陸軍と海軍の脚気紛争再燃--脚気と日本陸軍(荒木肇)

2020年4月21日

From:荒木肇
件名:陸軍と海軍の脚気紛争再燃--脚気と日本陸軍
2012年(平成24年)8月29日(水)
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□24年度総合火力演習
 今年も防衛大臣のご臨席のもと、東富士演習場畑岡地区で総合火力
演習が開かれました。もっとも、皆さまご存じの通り、実施部隊の
教導団の皆さんは、予行や教育演習、そのまた予行、夜間演習に
またまた予行と連日の活動です。お目にかかった教導団長の両腕は、
日焼けで痛々しくも、まさに火傷状態でした。おそらく多くの隊員
さん方も同じような様子ではなかったでしょうか。
 今年は何しろ、あの富士地区が連日、ひたすら晴れていたそうです。
火砲の弾着地がありますが、茶色の土ほこりが舞い上がり、給水車が
グランドに水を撒いても視野は薄黄色くなっていました。これまた、
走り、撃ち、動かれた隊員の皆さんのご苦労を思います。
 大きな事故もなく、怪我をされた方がいるという報道もなく
(もちろん、多くの不可抗力の小さな事故はあったでしょうが)、
今年も見事に諸外国には実力を遺憾なく見せ、多くの国民に信頼感
を育てていただきました。関わられたすべての自衛隊員に感謝し、
また支えた方々にお礼を申し上げます。登場した部隊だけではなく、
戦車や火砲、航空機など他方面隊からの応援もあったと聞きました。
そうであれば、彼らが抜けたあとをフォローする皆さんが、それぞれ
の地元におられたわけです。
▼初登場の装備品
 今年の見どころは、たまたま?島嶼防衛のシナリオがあったこと
です。また、10式戦車の戦闘力を垣間見せる演出があったこと。
そして、目立たなかったことですが新型装備、中距離多目的誘導弾
の初登場でした。
 いつもの通り、前段演習があり、その中では中距離多目的誘導弾
の登場が初めてです。会場で配られた「防衛ホーム」によっても
弾丸重量くらいしか記載がありません。普通科教導連隊に配備され
始めたといいますが、多目的とのことなので対戦車、対舟艇、
対空何でも使えるのでしょうか。詳しい方がおられましたら
ご教示ください。
 また、無人観測機も初登場だと思います。実際に会場のはずれに
飛んでいるのを見ることができました。これは、島嶼に敵部隊が
上陸した、それを監視する役目でした。その情報を海上自衛隊に
伝えて、艦砲射撃なども行うというナレーションだったのですが、
ふうん、とは思いながらどうやって渡すのかな・・・これも研究
している方々がいるのだろうと思いました。
 10式戦車はものすごい機動力と、高い射撃能力を見せました。
情報リンク機能によって、偵察した敵情を後続の小隊にわたす。
飛び出した後続小隊が、ただちに敵を射撃というシナリオでした。
しかも、対戦車ミサイルへの対抗上、戦車はかなりの高速でスラ
ロームしました。それでもピタリと砲身は敵を指しています。
たいしたものだとため息が出ました。
▼国会議員の先生方
 演習終了後の富士駐屯地では陸上幕僚長主催の昼食会が開かれ
ます。今回、見学に見えた先生方は代理の方も含めると20数人
を数えたそうです。しかし、私も政治に無関心で申し訳ないのですが、
赤い大輪の造花を付けられた方が議員さんとは認識しながら、それ
と分かったのは、民主党の帰化された評論家、白何とかと仰る方だけ
でした。余計な感想ですが、こんなに議員とはいるのだ・・・と
思いました。それぞれに地域を背負っていらっしゃるのかどうか。
そうなら申し訳ないのですが、比例代表とかいう方々ではなどと
考えてしまいました。
 陸幕長は、『今日のことを忘れずに予算ではよろしく』と謙虚に
愛想を言われていましたが、笑い声で応じる先生方。ほんとうに
大丈夫でしょうか。陸幕長、防衛大臣、教導団長のお3人のお話
