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日本陸軍の「覚悟」― 水際撃滅の徹底へ  本土決戦準備の真実 -日本陸軍はなぜ水際撃滅に帰結したのか- Vol.19

time 2012/08/10

▽ ごあいさつに代えて ~戦場から届いた言葉~

・・・敵が来たときに、かねがね勉強しておいた戦略戦術、用兵、
習い覚えた技術によって、うまくこれに勝とうなんて考えても、
それは愚かなことである。諸君は潔く戦って桜の花のごとく綺麗に
散ればよい。それが自衛官、否、軍人の本質であります。統帥の道
は、このように自衛官の本質を理解し、それを部下に理解させる
ことであると思います。・・・(昭和45年 陸上自衛隊幹部学校
での講演にて)
    原 四郎(第8方面軍参謀、大本営陸軍部参謀・中佐)

・・・土地や人民を異国に奪われるは日本の恥辱。土地一寸、
人間一人たりとて死守すべし。・・・
    藤田東湖(「回天詩史」より)

 日本兵法研究会の家村です。それでは、本題に入りましょう。
今回は、第一線部隊に蔓延した自己健存思想を打破して、水際撃滅を
徹底するため、大本営が全軍に示した「覚悟」について、具体的に提示
いたします。

▽ 御前会議における河辺参謀次長の発言「本土決戦必成の根基」

 昭和20年6月8日、皇居地下壕で「御前に於ける最高戦争指導
会議」が開かれた。議題は、「今後採るベき戦争指導の基本大綱」
であり、会議の構成員は、天皇陛下、鈴木内閣総理大臣、国務大臣、
枢密院議長、枢密顧問官、陸軍参謀総長、同参謀次長、海軍軍令部
総長、同軍令部次長、宮内大臣であった。この御前会議の席上で、
参謀次長・河辺虎四郎中将は、本土決戦の意義とその見通しについて
の意見を求められ、以下のとおり発言した。

 (以下、河辺参謀次長の発言:現代語訳)

・・・敵は対日戦争の短期終結に焦慮いたしている模様でありまして、
在欧兵力の東洋回航にも努力しつつあるが故に、今や近く東亜の各方面、
ことに直接皇国本土への敵の進攻を予期すべき情勢を示すに至りました。

 皇国本土およびその周辺の作戦にあたりましては、陸軍は海軍と
合体的緊密なる協同のもと、まず主として航空戦力を活用いたし
極力敵を洋上に撃滅することに努め、その上陸を見る場合におきま
しては、「ガダルカナル島作戦」以来欲するも発揮し得ませんでした
帝国陸軍主力の運用により、敵に決戦を求めうると存じます。

 本土における作戦は、従来各方面における孤島等の作戦とその本質
において趣を異にし、今後いよいよ長遠となる海路に背後連絡線を
保持して来攻する敵に対し、その上陸点方面に我が主力軍を機動集中
し、大なる縦長兵力をもって連続不断の攻勢を強行し得ますとともに、
いわゆる「地の利」を得て、かつ忠誠心に燃える全国民の協力をも
期待しうる次第でありまして、これらに本土決戦必成の根基を見出し
うると信じます。

 すなわち大体におきまして、従来の離島及び遠洋の作戦における
ものとはおよそ彼我の立場を反対にするという態勢を示すのであり
ます。ゆえに我がひとたび敵上陸軍に対し攻勢を発揮いたしますれば、
洋上、水際、陸上いたるところに全軍を挙げて刺違いの戦法をもって
臨み、敵を大海に排除殲滅(せんめつ)するまで断じて攻勢を中止
することはないという堅固なる信念的統帥に徹し、ここに皇軍伝統
の精華を発揮し、必ず勝利を獲るものと確信致している次第であり
ます。

 又、皇国独特の空中及び水上特攻攻撃は、「レイテ作戦」以来敵に
痛烈なる打撃を与えて来たのでありますが、累次の経験と研究を重ね
ました諸点もあり、今後の作戦におきまして益々その成果を期待して
いる次第であります。・・・

 (引用終わり)

 この御前会議で決定された「今後採るべき戦争指導の基本大綱」
の方針は、「七生盡忠の信念を源力とし、地の利・人の和をもって
飽くまで戦争を完遂し、以て国体を護持し、皇土を保衛し、聖戦
目的の達成を期す」というものであった。

▽ 水際撃滅の徹底『本土決戦根本義ノ徹底ニ関スル件』

 昭和20年6月8日の御前会議における河辺参謀次長の発言から
一週間後の6月15日、大本営陸軍部は第32軍航空参謀・神直道
少佐から沖縄戦に関する報告を受け、さらにその五日後の6月20日
に『本土決戦根本義ノ徹底ニ関スル件』を参謀次長名で各総軍に通達
した。以下、その全文(現代語訳)を紹介する。

 参電第885  本土決戦根本義ノ徹底ニ関スル件
 昭和20年6月20日 参謀次長

 さきに第一、第二総軍及び航空総軍の統帥が発動されて以来、
本土における作戦準備が各方面で共に著しい進捗を見つつあるのは、
同慶の至りである。

 かえりみれば南東方面で敵が反攻を開始して以来、沖縄作戦に
いたるまでの数多くの戦歴からすれば、作戦の成果はいつに首将の
透徹した強烈な統帥思想及びこれを基調として全員に一貫して徹底
された形而上下の作戦準備のいかんに懸かるということを痛感させ
られる次第である。

 各総軍が、常に本件を重視して強力なる統帥の下に本土決戦の
大任を完遂することに邁進しつつあるのは、深く意を強くしている
所であるが、第三次兵備に伴う戦闘序列が発令されたこの機に臨み、
さらに左記の主旨に基づく本土決戦根本義の透徹を期したく、
こうした現況に即することの具現に関して、なお一層、各総軍の
深甚なる配慮を要望して命ずるものである。

