トーチ作戦とインテリジェンス(7)




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前回までのあらすじ

 

本連載は、1940年から1942年11月8日に実施されたトーチ作戦(連合国軍によるモロッコおよびアルジェリアへの上陸作戦のコードネーム。トーチとは「たいまつ」の意味)までのフランス領北アフリカにおける、米国務省と共同実施された連合国の戦略作戦情報の役割についての考察である。

 

前回は、トーチ作戦開始までの米国の動きについて説明した。特に、フランクリン・ルーズヴェルト大統領が行った、インテリジェンス改革について詳細に述べた。

 

ルーズヴェルトは、米軍が第二次世界大戦においてあらゆる種類の戦闘活動に対処できるようにするため、米軍の立て直しのための様々なプロジェクトに秘密裡に取り組み始めた。このプロジェクトには、インテリジェンス機関の近代化も含まれていた。

 

前大統領の時代から続く、インテリジェンスの混乱に秩序をもたらすために、1939年6月26日、ルーズヴェルト大統領は、FBI、陸軍情報部および海軍情報局のトップに命じて、これらの組織の活動を調整させることとした。

 

ルーズヴェルト大統領は、諜報活動が国務、陸軍、海軍省でそれぞれ別個に重複して行われていた現状を改革するために、情報調整官をホワイトハウスに設置し、民間人の弁護士ウィリアム・ドノヴァンをそのポストに任命した。情報調整局の職務は、安全保障にかかわるあらゆる情報を収集・分析し、大統領や大統領の指定する政府機関および職員に提供することであった。

 

ドノヴァンは、図書館や政府機関等にある公開資料を専門家が分析すれば、枢軸国の戦力や経済力といった諜報上、重要かつ価値の高い問題についても解答が得られるという発想から、研究分析部を設置した。つまり、研究分析部は、オープン・ソース・インテリジェンス(オシント)を担当したわけである。オシントとは、新聞・雑誌・政府刊行物などといった公開情報からインフォメーションを収集・分析してインテリジェンスを獲得する情報収集手法のことだ。

 

今回は、情報調整局の創設とその意義について述べたうえで、上陸作戦実施前に展開されるアドバンス・フォース・オペレーション(Advance force operations:AFO 敵地奥深くに潜入し情報収集や破壊工作などを実行する作戦)について説明したい。

 

 

情報調整局の創設とその意義

 

既述したように、ウィンストン・チャーチル首相は、カナダ出身の億万長者で、暗号名「イントレピッド」で知られるウィリアム・スティーブンソンを米国に派遣した。スティーブンソンの任務は、インテリジェンスを米英間で共有できるように、米国のインテリジェンス機関を組織化することを支援することにあった。スティーブンソンは、ウィリアム・“ワイルド・ビル”・ドノヴァン大佐と接触し、さまざまなアドバイスを提供した。

 

チャーチルやスティーブンソンに代表される英国の政治・軍事指導者からの影響により、米国の海軍長官ウィリアム・フランクリン・ノックスや、大胆で先見性に富んだウィリアム・ドノヴァンは、中央インテリジェンス機関の必要性とその理由を迅速に理解した。

 

1941年7月11日、ルーズヴェルト大統領は、情報調整局創設を命じる大統領指令を出した。この情報調整局こそが、インテリジェンスを収集・分析し、大統領および政府の上級意思決定者にインテリジェンスを提供する責任を有する、米国発の中央インテリジェンス機関であった。さらに、1942年6月には、情報調整局が母体となり戦略情報局(OSS)が創設された。

 

情報調整局創設には重要な意義があった。ウィンストン・チャーチル英国首相が、米国に与えるインテリジェンスを有しながらも、米国側の情報保全能力が欠如していたため、インテリジェンスを与えられなかったことは指摘した。しかし、情報調整局創設により、チャーチル首相が、情報源を危険にさらすことなく、米国にインテリジェンスを与える組織的枠組みが形成されたのである。

 

 

情報調整局創設の隠された意図

 

ところで、邦語文献の先行研究が指摘していないことであるが、情報調整局創設から戦略情報局創設に到る一連のインテリジェンス改革の背後には、フランクリン・ルーズヴェルト大統領の隠された意図が存在した。すなわち、ルーズヴェルト大統領は、戦略レヴェルのインフォメーションを統制しようという野心を持つFBI長官エドガー・フーヴァーの野望を挫くため情報調整局や戦略情報局を創設したのである。

 

さらに、情報調整局創設当時、大統領が決断するために必要なインテリジェンスを収集・分析することを任務とする独立した中央インテリジェンス機関を持つことは、来るべき戦争のためにも必要なことでもあった。

 

 

アドバンス・フォース・オペレーションとはなにか?

