黒川 雄三:「誰でもわかる防衛論 日本が生き残るための国家戦略の提言」

「誰でもわかる」と冠がついていますが、読者を選びます。
政治と軍事の関係、歴史、戦争に対する一般常識・感覚を持つ人でないと消化不良を起こします。身になりません。こういう方にはおススメしません。
いっぽう、歴史と軍事、戦略論、情勢先読み、地政学、政軍関係、国際情勢、戦後日本における軍事、安保政策といった分野に関心を持ち、研鑽を積んでいる方でしたら、キャリア関係なく実になるところ多い本といえましょう。
学部生や院生、軍人、研究者、国政関係者、軍事ファンにはぜひお読みいただきたいところです。
http://okigunnji.com/url/246/
(詳細は本文にて)
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  軍事情報【本の紹介】
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エンリケです。
もうひとつ言いたいのは、啓蒙的な教科書的性格を持つのは第一部と第二部で、第三部は著者の戦略提言になっている点です。副題が「日本が生き残るための国家戦略の提言」となっているのはそのためです。
「国際社会はバランス・オブ・パワーの世界」
とはよく耳にする言葉ですが、これを聞いた多くの人の頭の中にあるのは「現実はそんなことないそんなことない」という感覚でしょう。そういう感覚でいるとおそらく国は保てないでしょう。
国家が動きを起こす大元には「パワーへの希求」があります。これまでは、キレイごとでその意図を隠してきた欧米などの主要国諸国ですが、すでに自分たちのお尻に火が付き始めており、なりふり構わなくなってきました。
すでにわが国にも火の粉は降り始めており、これまでの感覚で戦争や世界をとらえていると、大やけどを負う羽目になるでしょう。
ウエストファリア条約が結ばれて以降数世紀の間に培われた「これまでの感覚・常識」の延長線上に未来は存在しないと見た方がよく、まさにいまは、弱肉強食という「国家の核にある本能」に基づいて世界が動く「激動の時代」に入ったのだと思います。
そんなときですから、バランス・オブ・パワーへの理解なしに正確に情勢を判断することはできません。
現在のバランス・オブ・パワーの現実とはどういうものか?を把握するうえで、本著は参考になります。「バランス・オブ・パワー」の仕組みを理解する教科書としておススメしたいです。
もう一つのテーマは「統合」です。
単なる軍事分野だけの話ではなく、安保や経済分野で国家レベルのさまざまな統合がこれから生まれてゆくのではないか?との指摘がなされています。
著者・黒川さんのプロフィールです。
黒川雄三(くろかわ・ゆうぞう)
1945年京都生まれ。滋賀県立膳所高校卒。防衛大学校卒、指揮幕僚
課程・防衛研修所(現防衛研究所)一般課程(安全保障)修了。防衛大
学校指導教官、防衛庁陸上幕僚監部防衛部員、調査部員、調査部班
長、自衛隊地方協力本部長、陸戦学会理事、陸上自衛隊幹部学校主
任開発研究官などを歴任。元陸将補
著書に『戦略思想家事典』(共著、2003年)」、『近代日本の軍事戦
略概史』(2003年)」、『21世紀マネジメント戦略』(2006年)」、論
文に「孫子の軍事理論(2005年)」「日中戦争初期の戦略問題(1999年)」、
「日中戦争中期の戦略問題(1999年)」などがある。
国家戦略ガイドブックの目次は次のとおり。
はじめに
第1部 新しい戦争と新しい脅威
 第1章 二一世紀の戦争と新しい国際秩序
  1 二一世紀の新しい戦争
   戦争とは/戦争はますます多様化する/戦争の様相が大きく変
   わった/戦争の敷居は低くなっている
  2 新しい国際秩序の形成
   大規模戦争は抑制されるが、国際化された内戦や制限戦・局
   地戦は減らない/覇権主義や膨張政策は大国の宿痾(持病)で
   ある/凄惨な宗教戦争や残虐な内戦が始まっている/二一世紀
   の国際秩序が大きく変わる
 第2章 戦争の何が変わったか
  1 戦争の引き金と新しい脅威
   軍事同盟の性質や強度の変化が引き金になる/力の格差が変
   化する時期が引き金になる/政治指導者の戦略的過失が危機
   を起こす/国際化した内戦は世界の大きな脅威だ/挑発心や猜
   疑心、恐怖心が引き金になる
  2 戦争の様相の変化と新しい脅威
   (1)核ミサイル戦争の変化と脅威
