ヤーコブ・カッツ(著)、茂木作太郎(訳)『シリア原子炉を破壊せよ』

10年以上、秘密のベールに包まれていた、イスラエルによる「シリア原子炉攻撃の真実」がついに明らかになり、現代史の穴の1つが埋まりました。

 

こんにちは。エンリケです。

 

このページでは、ヤーコブ・カッツ(著)、茂木作太郎(訳)の『シリア原子炉を破壊せよ』 を紹介しています。

 

 

初めて明かされる「アルキバール原子炉空爆」

 

こんかいご紹介する『シリア原子炉を破壊せよ』が伝えるのは、単なる「シリア原子炉攻撃」だけにとどまりません。現代の中東情勢をつかむうえで重大な意味を持つこの事件を知ることを通じ、あなたは、いまの世界に潜む「重大なリスク(危険)」を目の当たりにすることになるでしょう。

 

はじめに(一部)

 

 2007年9月6日朝、私はイスラエルの軍事担当の記者数人と、ある衛生科司令官(准将)のブリーフィングを受けるため、イスラエル中部にあるイスラエル国防軍(IDF)の基地に招かれていた。
  司令官は衛生技術の進歩と前年のレバノン侵攻から学んだ戦訓をどう活用しているかについて説明した。
  その時、謎の事件が発生したとして私たちの携帯電話が鳴り始めた。シリア政府の報道機関、SANA(シリア・アラブ通信社)が、シリアの防空システムがイスラエル軍機を駆逐したと短い発表をしたという。
  私たちは何が起きたのか説明するよう司令官に迫った。司令官は、もしそれがイスラエル軍機なら、おそらく作戦は重要なものだっただろうと口ごもりながら答えた。
  それから何日か過ぎ、この夜に起きたことの真相が語られるようになると、私たちは欺かれたことを知った。IDFの広報部は私たち記者を衛生科のような後方部隊のブリーフィングへ行くよう意図的に仕組んだのである。すべてはシリア北東部で何が起きたか、記者の目をそらすために……。
  これ以降、私はこの事件の虜になった。数年かけて細部が明らかになるにつれ、この事件はイスラエルだけではなく全世界にとって非常に重要なものであることを確信した。イスラエル情報機関による原子炉の発見、アメリカ政府への情報提供、長引く閣議と首相の決断、イスラエル軍機の鮮やかな攻撃、世界の目を欺く欺瞞工作……等々、冒険映画に必要な素材はすべて揃っていた。(ヤーコブ・カッツ)

 

本著に描かれているシリア原子炉空爆(2007年9月6日)について、イスラエル政府が公式に認めたのは10年以上たった2018年3月でした。なぜ10年以上たって認めたのか?

 

以前本書を紹介された上田さんも、本著の解説で菅原出さんもおっしゃってますが、理由は「イランに対する警告」です。

 

国を守るとはどういうことか?国を守るために直面せねばならぬリスクをいかに乗り越えるか?の実際を「すぐ隣の敵国に核技術が渡る」という危機に直面したイスラエル指導部の動きを通して追体験できる。国家の危機に立ち向かった力強い政治と軍事の記録です。

 

イスラエル、米、シリア、イラン、北鮮にかかわる出来事や人物紹介などが、著者の筆力と相まって面白く読めます。

 

 

シリア原子炉攻撃に関するモヤモヤが、、

 

あなたもこれまで、諜報・インテリジェンスよみもの、国際政治裏面史よみもの、軍事史よみものを数々読んでこられたのではないでしょうか?

 

いまの中東状況の核心がイスラエルとイランの対立関係にあることもあなたはご存じでしょう。

 

そして、北鮮が中東の核拡散に深くかかわっているということも、、、

 

 

20年にわたるメルマガ発行を通じて、いろいろな情報と接してきました。ただ、今回ご紹介する「アルキバール原子炉空爆」については、当時、リアルタイムで状況を見てきた経験(正確に言えば乱れ飛んだうわさやデマに振り回されたw)もあり、特別な感慨をもって読ませていただきました。

 

イスラエルは2007年に実施したこの作戦を「10年」以上秘匿しました。はじめて公式に認めたのは、なんと2018年なんですね。

 

公開時の思いは「やはりな」でしたが、この本を読んで、あの作戦がどれだけ綿密に計画・準備・実施・アフターフォローされ、オルメルト首相以下、イスラエルの各級リーダーが米との関係をはじめ、いかなる苦悩を抱え、それをいかに乗り越えてこの作戦にあたったか?が身に迫るように伝わってきました。

 

 

イスラエルはなぜ、シリア原子炉を空爆したのか?
イスラエルはなぜ、10年以上たってから公式に攻撃を認めたのか?
イスラエルはなぜ、「戦略認識ギャップ」を異にした米との関係を悪化させるリスクを背負ってまで単独攻撃に踏み切ったのか?

