【本の紹介】『カウンターインテリジェンス──防諜論』|日本はなぜ「スパイ天国」なのか 上田篤盛、稲村悠(著)
『カウンターインテリジェンス──防諜論』
著者:上田篤盛、稲村悠
発行:育鵬社
発売:扶桑社
発売日:2024年8月2日
判型:四六判
ページ数:312ページ
定価:本体1,700円+税
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こんにちは、エンリケです。
日本の安全保障に必要なのは、情報を集める能力だけではありません。情報を守り抜く能力です。
中国、ロシア、北朝鮮によるスパイ活動。
先端技術の流出、企業への浸透工作、サイバー攻撃、そして国家の意思決定に影響を与える情報工作。
こうした問題は、もはや映画や小説の中だけの話ではありません。
日本の国家機密や企業の技術情報は、さまざまな形で狙われています。
では、私たちは情報を守るために何を知り、何をすべきなのでしょうか。
その問いに正面から取り組んだ一冊があります。
元防衛省情報分析官の上田篤盛さんと、元警視庁公安部捜査官の稲村悠さんによる、
『カウンターインテリジェンス──防諜論』
です。
本書は、日本で活動する外国のスパイの実態から、防諜の歴史、理論、法制度、そして国家や企業が講じるべき対策までを体系的に解説しています。
単なるスパイ事件の紹介ではありません。
この本で「情報を守る」ということの意味が変わります。
情報を集めるだけでは国家は守れない
インテリジェンスという言葉を聞くと、多くの人は情報収集や分析を思い浮かべるでしょう。
しかし、どれほど優れた情報を収集しても、その情報が敵対する相手に筒抜けになっていては意味がありません。
自国の情報を守り、相手の諜報活動を発見し、阻止する。
これが「カウンターインテリジェンス」、すなわち防諜の重要な役割です。
本書の前書きでは、かつて日本陸軍の情報参謀だった堀栄三の言葉を引き、日本が採るべき姿勢を「ライオンではなくウサギの戦法」と表現しています。
強大な牙や爪に頼るのではなく、周囲のわずかな変化も聞き逃さない耳を持つ。
日本の置かれた地理的・安全保障上の環境を考えれば、示唆に富む考え方です。
海外の情報を積極的に収集する能力と、日本に向けられた諜報・工作活動を察知する能力。
その両方が必要なのです。
日本で実際に行われてきたスパイ活動
本書の大きな特徴は、抽象的な安全保障論に終始せず、具体的な事件を通じて防諜の問題を考えられることです。
第1章では、ロシア、中国、北朝鮮による対日スパイ活動が取り上げられています。
たとえば、ロシアの情報機関員への情報漏洩事件。
日本の先端技術を狙った中国の情報収集活動。
研究機関や企業の技術者への接近、人的ネットワークの利用、サイバー空間を通じた情報窃取などです。
注目したいのは、スパイ活動が必ずしも秘密文書の持ち出しという形だけで行われるわけではないことです。
人間関係を築き、信頼を得て、少しずつ情報を引き出していく。
あるいは、研究交流や経済活動など、一見すると通常の社会活動と区別しにくい接触を利用する。
こうした手法を知ることは、国家の安全保障だけでなく、企業の技術流出対策を考えるうえでも重要でしょう。
日本には忘れられた防諜の歴史がある
本書を一般的なスパイ解説書と一線を画すものにしているのが、第2章の日本防諜史です。
日清・日露戦争から戦前の防諜体制、陸軍中野学校、戦後の情報機関創設をめぐる動き、スパイ防止法案の提出と廃案まで。
日本がどのような情報保全の仕組みを築き、どのような経緯で現在の体制に至ったのかが整理されています。
防諜を論じる際、外国の制度やスパイ事件ばかりに目を向けがちです。
しかし、日本自身の防諜の歴史を知らずして、現在の問題を十分に理解することは難しいでしょう。
本書には、その土台となる歴史がきちんと記されています。
この点だけでも、本書を手に取る価値は大きいと感じます。
防諜は「スパイを捕まえること」だけではない
防諜というと、スパイを摘発する捜査活動を想像するかもしれません。
しかし、本書が示す防諜の範囲は、それよりもはるかに広いものです。
第3章では、防諜の基本的な理論が解説されています。
相手の諜報活動を阻止する。
不審な活動を探知する。
必要に応じて欺瞞や無力化を図る。
こうした防御的・攻撃的な側面を含め、防諜という活動の全体像を理解できる構成です。