    核拡散の脅威が増大する/CSM(通常長射程ミサイル)が核に替わる
   (2)在来型戦争の変化と新たな脅威
    在来線の脅威が増大する/ハイテク覇権国家は周辺国の大きな脅威だ
   (3)非在来型戦争の変化と新たな脅威
    非在来戦が生産で残虐になりつつある/非国家主体への武
    器の拡散は深刻な脅威だ
  3 戦争の勝ち目の変化と新しい脅威
   衛星攻撃やサイバー攻撃そして電子戦でハイテク戦争に決着
   がつくようになる/ミサイルは兵器の王者、戦闘の決め手だ/制
   空権(航空優勢)の確保が、領土や領海防衛の決め手になる/
   兵器プラットフォームシステムの破壊も勝利の決め手だ/兵站
   システムの破壊も致命傷になる
  4 安全保障の新しい概念と軍事力の役割の変化
  (1)安全保障の新しい概念
   平和の概念が拡大した/一国や同盟国による個別的な努力だ
   けで安全確保は無理/共通・協調的な安全保障から地域的集
   団安全保障を目指せ
 第3章 日本の安全保障と防衛の方向性は?
  1 日本を取り巻く脅威
  (1)中国の脅威―日中の中間線は中国の防衛と出撃の最前線である
  (2)北朝鮮の脅威―北朝鮮を追いつめず変革させよ
  (3)海外での日本人や資産への脅威―遠くの国際的危機も日本に波及する
  2 日本の安全保障と防衛の方向性は
   防衛形態オプションから何を選択するか(選択の基準は?)?/
   まずは集団防衛から始め、最終目標は地域的集団安全保障
第2部 世界のトレンドが変わった
 第4章 世界の未来(トレンド)を読む
  1 未来の芽生え
   統合へのトレンドと利己主義・国益主義のトレンドがせめぎ
   合う時代が始まった/新しい国際秩序と新しい行動原理が形成
   されてゆく
  2 二〇五〇年の世界を読む
   イスラム世界の貧困・格差は世界の長期的リスク/中国、米
   国、インドなど超大国の覇権化は制限される(Gゼロの世界)/
   二〇三〇年以降の中国には多党制への転換の可能性あり/環境
   と資源は世界の長期的リスク/夢の技術が開花する/英『エコ
   ノミスト』誌の予測からトレンドを読む
  3 二〇三〇年の世界を読む
   国際システム(旧体制)が一変する/米NIC(国家情報会
   議)の報告からトレンドを読む
  4 二〇三〇年の日本を読む
   「投資立国」への変貌/高い生活水準は維持できる―日本生
   き残りの条件・戦略とは
  5 世界経済のトレンドを読む
   世界経済の構造変化とトレンド(六つの変化)/過剰流動性
   と金融システム不安/経済の相互依存関係の深化/深い統合
   (ディープ・インテグレーション)の増加/経済国益至上主
   義(反グローバル化・保護主義・管理貿易主義)の拡大/資源
   や食糧、エネルギー、水の不足と環境汚染/産業の世界的集中
   の加速/三つのリスク
  6 二一世紀の国際安全保障を読む
   地域的な共同や統合が二一世紀のトレンドだ/集団防衛も地
   域共同体的性格に変わりつつある/国際安全保障のコンセプ
   トを実現せよ(中国や北朝鮮を取り込め)/単独防衛とその
   利・不利/単独防衛は財政的には何とか可能だ
 第5章 東アジアの地域統合へのトレンドを読む
      ―日本の外交・安全保障戦略の方向性とは―
  ASEANは地域統合の中核だ/ASEAN共同体構想の実現に協力せよ
  
  1 地域統合とは
   地域統合へのプロセスには四つのステップ・レベルがある/
   経済統合は安全保障の統合を誘発する(逆もまた真、安保統
   合が経済統合をもたらす)/安全保障共同体とは/制度化は人
   間に「統合意識」をもたらす/経済統合とはヒト(労働)、
   カネ(投資)、モノ(貿易)、サービス(情報)が地域内で
   自由に交流できる制度のこと/社会統合(価値の統合)は安
   保統合や政治統合を誘発する
  2 ASEANの地域統合への「あゆみ」とトレンド
   統合へのプロセスが始まった/重層的な地域協力システムが世
   界の主流になる/日本はASEANを側面支援し統合に協力せ
   よ/多国間安全保障協力への取り組みを強化せよ
  3 東アジア安全保障統合へのトレンド
   多国間の安全保障協力~安保統合(共同体)~地域の集団安
   全保障体制への道が開けつつある
  4 東アジア安全保障統合(共同体)の必要性は?
