海上自衛隊幹部候補生学校(4)

2021年最初のメルマガも、海上自衛隊幹部候補生学校の続きです。
旧帝国海軍の伝統を色濃く残す海上自衛隊幹部候補生学校には、トリビア的なネタが山ほどあります。ここではそのほんの一部をご紹介しましょう。
●五省
至誠に悖るなかりしか (真心に反する点はなかったか)
言行に恥ずるなかりしか(言行不一致な点はなかったか)
気力に欠くるなかりしか(精神力は十分であったか)
努力に憾みなかりしか (十分に努力をしたか)
不精に亘るなかりしか (最後まで十分に取り組んだか)
五省は昭和7年に当時の海軍兵学校長、松下元少将が創始したもの。松下校長は、兵学校生徒が日々の各自の行為を反省し明日の修養に備えるよう、五か条の反省事項、いわゆる「五省」を考え出しました。
毎晩自習終了時刻の5分前に、当番生徒が「五省」の5項目を問いかけます。各生徒は姿勢を正し、瞑想しながら心の中でその問いに答え、今日1日を自省自戒するというものでした。
海上自衛隊幹部候補生学校でも海軍時代の伝統を受け継ぎ、学生たちは兵学校時代と同じスタイルで毎晩自習終了後、五省により自分を顧みて、日々の修養に励んでいます。
なお、敗戦後来日した米国海軍のウィリアム・マック海軍中将が「五省」に感銘を受け、アナポリスの海軍兵学校に持ち帰り、翻訳させて現在でも教育に利用しているといわれますが、真偽のほどは定かではありません。
●幹事付制度
「幹事付」とは候補生の兄貴役。幹事付A、幹事付Bと、毎年2名の幹事付が学生館の一室に机を構え、候補生たちの居住区全般と候補生そのものに目を光らせます。
一般的には「兄貴」より「赤鬼」「青鬼」の名称のほうがはるかに浸透しており、候補生からすれば、ただただひたすら怖くて恐ろしい存在。候補生たちにとって「超絶怖い」を人の形にすると幹事付になると言っても過言ではありません。幹事付は候補生とあれば年上だろうが容赦しないため、自分の父親ほどの年の候補生が涙を流すことすらあるといいます。候補生のプライドを粉々に打ち砕き、心をえぐり、散々落としたと思ったところでさらに落とす。これはきついです。家族ですら関係の希薄な家庭も珍しくない時代ですから、幹事付のような濃い存在に出会うと、候補生たちは一様にカルチャーショックを受けます。
幹事付制度は海軍時代からの伝統ですが、鬼教官役はあまりにハードワークなため、その任期は1年。鬼になりきるのは1年が限度なのです。罵倒しまくる方もつらいんですね。幹事付の罵声の裏には海よりも深い愛情があふれているのです。
●巡検
各建物の清掃状況や設備、人員の確認のため、毎日行われる点検のこと。このとき少しでも整理整頓に不備があれば、すかさずチェック&指導が入ります。コインが跳ね上がるほどシワひとつなくシーツが張られたベッドを作るため、候補生たちはシーツにアイロンをかけることすらあります。
●幹部候補生学校の表玄関
守衛所のある道路に面した門が幹部候補生学校の表玄関と思いがちですが、実は正式な表玄関は江田島湾内に突き出した浮き桟橋。こちらが「表桟橋」と呼ばれる、幹部候補生学校の正門です。卒業生は音楽隊の演奏が響くなか、ここから遠洋練習航海へ旅立って行きます。
●帽振れ
いわば船乗りのお約束。別れを惜しむとき、一斉にかぶっていた帽子を右手に持って左右に振ります。幹部候補生学校では職員が離任するときや卒業生が遠洋航海に旅立つ際に行なわれます。特に卒業生が表桟橋から遠洋航海に出発するとき、陸に残った幹事付の最後の号令、「帽振れー!」で一斉に船上から帽振れをする光景は絵になります。
余談ながら知り合いの幹部海上自衛官は、「甲板からの帽振れが十分でなかった場合、艦艇から引きずり降ろして江田島に残す」と言われたそうで、「絶対に、絶対に、江田島には戻りたくなかったから腕がちぎれんばかりに帽振れした」と言っていました。
●同期の桜
中庭中央西側にある桜は『同期の桜』のモデルになった桜との説も。ほかの桜と同じ品種なのに、この桜だけはなぜか葉が一回り大きいそうです。
(つづく)
(わたなべ・ようこ)
(令和三年(西暦2021年)1月7日配信)