さらに第4章では、米国と中国の防諜体制が比較されます。
米国のFBI、CIA、NSAなどの情報機関、過去の重大なスパイ事件、セキュリティ・クリアランス制度。
一方、中国については、情報機関の仕組み、反スパイ法、国内監視体制などが取り上げられています。
外国の制度を知ることは、日本の防諜体制を考えるための重要な比較材料になります。
スパイ防止法さえ作れば安心なのか
本書で特に注目したいのが、第5章です。
章の題名は、
「『スパイ防止法』だけではスパイは防止できない」
です。
スパイ防止法の必要性を論じることは重要です。
しかし、法律を制定しただけで情報漏洩や外国の工作活動がなくなるわけではありません。
実際にスパイ活動をどう立証するのか。
組織内部の情報管理をどう徹底するのか。
外国による影響力工作やサイバー空間の脅威にどう対処するのか。
法律だけでは解決できない課題が存在します。
本書は、スパイ防止法の必要性と課題を取り上げながら、防諜体制全体を強化する重要性を示しています。
この視点は、わが国の安全保障を考えるうえで欠かせないものだと思います。
国家だけでなく企業にも必要な防諜
最終章では、国家と企業が実際に取り組むべき防諜対策が論じられます。
企業については、予防、探知、事故対応などの観点から情報保全の仕組みが整理されています。
特に重要なのが、人的リスクへの着目です。
どれほど高度なセキュリティシステムを導入しても、内部の人間が情報を持ち出したり、外部の工作に取り込まれたりすれば、情報は流出してしまいます。
技術的な対策と人間に対する対策。
この両方を考えなければ、本当の意味での情報保全は実現しません。
本書は、国家の安全保障と企業の経済安全保障をつなぐ一冊でもあります。
情報のプロと公安捜査のプロが書いた防諜論
本書の著者は、異なる現場で情報活動に携わってきた二人です。
上田篤盛さんは、元防衛省情報分析官。
陸上自衛隊の情報関係職、防衛省での情報分析、情報教育などを経験し、退官後もインテリジェンスやサイバーセキュリティの普及・研究に取り組んできました。
デビュー以来、一貫してインテリジェンスの普及に尽力してきた第一人者です。
もう一人の著者、稲村悠さんは、元警視庁公安部捜査官。
諜報活動の捜査や情報収集に従事した経験を持ち、退職後は経済安全保障や企業の技術流出対策などに携わってきました。
情報分析の専門家と、実際の諜報事件を扱ってきた公安捜査の専門家。
この二人が、それぞれの知識と実務経験を持ち寄って防諜を論じているところに、本書の大きな価値があります。
日本の防諜を学ぶための貴重な入門書
私は本書を、本邦初といってよい「防諜」に関する一般向け入門書として高く評価しています。
もちろん、スパイ活動やインテリジェンスを扱った書籍はほかにもあります。
しかし、防諜そのものを中心テーマに据え、その歴史、理論、法体系、実際の事件、国家と企業の対策までを一冊にまとめた一般向けの書籍は貴重です。
本書は単なる防諜入門書を超えた一冊だと思います。
企業のセキュリティ担当者、リスク管理担当者、政府・防衛関係者、国際関係の研究者はもちろん、インテリジェンスや安全保障に関心を持つ一般の読者にもおすすめします。
もう一つ、気になることがあります。
この分野の書籍は、長期間にわたって流通し続けるとは限りません。
いったん絶版になると、入手が難しくなる可能性があります。
もちろん、本書がいつまで販売されるかはわかりません。
それでも、このテーマに関心がある方には、入手できるうちに手元に置いておくことをおすすめしたいと思います。
インテリジェンスに興味関心を持つ方には、必携の一冊です。
書籍情報
『カウンターインテリジェンス──防諜論』
著者:上田篤盛、稲村悠
発行:育鵬社
発売:扶桑社
発売日:2024年8月2日
判型:四六判
ページ数:312ページ
定価:本体1,700円+税
(エンリケ)
追伸
情報を集めることの重要性は、広く語られています。
しかし、集めた情報を守ることの重要性については、まだ十分に理解されているとはいえないでしょう。
国家の安全保障も、企業の技術も、情報を守る力がなければ危うくなります。
本書は、そのことを考えるための貴重な手がかりを与えてくれます。
防諜という分野に少しでも関心を持った方は、ぜひ手に取ってみてください。