高橋秀幸:『空軍創設と組織のイノベーション–旧軍ではなぜ独立できなかったのか–』

三つの合理性

組織変革・改革を成功させるには、「三つの合理性」を確保する戦略が必要。
なかでも三つ目の合理性を確保することを忘れてはならない。
官僚組織(軍組織も含む)の変革・改革にあたっては、政治家のリーダーシッ
プが果たす役割が緊要点となる。しかしそれには何らかの「トリガー」が
必要不可欠。
本著の内容をまとめると、こうなるかと思います。
別の言葉でひとことで言うと
「組織改革・変革に関して必ず発生する「派閥争い」「組織内権力闘争」を
理論的に考察した一試論」
ということになるでしょうか。
最後に紹介する川村さん(監修者)の言にもありますが、実に厄介なテーマ
ですよね。しかし著者は、この厄介なテーマを明晰に腑分けし、我々の前に
示してくれました。
◆著者・高橋2等空佐
今回ご紹介する本の著者は、高橋秀幸2等空佐です。
著者紹介を本著から転記します。
<高橋秀幸(たかはし ひでゆき)
1963年兵庫県生まれ 淳心学院高校出身。1981年防衛大学校(管理学専攻)
卒業後、航空自衛官に任官。幹部候補生学校(奈良)を経て、第五十六警戒群
(沖縄)、第一警戒群(三重)、中部防空管制群(入間)、第五高射群(那
覇)、西部航空方面隊司令部人事課(春日)、幹部学校付(目黒、指揮幕僚
過程学生)、航空幕僚監部厚生課給与室(市ヶ谷)、航空支援集団司令部人
事課(府中)、統合幕僚監部第一幕僚室(市ヶ谷)と全国の自衛隊の部隊等
で要撃管制官、運用幕僚、総務人事幕僚として勤務。
2003年から始まったイラク復興支援活動に当たっては、クウエート派遣の先
遣隊及び第一期イラク復興支援派遣輸送航空隊の総務部長として派遣され、
アリ・アル・サーレム基地における部隊建設業務に従事。2006年4月~2008年
3月、防衛大学校総合安全保障研究科過程を履修し安全保障学修士を取得。
現在、統合幕僚学校研究室(目黒)で研究員として勤務。>
◆本著を通じて得られるものは以下のとおりです。
1.組織を変革・改革するにあたって必要な、現実的かつ具体的な思考方法・手順
1.明治から現在にいたるまでの、わが国空軍組織の歴史と変遷
1.統合任務部隊編成にあたって行なわれるであろう、組織分離に対する考え方
1.改革・変革を志向する民間組織でも活用可能な、空自創設経緯の分析手順・手法・そしてそこから得られたエキス
1.変革・改革を目指す組織で必ず発生する障害を克服するうえで最重要な点
1.軍事組織の変革・改革を実践・考える上で忘れてはならないポイント
1.世界の空軍組織に関する主要な出来事一覧
1.欄外にある、充実した軍事用語・歴史的事実等のひとこと解説
1.軍事組織内における意思決定の伝達・調整等の実像
1.組織変革・改革にあたって発生する組織内闘争の要因・背景の本質
1.陸海軍間の対立構造の実際
後ほどご紹介する目次をご覧になればおわかりになりますが、
本著は、ハードな論文ではありません。
といって、おきらくに流し読みできる本でもありません。
でも、軍事に余り詳しくない知り合い(叩上げの事業家)は
「仕事場までの往復1時間の電車のなかで読み終えた。実に面白かったよ」
といってました。
理由は2つあると思います。
1.監修者の川村さんが書いておられるとおり、本著は「軍事戦略と経営戦
略を橋渡しする試み」であり、在野の人間にとっても十分関心を持って読め
る新鮮な内容である
2.章立てを含む本著の内容は十二分に吟味・整理されており、著者の思考
を追体験することがきわめて簡単である
2.をひとことでいえば、明晰で分かりやすいということです。
「理由・根拠をあますところなく記している」ことが理由です。
たとえば、序章で著者は「組織のイノベーションを考える具体的テーマとし
て、なぜ空軍創設を取り上げるのか?」に関する理由を詳細に述べています。
その他にも、「なぜマクロ的分析とミクロ的分析を併用するのか?」「なぜ
旧軍の空軍創設経緯と空自創設経緯を比較するのか?」「なぜキングダンの
「政策の窓」をマクロ的分析に採用したのか?」「なぜミクロ的分析にダウ
ンズ・モーガン・トンプソンの組織論を採用したのか?」等、詳細な背景を
含めた理由が記されています。
執筆した動機について高橋さんは、あとがきの中で以下のように説明していま
す。
