「ひゅうが」型護衛艦運用史(1)

今週から海上自衛隊「ひゅうが型」の「ひゅうが」と「いせ」が配備された護衛隊や、各種訓練、災害派遣での活動などについてご紹介します。

わが国初の全通甲板を有するヘリコプター搭載型護衛艦である「ひゅうが」は、2009年3月19日に就航し、第1護衛隊群第1護衛隊に編入、横須賀に配備されました。初めて「ひゅうが」を目にしたとき、あまりの巨大さにほかの護衛艦が驚くほど小さく見えて圧倒されたことを憶えています。

「ひゅうが」が最初に参加した大きな訓練は、同年9月5日に行なわれた神奈川県、横浜市、横浜海上保安部、陸・海自の5機関合同防災訓練です。
「大地震が発生し横浜市内のヘリポートは使用不可、代替として『ひゅうが』を活用する」という想定で、全通のヘリコプター甲板をもつ「ひゅうが」を臨時ヘリポートとしました。防災ヘリや陸自ヘリ、そして海自ヘリが「ひゅうが」にタッチ&ゴーを繰り返す、まさに「ひゅうが」が主役の防災訓練となりました。
同年10月には海上自衛隊観艦式に受閲艦艇として初参加。翌月には米海軍との2国間演習(平成21年度海上自衛隊演習)に参加しました。

2011年3月11日、東日本大震災発生時の「ひゅうが」は年次検査中でしたが、急きょ切り上げ、物資輸送および被災者の入浴支援のため16日には横須賀を出港、三陸海岸沖へ向かいました。
搭載ヘリSH-60K、4機と合わせて行方不明者の捜索・救助を行なうとともに、高い指揮通信能力を活かし、同一海域で行動する他の艦艇の指揮中枢としてその指揮機能を発揮しました。
また、全通ヘリコプター甲板を全幅活用し、陸・海・空自および米海軍が実施する人員・物資輸送の洋上中継基地としても活躍。発災直後から活動に参加した米軍との連携では、日米間のさまざまな調整における中核的役割を果たし、米軍による「トモダチ作戦」の円滑な実施に寄与しました。さらに被災地域の住民に対し、歯科治療をはじめとする医療支援、入浴支援といった多様なニーズにも柔軟に対応しました。
震災の被害が甚大だったことで、皮肉にも平時から有事までの多様な事態に対応可能な多機能性を有する「ひゅうが」の能力が遺憾なく発揮され、証明されることとなったのです。

2013年6月には米国カリフォルニア州キャンプ・ペンデルトンおよびサンクレメンテ島にて実施される米軍の統合訓練「ドーン・ブリッツ13」に参加。陸海空3自衛隊が初めて参加する訓練で、「ひゅうが」に米海兵隊のオスプレイ、MV-22が着艦したことも注目されました(同機が日本艦艇へ着艦するのはこれが初めてでした)。ほかには護衛艦「あたご」、輸送艦「しもきた」、陸上自衛隊からは西部方面普通科連隊をはじめ、AH-64D対戦車ヘリコプター、CH-47JA輸送ヘリコプターを含めた西部方面隊の各部隊、航空自衛隊からは航空総隊が参加しました。

(つづく)