 

ルーズヴェルト大統領は、文民によるリーダーシップのもとで、戦略的インテリジェンスを収集・分析し、アドバンス・フォース・オペレーションを指導するために情報調整局(のちの戦略情報局)の創設を許可した。

 

このような戦略レヴェルの情報収集・分析活動およびアドバンス・フォース・オペレーションは、他国の指導者および他国のインテリジェンス関係者との協力関係に基づいて実施されることが重要であり、それがゆえに対象国もしくは対象地域の作戦環境および国内情勢を理解することが必要となる。さらに、対象国(対象地域)に存在するレジスタンス組織を育成・支援することも重要だ。

 

しかしながら、情報調整局(のちの戦略情報局)は、作戦レヴェルでこのような活動を実施したが、このことは、作戦上の必要のために対象国からその国の要人を除去するようなアドバンス・フォース・オペレーションを認可するために必要な戦略レヴェルの判断と、政策決定者がインテリジェンス機関に対して要求する情報要件との境界を曖昧なものにする危険性があった。

 

ところで、アドバンス・フォース・オペレーションとはなんであろうか?現在の米国のジョイント・ドクトリンは、「アドバンス・フォース・オペレーションは、空中・海上・陸上より上陸地点に対する砲爆撃、および、もし射撃地点が利用可能である場合は、大砲を使用した砲撃から偵察まで含まれる。公然と行われる活動は、作戦地域内でバトルスペースを形成するか、もしくは真の目的に関して敵を欺くかを、たいてい意味している」。

 

アドバンス・フォース・オペレーションのために必要とされる任務は多種多様だ。水路偵察、障害物除去、海上からの接近経路の準備といったものから、作戦目標および上陸地点・降下地点の偵察・監視、敵にとって高い価値を有する目標物(レーダー・サイトや橋梁など)の破壊ないしは無力化まで幅広い。また、情報収集は、情報要件の優先順位を満たすように実施されなければならず、侵攻作戦のために必要とされる諸条件が確立されたか否かを確認しなければならない。

 

 

もし、ルーズヴェルトがインテリジェンス改革を実施していなかったら?

 

ルーズヴェルト大統領は、ロバート・マーフィーおよびウィリアム・ドノヴァンに対しアドバンス・フォース・オペレーションを実施するように指示した。しかしながら、情報調整局の創設に象徴されるインテリジェンス組織の整備にもかかわらず、欧州および北アフリカでの戦闘開始時、米国は、既存のインテリジェンス機関の能力不足に悩まされた。
もし、米国のインテリジェンス改革実施を決断する際に見られたルーズヴェルト大統領の洞察力が存在しなかったとしたら、米国は、1942年夏に、もっとひどいインテリジェンス態勢で、ロンメル率いるアフリカ軍団と対戦しなければならなかったであろう。
また、もし、ルーズヴェルト大統領がインテリジェンス改革を決断しなかったとしたら、チャーチル英国首相は、情報漏洩を恐れ、インテリジェンスの面で米国と密接な協力関係を構築できなかったであろう。その意味で、ルーズヴェルト大統領が、1941年のあの時期に情報調整局の創設を命じたことは、もっと高く評価されていいように思われる。

 

インテリジェンス改革を実施するというルーズヴェルト大統領の決断が、英国と米国の情報機関同士の密接な協力関係を生み出した。1941年から1942年にかけて連合国のインテリジェンス機関がフランス領北アフリカで展開したアドバンス・フォース・オペレーションにより、1942年11月に実施されたトーチ作戦の計画立案者や作戦指揮官たちは、作戦を効果的に立案・実行するために必要な情報を入手することができたのである。

 

次回からは米国の外交官がおこなった情報活動についてみていきたい。

 

 

(以下次号)

 

 

(ちょうなん・まさよし)

関連ページ

第1回
戦史研究家・長南政義さんの作品「戦史に見るインテリジェンスの失敗と成功」シリーズ第3弾 「トーチ作戦とインテリジェンス」(1) メールマガジン「軍事情報」で連載。
第2回
戦史研究家・長南政義さんの作品「戦史に見るインテリジェンスの失敗と成功」シリーズ第3弾 「トーチ作戦とインテリジェンス」(2) メールマガジン「軍事情報」で連載。
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第32回
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最終回
戦史研究家・長南政義さんの作品「戦史に見るインテリジェンスの失敗と成功」シリーズ第3弾 「トーチ作戦とインテリジェンス」(最終回) メールマガジン「軍事情報」で連載。