だけでほっとしました。議員さん方はお名前の紹介だけです。大きな
声を出される方、ちょっと頭を下げるだけの方、いろいろでした。
白センセイは大きな声で返事をされていましたが、不思議と
「竹島」に関してはテレビでも仰らない。たしか、朝鮮問題の
専門家ではないかと。民主党の1人の方が、「ガンバロウ!」と
こぶしを突き上げるのを見て、「ああ、旧社会党系の方かな?」
と思いました。
▼さて、脚気の対策は
 とうとう、世論の攻撃は激しくなった。いまも昔も、軍当局への
国民の目は厳しい。それこそ、乃木大将の自宅にだって投石があり、
海軍の提督にも「露探(ろたん・ロシアのスパイのこと)艦隊」
という罵声が飛ぶ時代だった。昔の人も、挙国一致だったかも
知れないが、軍隊万歳、軍人偉いなどという人はめったにいなかった。
 1904(明治37)年11月には、寺内陸軍大臣は新聞記者
に秘書官から次のような言葉を伝えさせた。分かりやすく要約し、
現代語にする。
『近頃、戦地に脚気が流行し、戦闘力が低下しているということを
知らせる人がいて、兵士の父兄にはこれを心配する声が高い。当局
はどうして麦飯を食わせないかと言う方もおられるが、陸軍も懸命
に脚気に対しては研究をしている。ベルツ博士にも相談したが、
定説というものがなく、有効だという手段はすべて実行してみたが、
麦飯も同じである。出来る限り戦地に麦は送っている。ただし、
陸軍は海軍とは異なっている。戦闘時には炊くことが困難な麦飯だけ
を使うわけにもいかない。だから、ある時、ある場所では必ずしも
麦飯給与はできていない。しかし、ここ最近は患者数も減り、
遼陽方面などはほとんど皆無である。父兄は安心されたい』
 1ヶ月後、野戦衛生長官の小池正直は現場の軍医部長たちに電報を打った。
『脚気の病名で後送した患者を調べると、いわゆる立腫というもので
ほんとうの脚気ではない。世論が騒いでいる現在、軽々しく脚気と
いう診断を下さないように』
 いよいよ開戦2年目、1905(明治38)年3月10日、
寺内陸相は訓令を出した。
『主食日量精米四合挽割麦二合ヲ給スルコトヲ努ムヘシ』
▼戦後の脚気紛争
 戦勝のおかげで、なんとか実情はごまかすようなところもあった。
ところが、海軍から攻撃が始まった。海軍軍医大監(大佐相当官)が
専門雑誌の新年号の巻頭で、アメリカ軍軍医の観戦記録を引用して、
『脚気は予防できる病気だ』と主張したのである。
 さらには4月、「内科学会」の総会で、広島陸軍病院で治療に
参加した東京帝大卒業の松田医師が爆弾発言を行った。
『脚気は伝染病ではない。貯蔵法や運搬法が悪い変質した米のせいで
ある。米麦混食は単に脚気患者を減少させるだけでしかない。米食を
全廃せよ。パン食を採用すべきだ』
 これに対し、陸軍衛生局は反論した。
『対策に苦心していることを、松田博士をはじめ部外者は分かって
いない。陸軍はすでに全師団で米6麦4の混食を行い、麦食の試験
も十分行っている。中毒説ばかりか、伝染説も研究中である』
 要するに、余計な口出しをするなと言っているのに等しい。
 2週間後、松田はさらに反論する。
『私は米麦を混食しても脚気を絶滅できなかったことを言っている。
米食を全廃するか、海軍の兵食規定を標準にするよう主張している
だけである。陸軍は要するに信念と勇気がないからだ。10個師団
の生兵を全滅させた大敵だと思えば、何でも実行できる。現に海軍
は実行し、患者はいないではないか』
 こうして、中立のはずだった帝大出の医師が海軍側に立った。
▼深みにはまる陸軍衛生局
 5月18日、陸軍省医務局衛生課長は記者のインタビューに答えた。
○陸軍も麦食はさせている。海軍とちがうのは副食である。
○同じように麦を給与しているのに脚気が出る出ないは、海上と陸上
のちがい、副食のちがい、服役年限のちがい、その他複雑な事情が
あるにちがいない。
○海軍と陸軍の兵員数の差が問題であり、発生の割合では大差がない。