 

などなど、持っていた疑問も、この本を読んでほぼすべて解消されました。

 

 

1981年6月7日、イラクにあったオシラク原子炉を、イスラエル空軍が空爆で破壊した。
2007年9月6日、シリアにあったアルキバール原子炉を、イスラエル空軍が空爆で破壊した。

 

両者は同じような事件に見えますが、実は根本的に意味合いが違っています。その答えが本著を読めばわかります。

 

 

著者について

 

著者のヤーコブ・カッツさんは、イスラエルのジャーナリストです。

 

ヤーコブ・カッツ(Yaakov Katz)
日刊英字新聞『エルサレム・ポスト』紙編集主幹。シカゴ出身。イスラエル経済相とディアスポラ(海外在住ユダヤ人)担当相の上席政策顧問、ハーバード大学の講師を務める。2013年ハーバード大学ニーマン・ジャーナリズム財団で研究。現在エルサレムで妻のハヤと4人の子供と暮らす。共著書に『Weapon Wizards(兵器の天才)』と『Israel vs. Iran』がある。

 

イスラエルとアメリカの政策コミュニティに広いネットワークを持つ方ということです。優れた取材力を通して明らかになった情報を、優れたサスペンスよみもののごとく描写し、「アルキバール空爆」の実相を明らかにした著者の力は高く評価されていいでしょう。そのためか、米アマゾンでの評価も非常に高いです。

 

訳者は、おなじみの茂木さんです。「正確で」「こなれた」「スッと入ってくる」「ちょっと垢ぬけた」文体が好きです。

 

茂木作太郎(もぎ・さくたろう)
1970年東京都生まれ、千葉県育ち。17歳で渡米し、サウスカロライナ州立シタデル大学を卒業。海上自衛隊、スターバックスコーヒー、アップルコンピュータ勤務などを経て翻訳者。訳書に『F-14トップガンデイズ』『スペツナズ』『米陸軍レンジャー』『欧州対テロ部隊』『SAS英特殊部隊』(並木書房)がある。

 

 

 

本著の概要とポイントをご案内します

 

ではこの「10年を超える秘密のベールをはいだインテリジェンスブック」の中身を見ていきましょう。

 

 

目 次

 

 

はじめに 2
第1章 秘匿された原子炉攻撃 5
第2章 「シリア核科学者」急襲作戦 20
第3章 同じ間違いはできない 47
第4章 「原子炉攻撃」再び 79
第5章 時計の針は進む 110
第6章 オルメルトの戦い 137
第7章 攻撃のとき 158
第8章 アサドは何を考えるか? 188
第9章 開戦の準備 212
第10章 モサド・CIAの秘密作戦 231
第11章 イラン危機を見据えて 251
脚 注 273
訳者あとがき 280
解説 イスラエル諜報史上に残る極秘作戦(国際政治アナリスト 菅原 出)

 

 

----------------------

 

 

 

なぜイスラエルは単独で攻撃に踏み切ったか?

 

この本は、2019年5月にセント・マーチンズ・プレス社から刊行された『シャドー・ストライク(Shadow Strike)』の邦訳です。

 

核拡散という危機に直面し、それに立ち向かった指導者がいかなる対処をとったか? の記録であります。

 

当時、ブッシュ大統領の米は「軍事作戦ではイスラエルを支援せず、情報面でのみ協力する。ただしイスラエルの行動を邪魔しない」との結論に達しました。米の攻撃を望んでいたイスラエルでしたが、この結論を受けて単独行動に舵を切ったのです。

 

2007年9月6日深夜に行われたシリア原子炉空爆のすべてを、イスラエルと米、2つの目から初めて明らかにした、軍事作戦の解説というよりは、政策決定の内幕を描いたインテリジェンスノンフィクションです。中東地域で次に何が起こるのか?の概略、ものがたりが描かれた本でもあります。

 

●当時、イラク戦で批判を浴びていた米ブッシュ大統領がシリアの核に対し強硬な手段が取れず、イスラエルが単独で空爆するに至った経緯
●イスラエルが、米との同盟関係、主要諸国との外交関係をいかに維持しながら攻撃を実施したか?

