前回までのあらすじ
本連載は、1940年から1942年11月8日に実施されたトーチ作戦(連合国軍によるモロッコおよびアルジェリアへの上陸作戦のコードネーム。トーチとは「たいまつ」の意味)までのフランス領北アフリカにおける、米国務省と共同実施された連合国の戦略作戦情報の役割についての考察である。
前回は、諜報員という裏の貌を持つ副領事の選任経緯について述べた。
ルーズヴェルト大統領がマーフィー・ウェイガン協定を締結した理由は、フランスにおける外交的プレゼンスがもたらすインテリジェンス面での価値にあった。
フランス領北アフリカにおいて諜報活動を行う諜報要員を確保することが、極めて重要であった。国務長官コーデル・ハルは陸軍省とこの点に関して同意見であり、国務省の「食糧管理官」がフランス領北アフリカにおいてインテリジェンス活動に関する任務を遂行すべきであることに同意した。
副領事たる食料管理官を選ぶ任務は国務次官補アドルフ・オーガスタフ・バールが行った。バールは、国務省が提供することができないこの種の計画に必要な人材を、計画の目的や事態の軍事的重要性を正確に評価できる陸海軍将校に見出した。
副領事の任務が諜報活動にあるため、なんとかして陸海軍から要員を調達する必要があった。アラビア語の能力に不安があるものの12人の副領事候補者が選ばれた。国務省は、12人の副領事候補者を、ウォーレス・フィリップの指導下においた。彼らはマーフィーの指示に基づき北アフリカで副領事として任務が遂行できるようにフランスの文化や政治について学んだ。
しかし、軍人が副領事となってスパイ活動を行うには様々な問題をクリアする必要があった。たとえば、どこの省が副領事たる将校たちに給料を支払うのか?という問題や、諜報活動に従事中に捕虜となった場合に問題となる国際法上の懸念といった問題をクリアする必要があったのである。
予算や国際法上の問題に対処するために、統合参謀本部が下した決断は、12人の志願者たちは陸海軍将校であることを辞め、ロバート・マーフィーのもとで国務省のために働くというものであった。しかし、彼らは、表面上は国務省の下にありながらも、ロンドンにいるウォーレス・フィリップの指導下にあると共に、米国海軍情報局に属する「K機関」のメンバーとして組織された。
副領事として選ばれた人々は普通の職業を持つ予備役軍人であった。彼らは軍人としてではなく、国務省の常勤職員として「雇用」されたため、国際法上の問題の幾分かは解消された。また、彼らには「十二使徒」というニックネームがつけられた。
副領事にもかかわらず十二使徒たちはフランス領モロッコおよびアルジェリアの現地駐在領事の外で活動した。現地駐在領事たちは彼らの真の役割や任務について知らされておらず、彼らがそれを知ったのは米軍の侵攻からだいぶ経過して後のことであった。
今回は、副領事たる十二使徒たちの活動とその意義について述べたい。
活動を開始した十二使徒
マーフィー・ウェイガン協定の一部であるフランス領北アフリカへの積荷輸送は協定通りには始まらなかった。十二使徒たちは積荷検査を開始するためにできるかぎり迅速に到着する必要があったが、政府の官僚主義がその妨害となったのだ。また、綿密な準備を行う余裕がなかったため、時間との競争でもあった。
副領事の最初のグループがアルジェリアに到着したのは、1941年6月10日のことであり、残りが到着したのはその年の7月になってからであった。
十二使徒たちは到着後ただちに活動を開始した。地図を入手し、より詳細な地理情報を得るために予想戦場の地図を製作し、沿岸を測量し、現地在住フランス人やアラブ人の感情を調査した。もちろん、副領事の本来任務である積荷の監視も行い、事務所を頻繁に不在にしている理由を上司である領事に説明するために、もっともらしい話をでっち上げたりもした。
十二使徒たちは確かに諜報に関する訓練をたいして受けていなかったが、みな志願して活動に参加しておりやる気は高かった。彼らが平時に就いていた本業の性格にも原因があるのであろう、諜報に関する訓練の欠如にもかかわらず、十二使徒たちは迅速に各自の環境に適応し、必要な情報を入手することができた。
副領事というカバーにまんまと欺かれたゲシュタポ
副領事は、カサブランカ、サフィー、オラン、アルジェ、ビゼルトおよびチュニスといったフランス領北アフリカのあらゆる地域に置かれた。いずれも、表面上は各地の領事の下で活動しており、領事たちも十二使徒たちの真の活動については知らされていなかった。