○陸軍で脚気になるのは初年兵が多い。入営前に原因があるのではないか。
○陸軍は公開的で隠蔽的ではない。自説に固執してはいない。
○中毒説だけではなく、伝染説も研究中。
○脚気は陸軍だけの問題ではない。挙国一致して研究すべき。
 ところが、衛生課長三浦一等軍医正(大佐相当官)は余計なことも言ってしまう。
『海軍は脚気を末梢神経麻痺という病名にしているのではないか。
真実を隠しているのではないか』
 と記者に語ってしまった。
 当然、海軍から怒りの声が出た。3週間後である。匿名ではあるが、
海軍軍医からである。
『陸軍は全部隊に麦食を給与したわけではない。明治30年ころ
には、白米食万能説を出し、1900年の北清事変でも、今回の
日露戦役でも、「肉や副食は口に味を与えて白米を食べやすくし
さえすればいい」という暴論を主張した。自分は現に見ている。
37年の10月頃、旅順の第3軍司令部を訪れたとき、
道々、陸軍部隊の様子を見たが、すべて米飯だった。一人当たり
副食物はたくあん漬け2、3切れ、干したイワシ2、3尾、牛肉
の1ポンド缶詰を8人で食べていた。揚陸場にはカマスに入った
米が山盛りになっていたが、麦は少しもなかった』
 さらに言う。
『38年の3月からは麦飯が支給されるようになった。
それというのは、参謀本部の上泉海軍中佐が、旅順背面を調査して
歩いた。兵員のほとんどが脚気になっているのに、米は雨ざらし
で発酵し、おかずはあまりに粗末。素人ながら、脚気の原因はこれか
と考えた。東京に帰着後、山縣参謀総長にそれを報告し、山縣総長
は経理局長を派遣し、実態を調べた。その上で、医務局長に関係なし
にどんどん麦を送らせた』
 と裏事情まですっぱ抜いてしまう。
 また、「海上と陸上の違い」については、旅順の陸軍兵と海軍
陸戦重砲隊の兵員の比較をする。衣服、住居、労働は少しも海陸軍
兵士はちがいがなかった。陸戦隊が第3軍の隷下に入ったとき、
支給された兵食はあまりに貧しかった。陸戦隊軍医長はただちに
連合艦隊軍医長、司令長官に上申し、海軍の糧食を手に入れた。
おかげで、重砲隊員には1名の脚気患者も出なかったと反論した。
 しかも、第3軍は全軍の中でも非常に高い脚気発症率を示し、
脚気に倒れた者が銃砲による犠牲者と変わりないと聞いている・・・と
書いてしまった。この筆者は実は特定されている。のちに海軍軍医
総監になる齋藤有記という海軍軍医だった。
(以下次号)
(荒木肇)
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● 著者略歴
荒木肇(あらき・はじめ)
1951年、東京生まれ。横浜国立大学大学院修了(教育学)。横浜市立学校教員、
情報処理教育研究センター研究員、研修センター役員等を歴任。退職後、生涯学習研
究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専門学校講師、現在、川崎市立学校教員を務め
ながら、陸上自衛隊に関する研究を続ける。2001年には陸上幕僚長感謝状を受け
る。年間を通して、陸自部隊・司令部・学校などで講話をしている。
◆主な著書
「自衛隊という学校」「続・自衛隊という学校」「指揮官は語る」「自衛隊就職ガイ
ド」「学校で教えない自衛隊」「学校で教えない日本陸軍と自衛隊」「子供にも嫌わ
れる先生」「東日本大震災と自衛隊」
(いずれも並木書房 http://www.namiki-shobo.co.jp/ )
「日本人はどのようにして軍隊をつくったのか」
(出窓社 http://www.demadosha.co.jp/
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著者:荒木肇
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