<(前略)自衛隊では、平成十八年三月から統合運用を基本とする体制に移
行した。陸海空の自衛隊が、新たに共通のテクニカル・コア(*)を創る努力
を継続中であるが、現段階では、陸海空の文化の相違や各々の利害関係に基
づく各自衛隊の既存のテクニカル・コアを、全体最適を追求する共通のテク
ニカル・コアに拡大してゆくことへの困難性を感じる。そういう思いから、
インフォーマル組織の影響(組織的合理性)に焦点を当てて、意思決定に及
ぼす諸要因に対して科学的な分析を試みようとしたのが、本著執筆のきっか
けである。(後略)>
分かりやすく言えば、組織変革や改革に当たっては、派閥争いや権力闘争が
必ず伴う。それを無視した組織変革・改革は考えられない。それを科学的に
分析したということです。
(*)テクニカル・コア
一組織目的を達成するため、長年かけて培われてきた諸技術、手順、思想等
の集大成のこと
また高橋さんは、河井継之助を引き合いに出して、
<人間が組織の中で生きていく以上、立場によるしがらみから抜け出すのは
きわめて困難> と、現実をしっかり見据えつつ、
<しかしながら、組織のイノベーションのためには、長期的視点から目的と
目標を見極め、(中略) 的合理性に加え、組織的合理性の三つのバランス
を図り、トルーマン大統領のように粘り強く弁証法的に問題を解消していく
ための戦略が必要とされる>
と結論付けます。
組織の変革・改革には、<長期的視点から目的と目標を見極め><三つの
(合理性の)バランスをはかり><粘り強く問題を解消していく>ための<戦
略>が必要である。公的組織の場合その部分を担うのは、われわれが選んだ政治
になるということでしょう。
■目次は以下のとおりです。
「ストラテジー選書」刊行にあたって  戦略研究学会会長 原田 保
序章 イノベーション(改革)としての空軍創設
 なぜ今、空軍創設を取り上げるのか
 組織の分離と空軍の創設
 事例分析のための具体的テーマ
 空軍創設に関する文献
 具体的テーマへのアプローチ方法
 本書の構成
第1章 我が国の空軍創設検討に影響を与えた主要国の空軍創設過程
 一 空軍戦略の概要ーなぜ空軍を独立運用させる必要があるのか
    1 ジュリオ・ドゥーエ(イタリア)の戦略論
    2 ウィリアム・ミッチェル(アメリカ)の戦略論
    3 アレクサンダー・セバスキー(アメリカ)の戦略論
 二 日本の空軍創設に影響を与えた主要国の空軍創設経緯
    1 イギリス空軍(RAF:Royal Air Force)の創設と日本への影響
    2 ドイツ空軍(Luftwaffe:ルフトヴァッフェ)の創設と日本への影響
    3 アメリカ空軍の創設と日本への影響
 三 本章のまとめ
第2章 旧軍における空軍創設の検討及び航空自衛隊の創設
 一 旧軍における空軍創設の検討経緯
    1 陸軍における航空機能の発展と分化
    2 海軍における航空機能の発展と分化
    3 第一次大戦の様相を受けての空軍創設検討
 二 航空自衛隊の創設
    1 防衛庁設置までの経緯
    2 航空自衛隊の創設
 三 本章のまとめ
第3章 分析の枠組みについて
 一 政策(意思)決定プロセスに関する「政策の窓」以前の研究
 二 「政策の窓」理論
    1 問題の認識の流れ
    2 政策提案の流れ
    3 政治的流れ
    4 三つの流れの合流
    5 「政策の窓」理論の(事例適用上の)限界
 三 組織の分離に関する論理
    1 ダウンズの「組織の分離」に関わる論理
    2 トンプソンの「組織の分離」に関わる論理
    3 モーガンの政治システムをメタファとする組織論
 四 各種理論の研究対象への適用理由
    1 「政策の窓」を適用する理由
    2 「組織の分離」に関する各種論理を適用する理由
 五 本章のまとめ
第4章 日本における空軍創設経緯に関する分析
 一 旧軍における空軍創設不達成要因の考察
    1 空軍創設に対する「問題認識」を後押しする決定的トリガーの欠如
    2 「政策提案」の不成立を招いた二つの要因
    3 統帥権の独立に起因する「政治の流れ」の不発生
 二 航空自衛隊創設達成要因の分析
    1 大東亜戦争の敗戦、特に本土防空戦の教訓に起因する問題意識の
      高まり
