潜水医学実験隊(1)

今年5月24日、海上自衛隊潜水医学実験隊の
訓練水槽で2尉が死亡、救出に向かった海曹長
も意識不明となり、6月19日に亡くなりました。
死因は調査中とのことですが、以前この部隊を
取材したことのある私にとって、この事故は
大きな衝撃でした。潜水医学実験隊の隊員たち
が水深約11mの水槽を自在に上下する姿は
まるで魚で、この人たちは水の中のほうが生き生きと
して見えると思ったのを、昨日のことのように覚えています。
亡くなった2尉が47歳というということは、あくまでも
推測ですが、優秀な潜水士であったゆえに海曹から
幹部への道が開けたのではと思います。
海曹長(おそらく先任伍長のはず)については
潜水医学実験隊を具現したような存在ですから、
その実力は言うまでもありません。実際、2尉は1996年、
海曹長は1984年に潜水士の資格を取得しています。
そんなベテランの潜水士をなぜ、日頃から行っていた
であろう作業(訓練に使うブイのロープを水槽の底に固定)
でふたりも失うことになったのか。事故の原因究明を待つととも
に、これを機に一般にあまり知られていない
潜水医学実験隊について、私の知る範囲でご紹介したい
と思います。
潜水医学実験隊は神奈川県横須賀市にあり、2013年1月、
横須賀病院教育部と共に神奈川県横須賀市田浦区に合同
で移転しました。
潜水艦や潜水業務の発展のための調査・研究、そして
飽和潜水要員や潜水医学の教育・訓練などを行う部隊
ですが、それだけでは漠然としていてよくわかりません。
そもそも飽和潜水というのも聞き慣れない言葉です。
けれどこの飽和潜水こそ、潜水医学実験隊を象徴する
ものであり、この部隊の凄味を見せつけられるもの。
そして、自衛隊にとっては必須の潜水方法でもあります。
通常、人間の体は大気圧(1気圧)で空気(環境ガスとも
言います)を呼吸しています。それが潜水することで加圧
されると、空気中に含まれている窒素などの不活性ガスが
呼吸を通じて体内組織に溶解していきます。そしてある深度
にそのまま滞在し続けると、それ以上は不活性ガスが
溶け込まない、つまり飽和状態となります。この状態を利用
して潜水するのが飽和潜水です。
通常、深く潜ろうとすればするほど、減圧に要する時間は
必然的に長くなります。たとえば水深90m(10気圧)で40分
作業をした場合、浮上には約6時間半もの時間をかけなくては
いけません。そうしなければ体内で溶けていた不活性ガス
が気化して気泡となり血管を閉塞、減圧症となる恐れがあります。
とはいえ、同じ場所に潜るたびにその何倍もの時間をかけて
減圧を行うとなると、潜水効率(海中で作業できる時間を
減圧時間も含めた全潜水時間で割った数値)が悪すぎて、
とても任務に実用的とはいえません。そこで登場するのが
飽和潜水です。
体がいったん飽和状態に達すれば、その後どれだけ
長時間海底に滞在しようと、体内に溶け込んでいる
不活性ガスの量がそれ以上増えることはないので、
減圧時間は変わりません。これが飽和潜水の最大の
利点です。より深い深度での潜水作業が長時間可能と
なるだけでなく、大気圧復帰の減圧が一度で済むので
通常の潜水より潜水効率もよくなります。
この長所を生かし、自衛隊では潜水艦救難、航空救難、
遺失物の観察撮影、捜索、揚収などで飽和潜水を活用
しています。
民間では海底油田の採掘などにこの潜水方法が用いら
れていますが、大がかりな装置や多数の人員を必要と
するため、かなり特殊で専門的なスタイルの潜水といえます。
では飽和潜水がどのように行われるのか、それは次週に。
(以下次号)
(わたなべ・ようこ)
(2014年7月10日配信)
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