 

を余すところなく描いている点が特に注目されます。

 

また、ある国家が、実在する脅威をいかに無力化したか?の台本としての価値があるだけでなく、いまのイスラエルにとって最大の脅威がイランであり、中東状況の軸はここにあること、中東状況への米の影響力は大きいが、イスラエルは「米の消極的な態度はイランでも変わらない」と見ているフシがあることに気づく本です。

 

さてここで、全編の通奏低音として流れる「ベギン・ドクトリン」を紹介しましょう。

 

「イスラエルは敵が大量破壊兵器を開発し、それを自分たちに向けることを許さない。その時は先制攻撃で脅威を排除する」

 

オシラク原子炉空爆(1981年6月7日)当時の首相、メナヘム・ベギンのことばです。

 

もしこれがいまも生きているなら、イスラエルはイランの核開発が、「あるレベル」に達した段階で、イラン核施設への攻撃を真剣に検討せざるを得なくなります。その際は、核攻撃をする可能性が高いと思われます。

 

 

その他読みどころとしては、

 

・イスラエルのモサドやアマンの関係者が多数登場する
・軍人出身者がほとんどのイスラエル首相や政治家の話が面白い
・ホワイトハウスやイスラエル政府の「中の声」が多数出てくる
・北鮮をめぐるヤバい情報がたくさん出てくるので、北鮮への危険認識レベルが改まり、わが安保状況を見るうえで、これまでとは違った視座が生まれる。
・核拡散の舞台となっているイランと北鮮とシリアのかかわりが細かに描かれている。

 

などがあげられるでしょう。

 

 

イスラエルが置かれている戦略環境は我が国と同じではありませんが、かの国を取り巻く脅威状況は我が国と似ている。と強く感じました。

 

 

重要な指摘

 

特に次の3点が勉強になりました。

 

〇北鮮が行っている「核拡散」の実像がよく見えるようになった。

  • シリアと北鮮はミサイル協同開発だけでなく、核の協同開発もしていた。
  • シリアは北鮮と組んで国内に秘密に原子炉を作っていた
  • 北鮮による核拡散は、世界規模の戦略的悪夢。
  • 破壊されたアルキバール原子炉は、北鮮の寧辺原子炉とほぼ同じ形だった。
  • シリア核開発を支援したのは北鮮とパキスタン
  • 北鮮・イラン・シリアのあいだには軍事協力関係が存在する

 

〇中東状況把握のキモの一つはシリアとイランの関係だとよくわかった

  • イスラエルにとってヒズボラ(イランが支援。在レバノン)がどれだけ重大な脅威か?

 

〇米の国益が他国と一致する確率は相当低いという現実

  • 「アメリカの国益はイスラエルの国益と一致しない」(イヴリー元IAF司令官)
  • シリア原子炉空爆に対して米が下した結論に、オルメルト・イスラエル首相は強い反応を示した。
  • 安全保障に関して「国際社会」など存在しない
  • 米と対等に渡り合って、国家存立の核の部分に対処する国イスラエル

 

それだけではありません。

 

  • 最も重要なのは「国家意思決定のプロセス」であり、国の動きを理解するには可能な限りここを明らかにすることが不可欠
  • 報道の論調の推移とそれが国家意思決定に与える影響
  • ウィーンはインテリジェンス工作の舞台。IAEA本部があり、IAEAに対する各種工作が展開されている。
  • 否認ゾーンという構想。
  • 学者の論文は、時とともに主張の核が変わることがある。

 

といったことも興味深かったです。

 

 

こんなことも感じました。

 

米は口先だけで行動できなかった。シリアに対して行動できなかったアメリカが、なぜ北鮮に軍事力を行使できる?そのうえシリア原子炉空爆後、米は北鮮に対し制裁を課すとみられたが何もしなかった。このときから、北鮮は米を完全に舐めてかかるようになったのではないか?

 

  • おそらくイスラエルはイランについても、対シリア、北鮮と同じ対応を米はとると見ている。イスラエルは間違いなく、ありとあらゆる形のイラン攻撃計画を持っているはず。
  • 戦略的、歴史的に見て正しい決断は、同時代に受け入れられることはまずない。
  • 本著には「具体的で迫力あるインテリジェンス的なものの見方」がここかしこにある
  • わが国は、中共・露・北鮮の核・ミサイルの直接の脅威下にある。本著に描かれている内容を対岸の火事としてではなく他山の石として学ぶ必要がある。イスラエル指導部の苦悩は、わが指導部の苦悩でもある。
  • わが国とイスラエルの、隣国に原子炉ができることに対する危機感のあまりの違い。中共や北鮮の核実験は、イスラエル周辺ではまず起きえなかった出来事では?
  • イスラエル軍事史や情報史を事典・辞書代わりに読むと、より理解が深まる。
  • 敵の反応だけは最後の最後まで分からなかった、との記述に、現実、現場の作戦は常に「一寸先は闇」の中で行われることを再痛感。
  • 危機への対処より自らの政治生命を優先する傾向を持つ政治家という存在。
  • 戦争オプションを選択することの重み、指導者の不安と苦悩が痛いほど伝わってくる

