前回までのあらすじ
本連載は、1940年から1942年11月8日に実施されたトーチ作戦(連合国軍によるモロッコおよびアルジェリアへの上陸作戦のコードネーム。トーチとは「たいまつ」の意味)までのフランス領北アフリカにおける、米国務省と共同実施された連合国の戦略作戦情報の役割についての考察である。
前々回から、連合国にとって最大の謎であったフランスの動向を連合国がどのように考えていたかについて述べている。
フランス領北アフリカへの侵攻作戦を立案・準備する連合軍の作戦立案者にとって最大の謎は、フランスの動向であった。すなわち、連合国は、フランス領北アフリカを可能であれば無抵抗で通過したい。では、フランスは、連合軍のフランス侵攻に際し、どのような行動に出るのだろうか?という問題である。
さらに、ワシントンやロンドンは、中立国スペインの動向についても高い関心を抱いていた。地中海を挟んで北アフリカの対岸に位置し、北アフリカのモロッコに領土を持つスペインの動向は、地政学的にみて北アフリカで実行されるトーチ作戦にとり重要な意味を持っていたからである。はたして、スペインは連合国の北アフリカ侵攻に際しどのような態度をとるのであろうか?
しかし、アイゼンハワー将軍の海軍副官を務めたハリー・C・ブッチャー海軍中佐によれば、ロバート・マーフィーは、@スペインは、スペイン領モロッコにおいて戦闘行動に出るだろうか?Aフランスでは何が起きるだろうか?という2つの大きな問題に回答することができなかった。
北アフリカに対する連合国の上陸作戦が実現に近づくにつれて、フランス領北アフリカにおけるインテリジェンス活動の焦点は、戦略的なものから作戦的・戦術的なものへと急速に変化した。上陸作戦計画立案のための諸活動と作戦立案のための情報要求が頻繁になされるようになるにつれて、収集される情報の焦点が、一般的なものからより詳細かつ専門的なものへと変化したのである。
今回は、副領事やアフリカ機関などが収集した情報を上級指導者や作戦計画立案者がどのように使用したのかについて述べたいと思う。
合同情報委員会の報告書 〜攻撃を受けたフランス軍はどう出るのか?〜
1942年7月中旬までに、ロンドンの合同情報委員会(JIC:JICは各省庁からインテリジェンスを集めて分析し、政府に短期・長期の情報評価報告書を提供する。また、JICは英国の各情報機関を監督する役割を持っている)は、1942年にイギリス海峡を横断する連合国の侵攻作戦が成功する可能性を分析したメモランダムを提出した。
1942年8月7日にJICの報告書が出された時に、3つの問題が議論されていた。
「ヴィシー・フランス軍の予想される反応、スペインを通過する際の脅威、枢軸国が提示すると見込まれる報復の形態と程度。このような見出しのもとで、詳細な分析が行われ、結論を支持していた。
全体的な結論は次のようなものであった。フランス陸軍および空軍は、不可抗力であることを主張できる範囲で、ヴィシーからの命令に従って抵抗するであろう。そして、連合国による断固たる攻撃に直面した場合、フランス陸軍および空軍はたぶん速やかに崩壊するであろう。
フランス海軍は地中海でのみ抵抗するであろう。ダカールに基地を置いている部隊はたぶん戦闘に関係しないであろう」(F・H・ヒンズリー、マイケル・E・ハワード『第二次世界大戦における英国のインテリジェンス 第二巻』、原題:British Intelligence in the Second World War. Vol. II )。
もし、フランス領北アフリカで活動する情報機関が、侵攻の合意に先だつ一年の間、情報を収集分析していなかったならば、JICがこのような結論を出すことはできなかったであろう。
現地の事情を無視して出された作戦計画立案者からの情報要求
作戦計画立案者から出される情報要求は、侵攻作戦に従事する輸送船団が北アメリカおよび英国から出帆した後も出された。インテリジェンス・ネットワークにとって、その活動は休む暇のない活動であったのだ。
新たな情報要求は無線を通じて発信された。しかし、時には作戦計画立案者からばかげたタイムラインが設定されることがあった。特に、作戦計画立案者が、二〇〇〇マイルもの荒涼とした砂漠地帯の中から現地の情報機関が情報要求の答えを見つけ出すのに必要な時間を無視した場合に、このような事態が生じやすかった。
作戦計画立案者の懸念 〜情報機関が提供する情報にバイアスはないか?〜
作戦計画立案者の中には、現地の情報機関から報告されるいくつかのデータの確実性に関して懐疑的な見解を持つものもあった。
このデータは完全に客観的なものであるのか?また、米国のエージェントの一部には侵攻作戦が実現してほしいと思うあまり潜在的な問題のいくつかを見て見ぬふりをしているという意味で、彼らが提供するデータにはバイアスがありはしないだろうか?
