潜水医学実験隊(4)

前回は潜水医学実験隊の飽和潜水員たちの訓練
の様子をご紹介しました。今回は、飽和潜水員
になるまでの課程からご案内します。
飽和潜水員になるには、最初に潜水員適性
健康診断にパスする必要がありますが、この
応募資格がかなり厳格です。まず身長 158cm
以上 190cm以下、視力は両眼とも裸眼で0.3
(矯正視力1.0)以上、肺活量3500ml以上、
握力左右とも35kg以上といった身体的条件を
満たしている必要があります。
なおかつ、 25m潜水したまま泳ぐ、 400mを
10分以内に泳ぐ、 45mを途中 4回までの息継ぎ
で潜水したまま泳ぐ、水深 3mから 5kgの錘を
水面まで持ち上げる、足ヒレを使用し背泳ぎ
の態勢を取り胸に 5kgの錘を乗せて水面を
25m運搬するなど、さまざまな水中能力検定を
クリアしなければなりません。
さらに耐圧検査を経て、合格するとスクーバ
課程(7週)、次に潜水課程と進み(幹部16週、
曹士14週)、そこから進路が飽和潜水課程と
水中処分課程に分かれます。そうしてようやく
飽和潜水員になるための専門の教育課程に
進むのです。飽和潜水課程(15週)が行われる
場所は、唯一飽和潜水のための設備が整って
いる潜水医学実験隊となります。
ちなみにもう一方の水中処分課程(12週)に
進んだ隊員は、海中の不発弾や機雷処理を行う
EOD(水中処分員)になるための教育を受けます。
こちらも高い技術と身体能力、そして勇気が
必要とされる、大変な仕事です。
ところで部隊名に「実験隊」とあるように、
潜水医学に関する調査研究も、重要な任務の
ひとつです。ですからこの部隊の司令は防衛
医大出身の医官で、隊員の中にも潜水医官が
います。潜水医官のひとりから聞いた話は
非常に興味深いものでした。
「潜水は医学的な要素との関わりが大変強く、
飽和潜水となると特に気が張ります。シミュ
レーターでの飽和潜水訓練で考えると、目の前
にあるDDC(船上減圧室)の中に潜水員がいるわけ
ですが、減圧があるからそこから出てくるまで
には3週間かかる。時間的に見れば地上で最も
遠いところにいる、人工衛星よりも遠い感覚で
す。もし何かあっても簡単に治療ができない、
だから彼らには自分自身での健康管理も必要
とされます」。
確かに、飽和潜水を行う DDCの中にいる隊員が
体調を崩しても、 DDCの外の医官は直接処置
することができません。「目の前に隊員がいる
のに地上で最も遠いところにいる」という言葉が、
重く感じられました。
敷地内には高気圧酸素治療を行うチャンバーが
あり、突発性難聴や減圧症などの治療に対応
しています。まれに、一般の病院で処置できない
患者が運ばれてくることもあり、自殺未遂を
計った一酸化炭素中毒の患者が来たこともあった
とか。血中の酸素濃度を高めるには、高気圧
酸素治療が効果的なのだそうです。腸閉塞にも
有効だとか。さらにおまけに、二日酔いにも効くとか。
次回は、飽和潜水を行うと潜水員の身体に
どのような変化が生じるのかをご紹介します。
(以下次号)
(わたなべ・ようこ)
(2014年7月31日配信)