  5 統合への障害は?
   集団的自衛権を、紛争の予防や管理に「限定的に活用する」
   方略を考えよ―安全保障の「複合システム」を制度化せよ
   
第3部 国家戦略と安全保障・防衛・軍事戦略
 第6章 日本の安全保障と防衛・軍事の戦略
  大変革の一五年を切る
  1 日米同盟の変質・深化・拡大
   日米同盟が大変革した/日米同盟の変質・深化・拡大の六段階/
   大きく拡大・深化した日米同盟の歴史とは
  2 日本の国家安全保障戦略
   地域内外のパートナーとの協力を強化する/問題は中国の覇
   権的行動と北朝鮮の核ミサイル/敵(脅威)を減らして、味
   方を増やす―日米同盟+パートナーとの協力/安全保障や防衛
   上の「国益」(日本生き残りの条件)とは/地域の安全保障の
   枠組みを構築せよ
  3 日本の防衛政策―防衛計画の大綱(二五大綱)―
   統合・機動的な防衛力を構築する/南西地域防衛を強化し、
   「海・空優勢」を確保できる防衛力整備を優先する
  4 日本の軍事戦略―日米防衛協力ガイドライン―
   同盟内調整を強化する/ガイドラインは日本の軍事戦略その
   ものだ/自衛隊の有事任務が飛躍的に増加し変化した/「座し
   て死を待つ亡国の防衛法制」では困る/米軍の作戦支援は確
   約ではない?/パートナーと協力し国際安全保障で主導的な
   役割を果たす/安保防衛上の「国益」とは
 第5章 あるべき日本の外交・安全保障戦略と防衛政策・軍事戦略
      ―日本生き残りの戦略とは―
  
  1 防衛政策・軍事戦略
   非核中規模軍事国家タイプを目指せ
  (1)軍事的脅威の実態
  (2)対処の戦略(非核ハリネズミ防衛のすすめ)
  2 外交・安保戦略
  (1)統合へのトレンドと「国益主義」のトレンドがせめぎ合う時代が始まった
  (2)新しい国際秩序と新しい行動原理が形成されていく時代が始まった
   外交戦略の主要目標は、国民の安全の保障と経済的繁栄
おわりに
参考文献
いかがでしょうか?
読後感としては、防衛論というより国家戦略試論といった方がいい感じで、「国家のパワーとは何か?」を理解するうえで格好の本、というものでした。
ガイドラインやさまざまな政策・理論・提言の内容・趣旨、主張、概念を表で分かりやすくまとめている点が大きな特徴です。元将軍が著者ということもあり、本筋を外さない整理がなされているところがうれしいですね。わかりやすいだけでなく信頼できます。
そんな表の数が非常に多く、そのおかげで複雑でこんがらがった安保防衛にまつわる話の内容を把握しやすい。こういうところは、この種の本として注目すべきポイントではないでしょうか?
おススメします。是非ご一読ください。
これまでにない視座を得ることができることでしょう。
「誰でもわかる防衛論 日本が生き残るための国家戦略の提言」
黒川 雄三(著)
2017/6/12発行
芙蓉書房出版
http://okigunnji.com/url/246/
エンリケ
追伸
本著をたたき台にした、専門家の手になる国家戦略論構築を望みます。
http://okigunnji.com/url/246/