 

 

こんなことを思うようになっています。

 

イラン核武装の野望にはイスラエルによる核攻撃という具体的危険が伴う。中東で核戦争が起きた場合、わが石油等資源輸入はどうなるか?このことへのオプションを、国家レベルから個人レベルまで準備しておく必要があろう。

 

ヒズボラがイラン系だということは知っていたが、ガザ地区のハマスとともに、イスラエルにとってここまで深刻な存在になっているとは知らなかった。中東情勢の火種として注視しなければならないことを意味している。

 

現在の中東情勢のキモはイスラエルとイランの対立構造にあり、善悪観念を情勢判断に挟み込むことなく、諸情勢を見て判断する必要をあらためて意識しました。

 

中東でいったん戦火が開くと、わが国にも火の粉は飛ぶ。中東事情への注視を怠ってはいけません。
その意味から、ホルムズ海峡周辺で情報収集にあたっている海自派遣部隊の意義は国内でとらえられている以上に、国家にとって大きな意義があります。

 

そういったことが見えてくる「ポイント満載」のこの本は手放せない。

 

 

さいごに

 

 

本著には、<イスラエルは孤立している>という言葉が出てきます。
「だから自立しなきゃいけない」「単独で行動しなければならない」というニュアンスで使われているのですが、

 

この言葉を読んだとき
「わが国も同じじゃないか」
と思わず叫びました。

 

文明的、文化歴史的に見て我が国は、イスラエル以上にこの世で唯一の存在と言って過言ではありません。
人工な唯一じゃなくて、自然な唯一だから、逆に危険なのです。

 

だから自立を図るためのありとあらゆるギリギリの努力を、
イスラエル以上に積み重ねてゆかねばならないはずです。

 

では何をすれば?
ですが、

 

おうおうにして戦後日本人は、

 

強力な情報機関
精鋭の軍

 

 

といった「目に見えるもの」を求めがちです。

 

イスラエルから学ぶべきものとしても、
上の二つを挙げがちです。

 

でも私はそう思いません。

 

かの国から学ぶべきは、

 

「何が何でも生き残る」

 

という国家国民の強い意志

 

ではないでしょうか?

 

 

それがなければ、

 

いくら強力な情報機関があろうと、いくら精鋭の軍があろうと、
国は保てないはずです。

 

本著には、イスラエル各級エリートたちの

 

「国を守る」

 

意思が全編通してあふれこぼれんばかりです。

 

知られざる作戦史、インテリジェンス史、国際政治裏面史を楽しんで
ほしいのはもちろんですが、国を守る気概にあふれた指導者たちの
姿と思考・苦悩を乗り越える強さをこそ深く汲み取ってほしい。

 

いまのわがエリートでなく、次代のエリートを供給する源となるあなたに読んでほしいのはそのためです。

 

オススメです。ぜひご一読を。

 

ご紹介したのは、

 

シリア原子炉を破壊せよ─イスラエル極秘作戦の内幕

ヤーコブ カッツ (著), 茂木 作太郎 (翻訳)

発売日 : 2020/4/16

単行本(ソフトカバー) : 288ページ

出版社 : 並木書房

 

 

 

でした。

 

 

 

エンリケ

 

エンリケ
メールマガジン軍事情報発行人。2000年10月の創刊以降、一貫して軍事・自衛隊・インテリジェンス理解に資する情報を無料メルマガで提供中。メルマガ連載から出版に至った本は12冊。配信した連載の数はこれまでで25個を超える。寄稿者は数えきれず。軍事啓蒙業界のブレイクスルーが夢。趣味は読書。分野を問わず毎日本を読み続けている。

 

10年以上秘密のベールに包まれていた、
イスラエルによる「シリア原子炉攻撃の真実」を知りたい方は、
以下ボタンをクリックしてください。

 

 

 

追伸

 

この本で、

 

10年以上、秘密のベールに包まれていた、イスラエルによる「シリア原子炉攻撃の真実」
日本国内では手に入らない中東情勢のキモ
北鮮が中東で行ってきた核拡散の真実

 

をぜひ手に入れてください


シリア原子炉を破壊せよ─イスラエル極秘作戦の内幕
ヤーコブ・カッツ(著) 、茂木作太郎(訳)