1 本土決戦は正に字義どおりの決戦にして、上下を挙げて絶大なる
闘魂を振起し、犠牲の如何(いかん)を顧慮せず、徹頭徹尾決勝の
一途に邁進する。

 決戦方面における沿岸配備兵団等にして、いやしくも戦況が苦難
であることを理由にして当面の決戦を避け、後退により持久を策する
というような観念は、本土決戦の真義に反するものである。すなわち
本土決戦における帝国陸軍は、軍を挙げて敵の撃滅にばく進すると
いう一途あるのみ。

 宜しく自己健存の思想のごときは、これを断乎排撃し、その任務
が明示するところに決勝を期し、各人各部隊の皆が我身を捨てて
敵を撃つという戦法によるべきものとする。

2 本土における帝国陸軍は、敵の来寇を待つ間は決勝準備の態勢
に在るものにして、敵兵が上陸をあえてするのであれば、全面的に
軍を挙げて攻勢を発動して海上及び沿岸において必滅を期する。

 沿岸配備兵団及び部隊は、その任務に基づき戦闘の要領を律すべき
であるが、いやしくも要域の領有ないしは時間的持久のような守勢的
観念は、これを根本的に払拭すべきものとする。

 この際、高等統帥以下それぞれその任務に基づき、英断をもって
主作戦方面あるいは主決戦方面に対する縦横にわたる戦力の集中機動
を敢行し、もって徹底的に重点形成を策する必要がある。

3 航空及び水上部隊は、挙げて敵を海上に撃滅することを期し、
陸上作戦に任ずるものは、成しうる限り水際における敵の必然的弱点
をあくまで迫求するのを作戦指導の主眼とし、これを沿岸に圧倒撃滅
することを図るべきものとする。

 ゆえに沿岸兵団の作戦指導の主眼は、敵が橋頭陣地を占拠する
以前、やむをえざるもその過程においてこれを破砕することにある。

 機動兵団の整斎たる機動、又はその展開掩護というものは、
上級司令官の全般の作戦指導に立脚する任務付与によって成立すべき
ものとする。

 離島作戦の特殊事情に基づく艦砲射撃に関する戦訓等を重視する
あまり、その配備ならびに戦闘指揮に関して前二項で述べるところ
の主旨に反するものがあるならば、これを是正する必要がある。

4 本土決戦における航空と地上軍との協同に関しては、その根本
観念及び相互の戦闘上の連携において特に高等司令部相互間において
緊密であることを要し、空陸両者が相互に真によくそれぞれの
戦略・戦術上の構想及び作戦指導の計画に関して詳細まで了解し、
総合の戦果をもたらして、真に決戦目的の達成にいささかも遺憾の
ないように万全を尽くすべきである。このため、先ず作戦準備期間
における形而上下にわたる相互の連携協同をもって第一の要件と
すべきである。

 (引用終わり)

▽ 『本土決戦根本義ノ徹底ニ関スル件』起案者・原四郎中佐の回想

 この『本土決戦根本義ノ徹底ニ関スル件』を起案したのは、
昭和20年3月上旬にラバウルの第8方面軍から大本営陸軍部作戦課
に本土決戦の作戦主任者として招致された原四郎中佐であった。
原中佐は、ラバウルで自らが中心になって作成した『剛部隊作戦教令』
の中で貫かれた第8方面軍司令官・今村均大将の作戦・用兵に関する
透徹した信念に、新たに沖縄作戦から得られた戦訓などを加味して
この文書を起案したのであった。

 原中佐は、この『本土決戦根本義ノ徹底ニ関スル件』を貫く作戦思想
について、戦後次のように回想している。

・・・本土決戦は名実共に決戦であり、その決戦地域は水際を含む
沿岸要域であり、内陸における持久作戦は一切考えない。しかも
攻撃作戦であって、(守勢からの)攻勢転移ではない。遭遇戦
(注:敵も我も攻撃する戦術行動)である。したがって、各総軍の
作戦は沿岸で終わり、沿岸要域の決戦で敗れた総軍はその沿岸要域
において玉砕するものである。このためには、総軍司令官以下の
自己健存思想の打破が絶対必要と考えた。・・・

・・・沿岸決戦は水際決戦であり、後退配備はとらない。敵をして
橋頭堡を設定せしめない、艦砲射撃を混戦によって発揮せしめない、
刺違いの戦法である。・・・

・・・作戦主任者としては、戦闘は軍隊たけでやる。国民を竹槍武装
させて共に戦うなどは全く考えていなかった。国民の戦意高揚とは
別の問題である。・・・

▽ 本土決戦に関する原中佐の透徹した信念

 原中佐がラバウルの第8方面軍から市ヶ谷の大本営に転勤して
すぐ、教育総監部第一課からの招きを受け、全国の部隊に示す新たな
教本(マニュアル)『国土決戦教令』を立案するためにラバウルでの
戦訓の話をすることになった。原中佐は、第一課長・吉武大佐や
第一課の課員(中佐・少佐)を前にして『剛部隊作戦教令』の作戦
思想や今村大将の統帥の骨子などについて淡々と語った。
そして最後に、静かな口調で次のように結んだ。

・・・国土決戦において、帝国陸軍は全員玉砕してもよい。日本国民
が残れば、その目的を達したと思います。・・・

 この場に列席していた課員・岩野少佐によれば、原中佐は大言壮語
することも、激情することもなく、常に温和で、淡々と口を開くが、
その心底には烈火のごとく激しい情熱を秘めた人であり、維新回天の
大業を発した長州の青年武士たちを育てた松下村塾の吉田松陰を
髣髴(ほうふつ)させる人であったという。
 

(以下次号)

(家村和幸)

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