「トーチ作戦の実行が承認された後の数週間、JICは、情報の大部分を提供していた北アフリカにおける米国の外交機関及び情報機関を高く評価した。・・・[中略]・・・しかし、ワシントンは、アルジェリアから受け取る熱狂的内容の報告書に懐疑的であった。カサブランカ上陸とスペインの基地からの脅威に対する警戒のために、地中海での攻撃の範囲と重要性を減らそうとする米国の決意を考慮し、アルジェリアから提出される報告に対してより懐疑的であったホワイトホールは、トーチ計画が進行されるべきかどうかに関して疑問を投げかけるほど絶望の念を抱いていた」(F・H・ヒンズリー、マイケル・E・ハワード『第二次世界大戦における英国のインテリジェンス 第二巻』)。
このような健全な懐疑的姿勢は計画立案者にとって必要なものである。しかし、米国主導のアルジェリアからの報告をアフリカ機関からの報告と比較・分析することにより、その情報の正否を確認することが可能であった。
作戦地域から隔絶して情報分析をするメリットとデメリット
当然のことながら、作戦計画立案者たちは情報収集の対象となる現地に所在していない。しかし、このことで、作戦計画立案者は別のジレンマに遭遇した。現地で情報収集活動をすることがない彼らは、現地事情や現地関係者の感情を正しく理解することができなかったのである。
作戦計画立案者たちは現地とは隔離されていたので、情報を客観的にみることができた。しかし、そのことは現地関係者の感情に対する理解不足をも招く結果となった。
現地関係者の支持をどのようにして獲得するのか?
現地関係者の感情を理解し彼らの支持を得ることの難しさについて、アイゼンハワー将軍が自身の回顧録『ヨーロッパ十字軍』の中で次のように述べている。
「戦争の期間を通じて、国務省がアフリカに維持していた領事やその他の役人から、情報が絶え間なく私の所に届いていた。この情報のすべてが、フランス陸軍将校団において、ドゴールがこの当時不忠な将軍であるとみなされていたと報告していた。
一般市民のレジスタンス活動におけるドゴールの地位は大きく異なっていた。しかし、あの当時、レジスタンス活動は、特にアフリカにおいて、漠然としていて大した効果をもっていなかった。
そして、我々は、最初の目的として、フランス軍を説得して味方に引き入れる必要があったのである」(ドワイト・アイゼンアワー『ヨーロッパ十字軍』、原題:Crusade in Europe )。
フランス人関係者に関する情報とその特殊性に気づいていたアイゼンハワー将軍と作戦計画立案者たちは、ヴィシー政権の軍関係者の支持を取り付ける方法を模索すると同時に、レジスタンス活動との関係もうまく調整しようとした。
このことのためにアイゼンハワーが使用可能であった時間の大部分が消費された。特に、トーチ作戦が開始され、迅速な解決のための交渉が開始された時にその傾向が強まった。
北アフリカでインテリジェンス活動を実行する各機関はロンドンやワシントンからの要求に答え続けた。そして、両国の情報収集関係者、作戦計画立案者および上級指導者が会した三者会談が、最終的に収集した情報を価値のあるものにし、フランス領北アフリカで何が起きているのかについての明確な理解をすべての関係者に提供することとなったのである。
次回からは、両国の情報収集関係者、作戦計画立案者および上級指導者が会した三者会談について述べてみたい。
(以下次号)
(ちょうなん・まさよし)
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- 最終回
- 戦史研究家・長南政義さんの作品「戦史に見るインテリジェンスの失敗と成功」シリーズ第3弾 「トーチ作戦とインテリジェンス」(最終回) メールマガジン「軍事情報」で連載。