トーチ作戦とインテリジェンス(11)




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前回までのあらすじ

 

本連載は、1940年から1942年11月8日に実施されたトーチ作戦(連合国軍によるモロッコおよびアルジェリアへの上陸作戦のコードネーム。トーチとは「たいまつ」の意味)までのフランス領北アフリカにおける、米国務省と共同実施された連合国の戦略作戦情報の役割についての考察である。

 

前回は、駐ヴィシー米国代理大使ロバート・マーフィーが、ルーズヴェルト大統領との密談において与えられた密命に基づき、ヴィシー・フランスでどのような活動を行ったかについて述べた。

 

ヴィシーに帰還したマーフィーは、ヴィシー政府からフランス領北アフリカに入る許可を取ることに成功し、1940年12月18日、フランスをあとにしてアルジェリアへ向けて出発し、こうして3週間におよぶマーフィーのフランス領北アフリカにおける現地調査任務がスタートした。

 

アルジェリアに到着したマーフィーはウェイガン将軍と会見し、ウェイガンとその側近が、ドイツの侵攻の噂や、ドイツ侵攻がもたらす意味について危惧していることに気づいた。この危惧が、ウェイガン将軍をして、ドイツ侵攻への対抗手段として米国からの何らかの支援を得たいと思わしめる理由の1つとなった。
さらに、この噂が、米国とフランス領北アフリカとの間の経済協定締結の可能性を模索する協議の開催へとつながった。

 

いったん米国に戻りルーズヴェルト大統領に報告書を提出したマーフィーは、ルーズヴェルト大統領に命じられ、1941年2月、ウェイガン将軍およびヴィシー政権と経済協定締結交渉を行わせるために再度、フランス領北アフリカに派遣された。

 

こうして1941年2月に米仏間で締結されたのが、マーフィー・ウェイガン協定である。協定によれば、米国は、積荷を監視し、輸出品がナチスドイツにわたらないように監視するために、アルジェリア、モロッコおよびチュニジアに食糧管理官を配置することができることになっていた。

 

これらの食糧管理官はマーフィーの指揮下で動く副領事を兼務するはずであり、彼らが配置された真の意図は、彼らがフランス領北アフリカおよびフランス本土に関する情報を収集する秘密諜報員として行動することにあった。

 

今回は、諜報員という裏の貌を持つ副領事の選任経緯について述べる。

 

 

ルーズヴェルト大統領がマーフィー・ウェイガン協定を締結した真の意図

 

ルーズヴェルト大統領がマーフィー・ウェイガン協定を締結しヴィシー政権と幅広い政治提携を行った真の理由は、フランスにおける外交的プレゼンスがもたらすインテリジェンス面での価値にあった。

 

1941年春までに、反ナチスドイツの立場のフランス陸軍の情報部の将校の一団が、ヴィシーに駐在する米国の駐在武官ロバート・ショウ大佐に秘密裡に軍事・政治情報を漏らしていた。

 

 

諜報要員である「食糧管理官」をどのように確保すべきか?

 

諜報任務を遂行するためにフランス領北アフリカにおいて諜報要員を確保することが、極めて重要であった。国務長官コーデル・ハルは陸軍省とこの点に関して同意見であり、国務省の「食糧管理官」がフランス領北アフリカにおいてインテリジェンス活動に関する任務を遂行すべきであることに同意した。

 

食料管理官を選ぶ任務は国務次官補アドルフ・オーガスタフ・バールが行った。ロバート・マーフィーによれば、バールは、「国務省の正規の副領事の限定された人数では、ある程度の不正規活動や危険が伴うこのような計画が要求する専門要員を提供することができない」と認めたという(ロバート・マーフィー『戦士の中の外交官』原題:Diplomat Among Warriors)。

 

そこで、バールは、国務省が提供することができないこの種の計画に必要な人材を、計画の目的や事態の軍事的重要性を正確に評価可能な陸海軍将校に見出した。

 

 

副領事適格者の人事難:陸海軍にはアラビア語の専門家がいない

 

国務省は、陸軍および海軍の情報機関の長を説得し、陸軍および海軍の将校を副領事に任命する案を支援するよう要請した。しかしながら、陸海軍にはアラビア語に精通した将校がおらず、地中海および北アフリカ地域に関する情報を英国およびフランスに依存していた。

 

歴史は繰り返すといわれるが、9・11テロ事件後、アラビア語の専門家が不足したためその人材確保に苦労した現代の米国陸海軍を髣髴とさせるような話である。

 

副領事の任務が諜報活動にあるため、なんとかして陸海軍から要員を調達する必要があった。アラビア語の能力に不安があるものの12人の副領事候補者が選ばれた。
国務省は、12人の副領事候補者を、ウォーレス・フィリップの指導下においた。フィリップは、ロンドンで米国商工会議所の長を務めるビジネスマンで、後にウィリアム・ドノヴァンの最初の諜報活動のアドバイザーとなった人物である。
彼らはマーフィーの指示に基づき北アフリカで副領事として任務が遂行できるようにフランスの文化や政治について学んだ。

 

 

誰がスパイである副領事に給料を支払うのか?