十二使徒たちは、「副領事」という肩書を隠れ蓑にして、ドイツ・イタリア休戦監視委員会に関する情報を収集し、フランス艦隊の移動状況を報告し、フランス人植民地主義者および現地住民両方にいる反ヴィシー政権派と接触を試みた。
フランス領北アフリカに所在するゲシュタポやドイツ・イタリア休戦監視委員会も十二使徒たちが副領事という表の肩書の裏で展開していた諜報活動を把握することができなかった。インテリジェンスの専門用語に、「カバー」という用語がある。カバーとは、諜報員であることを隠すために諜報員に対して与えられる擬装用の肩書・経歴のことである。このケースでは、副領事というカバーが効果的であったのだ。
ゲシュタポはカバーに騙され、副領事たちにあまり注意をはらっていなかった。このことを象徴するかのように次のような文章が、ナチスドイツの報告書にみられる。
「副領事たちのあらゆる考えが、社交的、性的、美食的関心に集中しているので、とるに足らないような些細な口論や嫉妬が副領事たちにとっての日々の事件である。副領事たちは、アメリカ合衆国と呼ばれている野蛮な寄せ集め集団の人種と特徴とを完全に象徴しており、彼らを観察した人間は誰もが米国で蔓延しているに違いない精神状態と移り気とを十分に考えることができる」
「勇気の欠如と民主制という堕落が彼らの間で蔓延している。それは、彼らの安楽な生活、腐敗したモラル、その結果としてのエネルギーの欠如から生じたものである」
「彼らは、方法、組織、規律に全く欠けている。・・・[中略]・・・われわれは、われわれに対してトラブルを生じさせないであろうこの敵国エージェント集団の選択に対し自ら喜ぶだけである」
(出典:リチャード・ハリス・スミス『OSS 米国最初の中央情報機関秘史』、原題:Richard Harris Smith. OSS: the Secret History of America's First Central Intelligence Agency. Berkeley: University of California Press, 1972)。
副領事たちが「社交的、性的、美食」にうつつを抜かしているというのは面白い。というのも、任務の性格にもよるが、社交生活というのは、諜報員にとって偽装のための重要手段であるからだ。諜報員にとって人付きあいが良いというのは絶対的な資産である。また、飲酒や食事は人間を饒舌にさせる。副領事たちが社交と美食に励んでいたことは、報告書にあるような「腐敗したモラル」の象徴ではなく情報収集という任務を達成する一手段であったのだ。
上記引用のナチスドイツの報告書は、文化的偏見に満ちた文章であるといえるが、ナチスドイツは誤っていた。現地着任から数週間以内のうちに、マーフィーのアマチュア諜報員たちは、フランス領北アフリカにおけるあらゆる重要な政治的・軍事的な展開に関する有益な報告書をワシントンに向けて大量に送付したのである。
十二使徒たちの現地着任から約六カ月後に起きた日本の真珠湾攻撃が米国を大戦に引き込んだ後、これらの情報は米国の戦略計画策定のために不可欠のものとなった。
十二使徒たちの活動の意味
十二使徒たちが果たした役割の重要性は、米国が大戦に参戦する以前に彼らが収集しワシントンに送付した情報が示している。
OSSの資料によれば、十二使徒たちがアドヴァンス・フォース・オペレーション支援のために達成したことは信じられないほど大きなものであった。すなわち、素人諜報員である十二使徒たちは、大統領が軍事的活動に正式に承認を与えるはるか以前に、フランス領北アフリカに駐留する軍隊に関するあらゆるオペレーショナル・レヴェルの情報を収集していたのである。
また、十二使徒たちの活動により、トーチ作戦で実際と戦場になった地域の住民感情や地誌などが明確になったため、米国が同地域に軍隊を送る決定をした際に米軍の活動がスムーズにいった。すなわち、十二使徒たちは、トーチ作戦が開始されるはるか以前から戦場を準備していたのである。
次回からは、OSSの創設過程について考察することとする。
(以下次号)
(ちょうなん・まさよし)
関連ページ
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