海上自衛隊幹部候補生学校(1)

渡邉陽子さんのデビュー作

オリンピックと自衛隊

1964東京五輪は、自衛隊の支援なしに成功しなかった!
2020東京五輪も、自衛隊は同じ役割を求められることになる
知られざる自衛隊の苦難と栄光の歴史が、ここに明らかに!!
オリンピックに熱い思いを抱く、すべての人に捧げます。

自衛隊家族会発行「おやばと」、「隊友」160715号、 「月刊モデルグラフィックス」2016/8号「月刊丸」2016/8号160712「防人の道 NEXT」「歴史群像」8月号(学研)160701 桜林美佐の国防ニュース最前線、「月刊世界の艦船」2016/9号、160809 政治学者・岩田温の備忘録 で取り上げられました。





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海上自衛隊幹部候補生学校(1)

年間約600名の一般幹部候補生、幹部予定者、飛行幹部候補生などが教育を受け、3等海尉に任官して巣立って行く幹部候補生学校。
江田島はすべての幹部海上自衛官の原点であり、海軍の伝統、精神を受け継ぐ聖地でもあります。
「スマートで目先がきいて几帳面、負けじ魂、これぞ船乗り」。
このシーマンシップを未来の幹部に叩き込む幹部候補生学校では、どんな教育が行なわれているのでしょうか。
まずは約130年余りの歴史を振り返ってみます。

 

海軍兵学校は、明治2(1869)年に東京築地に海軍操練所として創設。
明治9(1876)年に海軍兵学校と改称され、明治21(1888)年、広島県の江田島に移転しました。
英国のダートマス、米国のアナポリスとともに世界三大海軍兵学校として称せられることになる海軍士官養成のための学校は、ここに新たな歴史を刻み始めました。

 

移転当初、生徒は表桟橋に係留された学習船「東京丸」で起居していましたが、明治26(1893)年に赤レンガの生徒館が完成。これが現在も「赤レンガ」の愛称で親しまれ、幹部候補生学校のトレードマークともいえる庁舎です。
以後、海軍兵学校は逐次拡充、整備され、昭和20(1945)年12月に閉校となるまで、57年間にわたって海軍士官養成の場としての歴史と伝統を築き上げました。

 

戦局が悪化の一報をたどっていた昭和20(1945)年3月には、呉空襲の際に海軍兵学校にも敵機が襲来、生徒3名が戦死。7月には江田島警泊中の「利根」と「大淀」が爆撃され、海軍兵学校も敵機襲来を受けています。
しかし赤レンガをはじめとする建造物は米軍の意図的なものかは不明ですが爆撃の被害を受けることなく、ほぼ無傷のまま終戦を迎えました。

 

終戦後は11年間、米・英連邦軍等が進駐、施設を使用しましたが、ほとんどの施設に手を加えず、あるがままの状態で使用しました。そのため、昭和31(1956)年に海上自衛隊が施設を引き継いだときは、庭の木1本にいたるまで、海軍兵学校の歴史と伝統がそのまま戻ってきたかのようだったそうです。
そして昭和32(1957)年には海上自衛隊幹部候補生学校が独立開校し、翌年には海上自衛隊第1術科学校が発足、現在にいたります。

 

海上自衛隊幹部自衛官にとって、「江田島」は特別の響きがあります。
つらく苦しく厳しい訓練や教務、苦楽をともにした仲間、張りつめた空気や美しい景色などが、「江田島」という言葉で一気によみがえるといいます。
卒業して間もない頃は「二度と足を踏み入れたくない場所」だそうですが、年月を経るとそれが望郷にも似た独特の感情に変化するのだそう。
それは海軍精神に根ざした幹部自衛官としての素養を身に付けるための修練が、いかに厳しいと同時にいかに充実したものであるかの証であるとともに、厳然とした有形無形の海軍の伝統が「江田島」に息づいているからなのでしょう。

 

 

(つづく)

 

 

(わたなべ・ようこ)

 

 

 

 

(令和二年(西暦2020年)12月10日配信)

 





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