ウィロビーを悩ませたドイツ出自
さて前回の連載では、ドイツ人の父とアメリカ人の母との間に
ドイツのハイデルベルクで生まれ、大学卒業までドイツに居た
ウィロビーが、ポール・ニッツエのような大物外交官からも
「ウィロビー(Willoughby)は、ヴィッツレーベン(Witzleben)
大佐と名乗っており、自身の名をウィロビーに改名した。
ウィロビーは第一次世界大戦の間、ドイツ側について戦った」と
認識されるなど、周囲から猜疑心を持った眼で見られていたことを
説明した。さらに、ウィロビーは、貴族的な流儀で他人を見下して
いるような印象を周囲に与えていたため、同僚からも裏で
「チャールズ卿」として呼ばれていた。
このようなウィロビーの一風変わったバックグラウンドは、
トルーマン大統領のお抱え医師ウォーレス・グラハムをも混乱させ
ている。グラハムは、ウェーク島会談の際、マッカーサー、
ウィロビーおよびトルーマンの三者会談を目撃していた。
グラハムは、トルーマン大統領が会見場を護衛する部隊を最初に
閲兵した後のことをインタビューの際に以下のように述べている。
「それから彼[トルーマン大統領]はマッカーサー将軍および
マッカーサーのG2すなわち情報将校と話した。マッカーサーの
情報将校はドイツ風の名前を持った人物で、自身の名前をウィロビーと
改名していた・・・いや違った、別の名前だった。」
ウィロビーの家系をめぐる混乱は、ウィロビーのキャリアを通じて
ウィロビーを悩ませると共に、ウィロビーが意図的にプロシア人の
ような態度をとっているという印象を多くの人に与える結果となった。
たとえば、ジャーナリストのフランク・クラックホーンは1952年に
次のように書いている。
「彼[ウィロビー]は、常に粋でカスタムメイドされた制服を好み、
片眼鏡を時々身に着けていた。」
クラックホーンによれば、ウィロビーの旧敵である日本人も
ウィロビーのユニークな人間性を目にしていたはずであるという。
クラックホーンは以下のように述べている。
「かつて東京で彼[ウィロビー]と働いたことのある並はずれて率直な
日本人は、彼について雄牛のようにがっしりとして強情なドイツ系
アメリカ人将校であったと述べている。彼は鋭く切れる頭をもって
おり、突然かんしゃく玉を破裂させることもある神経質な人でも
あった。」
ウィロビーの人物像について上記のように書いたクラックホーンは、
ウィロビーの人間性に関する自身の評価を次の一言で結論づけている。
「われらのユンカー将軍。」(訳者註:ユンカーとはプロイセンを
中心とした東部ドイツの地主貴族のこと)
外見から生じるこのような印象に加えて、ウィロビーのスピーチは
1920年代中頃までかなりドイツ風のアクセントが強かった。
ウィロビーがこのような印象を意図的に築き上げたか、あるいはただ
単に他人による偏見の犠牲者であったか否かはひとまず置いておく
にしても、ウィロビーのユニークなバックグラウンドが彼のキャリアに
大きな影響を与えていたことは確実であるといえる。
では、ウィロビーの経歴や受けた教育が朝鮮戦争における
ウィロビーの対中認識や情報分析にどのような影響を与えたのか、
という問題を考えるために、次回からやや詳しく朝鮮戦争勃発までの
ウィロビーの経歴を見ていくことにしてみたい。
(以下次号)
(長南政義)
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