 

軍人が副領事となってスパイ活動を行うには様々な問題をクリアする必要があった。

 

たとえば、国務省の管轄である副領事を陸海軍将校の中から任命したことは、行政面で大きな困難が伴った。主たる問題の1つは、軍人が国務省に直属して働くことができないという事実から発生した。
すなわち、陸軍省、海軍省および国務省では予算が異なるため、どこの省が副領事たる将校たちに給料を支払うのか?という問題が生じたのである。いつの世でも問題になる縦割り行政の弊害である。

 

 

軍人たる副領事がスパイ活動を行うことに伴って生じる国際法上の問題

 

また、副領事として選ばれた将校たちにとって最も重要な問題であったのは、捕虜となったスパイに関する規定を有するジュネーヴ条約が定めている、軍人の国際法上の地位に関する問題であった。

 

ジュネーヴ条約は、戦時国際法としての傷病者および捕虜の待遇改善のための国際条約である。しかし、ジュネーヴ条約第一追加議定書第46条に「紛争当事者の軍隊の構成員であって諜報活動を行っている間に敵対する紛争当事者の権力内に陥ったものについては、捕虜となる権利を有せず、間諜として取り扱うことができる」という規定があるため、もし副領事たちがスパイ活動をしていて捕まった場合、ジュネーヴ条約の適用を受けず死刑にされる可能性があったのである。

 

予算や国際法上の問題に対処するために、統合参謀本部が下した決断は、12人の志願者たちは陸海軍将校であることを辞め、ロバート・マーフィーのもとで国務省のために働くというものであった。
しかし、彼らは、表面上は国務省の下にありながらも、ロンドンにいるウォーレス・フィリップの指導下にあると共に、米国海軍情報局に属する「K機関」のメンバーとして組織された。

 

 

十二人の使徒たちの素顔

 

最終的に副領事として選ばれた人々は普通の職業を持つ予備役軍人であった。彼らは軍人としてではなく、国務省の常勤職員として「雇用」されたため、国際法上の問題の幾分かは解消された。また、彼らには「十二使徒」というニックネームがつけられた。

 

マーフィーがこれら十二使徒たちのボスになる予定であったが、副領事にもかかわらうず彼らはフランス領モロッコおよびアルジェリアの現地駐在領事の外で活動した。現地駐在領事たちは彼らの真の役割や任務について知らされておらず、彼らがそれを知ったのは米軍の侵攻からだいぶ経過して後のことだった。

 

最終的に十三人が選ばれたが、全期間を通じて活動したのはそのうちの十二人である。マーフィーによれば、彼らは次のような人々であった。

 

1、スタッフォード・リード(ニューヨークの建築業者)。
2、シドニー・バートレット(カリフォルニアの製油業者)。
3、ジョン・ノックス(フランスのサンシール陸軍士官学校卒業者)。
4、ジョン・ボイド(コカコーラ社マルセーユ支店長)。
5、ハリー・ウッドラフ(パリ在住の銀行員)。
6、ジョン・アター(パリ在住の銀行員)。
7、フランクリン・キャンフィールド(弁護士)。
8、ドナルド・コステル(広告業者)。ただし、コステルは不正行為のため本国へ送還された。
9、ケニス・ペンダー(ハーヴァード大学の司書で、その後、自身の経験をもとに本を執筆)。
10、カールトン・クーン(ハーヴァード大学の人類学者)。
11、リッジウェイ・ナイト(ワイン商人)。
12、リーランド・ラウンズ(ビジネスマン)。
13、ゴードン・ブラウン(モロッコへ旅行経験のある人物)。

 

 

(以下次号)

 

(ちょうなん・まさよし)

関連ページ

第1回
戦史研究家・長南政義さんの作品「戦史に見るインテリジェンスの失敗と成功」シリーズ第3弾 「トーチ作戦とインテリジェンス」(1) メールマガジン「軍事情報」で連載。
第2回
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最終回
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