でした。