    2 旧海軍側の歩み寄りによる政策案の成立
    3 アメリカの対日政策の転換による「政治の流れ」の発生
 三 空軍創設事例に見る「政策の窓」が開くための条件
    1 三つの合理性の満足
    2 命題に至るまでの考え方
 四 本章のまとめ
終章 組織のイノベーションのために
 一 結論
 二 組織のイノベーション戦略への反映
    1 イノベーションの本質的事項
    2 組織のイノベーションと三つの合理性
 三 本テーマに関する考察上の限界と今後の課題
 四 将来における軍事組織の分離について
あとがき
参考文献
監修にあたって  戦略研究学会常任理事 川村康之
ご覧いただければおわかりのとおり、
本著は本来、最初から最後まで順番に読まないと意味のない「理の本」です。
とはいえ、まったく前提知識がない方の場合、最初は、
あとがき⇒序章⇒終章⇒第三章⇒第四章⇒第二章⇒第一章
という順番で読んでもかまわないと思います。
ちなみに先ほど紹介した知り合いは、こういう順番で読んだそうです。
極端な話をすれば、あとがき、序章、終章のみ読んでもOKと思います。
そこに記されている論を、背後から豊かに有機的に肉付けするのが他の章にな
るでしょう。
気になったキーワードを探す、という読み方でもOKではないでしょうか。
充実した「参考文献」もありがたい限りです。
正直申し上げて、論文としては結論が少し弱いかなあという感は持ちます。
しかし、私どものような市井人にとっては、これだけ厄介な問題をかくも明晰
に分析してくれたことで十分ではないかと思います。
なぜって、実践する人間にとっては、組織内権力闘争の根源・要因がはっきり
見えるおかげで、対策が取れますからね。先に紹介した事業家も、「自分に
とってこの本は、役に立つビジネス本だよ。いい本を紹介してくれてありが
とう」と言ってました。
最後は、監修者・川村康之さんの言葉で締めたいと思います。
<軍事戦略や経営戦略は、いずれも人間の行動や判断に関わる分野である。
そして、人間の判断や行動に関して理論的に説明することは、かなりの困難
を伴う研究であるといえる。このような困難さを乗り越えるために、近年、
経営戦略の分野では、現実の事象に対する理論の適用の試みが進展している。
したがって、軍事分野における事象に関して組織論の理論を適用して説明す
ることは、軍事戦略と経営戦略の融合であるともいえよう。著者は、このよ
うな困難に敢えて挑戦し、その成果を世に問うたものである(後略)>
組織変革・改革を考える・実践するにあたって絶対に取り組まねばならぬの
に見落としがちな、「組織的合理性」というテーマに着目し、真正面から
取り組んで成果を残した現役軍人・高橋さんの知的挑戦と勇気に、心より賞
賛と敬意を表します。
本著が魁となって、これから先この分野にチャレンジする軍人さん・研究者が
次々出てくることでしょう。楽しみです。
困難に敢えてチャレンジし、その成果を世間に問うた軍人・高橋さん。
あなたも、その成果を、ぜひご自身の目でお確かめください。
キーワードは「三つの合理性」と「トリガー」です。
(エンリケ航海王子)
今回ご紹介した本は、
『空軍創設と組織のイノベーション–旧軍ではなぜ独立できなかったのか–』
著者:高橋秀幸
編集:戦略研究学会
監修:川村康之
発行:芙蓉書房出版
発行日:2008/12/25
http://amzn.to/2ohWWjA
でした
(2009/02/06 配信)
追伸
高橋二佐が先日、http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20170313-OYT8T50053.html という記事を書かれていました。すごく懐かしくなり、以前の記事を再掲しました。
本著を紹介してから、はや8年が経過しました。でもこの本に書かれていることは全く色あせていません。むしろ輝きを増しているといっていいでしょう。組織を実際に動かそうとするとき、最もキモとなるところをテーマにしているからだと思います。とくに政治や軍事の世界では、いつの時代になっても使える考え方の基礎といっていいでしょうね。大きな情勢変動に向き合う兆候があらわれたとき、常に手に取りたくなる古典的名著といって差し支えありません。少なくとも私にとってはそういう本です。
(170417記 エンリケ)