神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生(8)

渡邉陽子さんのデビュー作

オリンピックと自衛隊

1964東京五輪は、自衛隊の支援なしに成功しなかった!
2020東京五輪も、自衛隊は同じ役割を求められることになる
知られざる自衛隊の苦難と栄光の歴史が、ここに明らかに!!
オリンピックに熱い思いを抱く、すべての人に捧げます。

自衛隊家族会発行「おやばと」、「隊友」160715号、 「月刊モデルグラフィックス」2016/8号「月刊丸」2016/8号160712「防人の道 NEXT」「歴史群像」8月号(学研)160701 桜林美佐の国防ニュース最前線、「月刊世界の艦船」2016/9号、160809 政治学者・岩田温の備忘録 で取り上げられました。





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神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生(8)

沖縄で過ごした3年の間に、火箱はBOC(幹部初級課程)、空挺基本降下課程、幹部レンジャー課程を修了している。沖縄の暖かい陽気が合ったのか、幹候時代に悩まされた膝もすっかりよくなり、存分に体を動かせる状態になっていた。体力検定はもともと1級だったが、小隊長時代は満点に近い1級取得と、体力的にはMAXの状態だった。
初級幹部必須のBOCを修了した程度では、指揮の面で自信を持つまでには到底いたらない。しかし現実にはすでに部下の命を預かる立場である。自分の支えとなり柱となるものが欲しいと考えた火箱にとって、幹候時代から抱いていた「空挺の基本降下課程とレンジャーは絶対やる」という思いを実行するのは自然な流れだった。

 

まずは空挺の基本降下課程に進んだ。訓練は厳しいものだったが、恐怖心や緊張感は基本的に飛び出すときと着地するときはあるものの、なんとなくもの足りなさを感じた。空挺徽章を手に入れてもやり遂げたという大きな達成感までにはいたらなかったので、レンジャー課程にも挑戦することにした。

 

上司は「空挺に行ったから、レンジャーはもういいだろう?」と渋った。ちょうどこのとき、火箱には英語課程で教育を受ける話も来ていたからだ。しかし気力体力がみなぎっていた彼は、自分の心身の限界を追究したいという思いから迷わずレンジャー課程を選んだ。もしもあのとき英語課程を選択していたら、もう少し英語が話せるようになっていたかもしれないと思うこともある。

 

幹部レンジャー課程は予想通り厳しく苦しいものだったが、最初の頃はまだ余裕も自信もあった。最年長だったので学生長に命じられたがそれを重荷に感じることもなく、前半の基本行動はどれも一発でクリアしていた。後から振り返れば、当時は自信が過信となり、天狗になっていたのかもしれないとわかるが、レンジャー課程を順調にこなしていたリアルタイムでは、そんな自分に気づいていなかった。しかし教官はそんなおごりを見逃すわけがなかった。

 

朝3時に起こされ、すぐさまその日付与された状況に対する計画を立て、慌ただしく出発した日のことだ。「飯を食って来い」と指示されたものの、時間に追われていた火箱は「1食抜くくらいなんてことはない」と朝食を取らずに出発した。
大雨が降るなか、重い背嚢を背負いつつ山を登り敵通信所を襲撃し、また山を下りて今度は橋梁を爆破する。このあたりまでは「せいぜい一晩くらいの行程だな」と読んでいた火箱の予想通りで、内心「今日はこれで終わりだろう」と思った。

 

ところが状況は終了せず、教官が交代しているではないか(教官や助教は8時間ごとに交代する)。つまりこの先、さらに8時間は状況が続くかもしれないということだ。
「あれ、おかしいな。まだやるのか?」
そう思った火箱は、このとき少しばかり気を抜いていた。「俺の時代」と言わんばかりにぐいぐい行く学生にお灸をすえるのが教官たちの役目だ。間違いなくこのとき、火箱はターゲットとしてロックオンされていた。

 

一度は降りた山に再び登り始めたが、今度は雨どころかカンカン照りの晴天である。暑さに体力を奪われ周りは次から次へとばたばた倒れていく。火箱はなんとか倒れた学生の荷物を持って歩いたが、このときになって前日の朝食を抜いたことが響き、次第に体に力が入らなくなった。
ひどく喉も乾いているが水筒に残された水はごくわずか。目がチカチカして、貴重な食糧である乾パンを食べようとしてもまったく唾が出ないので飲み込めず、ぽろぽろと口からこぼれ落ちてしまう。脱水症状はさらに進み、視野まで狭くなってきた。

 

夕方にようやく状況が終了し、なんとかぎりぎり持ちこたえた火箱は「気をつけ」と大声で号令をかけようとした。ところが意志に反して弱々しいかすれ声しか出ない。
富士学校に戻ると左右から「どうした、死人のような顔してるぞ」と声をかけられたので鏡を見れば、そこには自分でもぎょっとするほど頬がこけ、形相の変わった顔があった。
さらに風呂に入ろうと服を脱いだところ、自分の身になにが起きたのかと動揺するほど全身が縮んでいた。太腿、胸筋は見たことがないほど細くなっていて、体重も72キロから61キロになっていた。わずか2日間で11キロ分の水分が抜けたのである。
それほどまでに脱水がひどかったわけで、この後「水を飲んでも飲んでもどんどん入っていく」「いくらでもがんがん食べられる」という夕食を経て、翌日にはみごとに復活、体重も体型も元通りになっていた。
しかし軽い気持ちで「1食ぐらい抜いても大丈夫」と思ってしまったことを教訓とし、それ以降の想定では時間がなくともロッカーに入れておいたバナナを飲み込みながら支度をするようになった。教官たちの「火箱の鼻っ面をへし折る」という思惑は成功しただけでなく、当人に多くのことを学ばせ、レンジャー教官となった暁には貴重な経験として生かされることとなった。

 

空挺基本降下課程と幹部レンジャー課程を修了した事実は、まだ経験値の少ない初級幹部である火箱にとって大きな支えとなった。特に辛酸をなめたレンジャーは思い出も色濃く、苦楽を共にした仲間と会うときは、今でも当時の想定の話で大いに盛り上がる。

 

 

(つづく)

 

 

 

(わたなべ・ようこ)

 

 

 

 

(令和二年(西暦2020年)2月20日配信)

 





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