神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生

渡邉陽子さんのデビュー作

オリンピックと自衛隊

1964東京五輪は、自衛隊の支援なしに成功しなかった!
2020東京五輪も、自衛隊は同じ役割を求められることになる
知られざる自衛隊の苦難と栄光の歴史が、ここに明らかに!!
オリンピックに熱い思いを抱く、すべての人に捧げます。

自衛隊家族会発行「おやばと」、「隊友」160715号、 「月刊モデルグラフィックス」2016/8号「月刊丸」2016/8号160712「防人の道 NEXT」「歴史群像」8月号(学研)160701 桜林美佐の国防ニュース最前線、「月刊世界の艦船」2016/9号、160809 政治学者・岩田温の備忘録 で取り上げられました。





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神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生記事一覧

神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生(1)

月刊『パンツァー』で連載中の「神は賽子を振らない −第32代陸上幕僚長 火箱芳文の半生」ですが、今週から4回にわたり、その連載第1回をご紹介したいと思います。火箱芳文は1951(昭和26)年5月15日、福岡県築上郡新吉富村(現在の上毛町)で4人兄弟の末っ子として生まれた。田園風景が広がる県境の村での...

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神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生(2)

先週に続き、元陸上幕僚長火箱芳文氏の半生を振り返る連載「神は賽子を振らない」の第2回をお届けします。防大では2年になると、陸海空のどの自衛隊に進むか決まる。火箱は最初、航空自衛隊でパイロットになりたいと思っていた。ところが航空実習で飛行機に乗ったときエアポケットで激しく揺れ、「これはあまり気持ちのい...

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神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生(3)

前回に続き、元陸上幕僚長火箱芳文氏の半生を振り返る連載「神は賽子を振らない」の第3回をお届けします。前回は防衛大学校時代のお話でした。今回は防大を卒業後に入校した幹部候補生学校時代を振り返ります。幹候時代は、まさかのアクシデントでスタートします。ではどうぞ。1974(昭和49)年、火箱は福岡県久留米...

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神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生(4)

先週に続き、元陸上幕僚長火箱芳文氏の半生を振り返る連載「神は賽子を振らない」の第4回をお届けします。前回は防大を卒業し、幹部候補生学校に入校する直前に、まさかの「骨肉腫の疑いあり」という医師の診断。不安を抱えたまま新たな生活が始まったものの、幹候の医務官は頼りにならず、膝の痛みのために得意の駆け足で...

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神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生(5)

前回は、火箱氏の幼少時から防大や幹部候補生学校を経て初めて部隊に配属されるまでの時期のご紹介でした。半年間(現在は9か月)の教育を経ていよいよ部隊に配属されることになり、火箱氏は「北方の最前線でソ連を追い払ってやる」をやる気満々でした。ところがまさかの沖縄! 第1混成団第1混成群第302普通科中隊(...

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神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生(6)

先週は火箱氏が沖縄に配属された当時の沖縄の状況についてご紹介しました。自衛隊に対する沖縄県民の拒絶反応はすさまじいものがありましたね。特に最初は「自衛隊帰れ」ではなく「日本軍帰れ」とシュプレヒコールを挙げていたそうですから、部隊も大変だったと思います。では続きをどうぞ。今回は当時、幹部候補生だった火...

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神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生(7)

沖縄での部隊勤務は、毎日が新しいことの連続で、学ぶことが山のようにあった。最初は地図判読もろくにできず、後ろで黙って見ていた花岡正明中隊長から「おい、通り過ぎたんじゃないのか」と声をかけられ、初めてミスに気づくといったことも珍しくなかった。この中隊長は軍神と呼ばれ部下の誰からも慕われ、火箱が幹部とし...

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神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生(8)

沖縄で過ごした3年の間に、火箱はBOC(幹部初級課程)、空挺基本降下課程、幹部レンジャー課程を修了している。沖縄の暖かい陽気が合ったのか、幹候時代に悩まされた膝もすっかりよくなり、存分に体を動かせる状態になっていた。体力検定はもともと1級だったが、小隊長時代は満点に近い1級取得と、体力的にはMAXの...

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「丸」6月号に「自衛隊の営業部隊 地方協力本部」が掲載されました
自衛隊の真の敵はあの国でもかの国でもなく、少子高齢化というのは過言ではありません。募集を担う地本は、国防の未来を託されているのです。また、50代のまだまだ働き盛りの年齢で定年退職を迎える自衛官の、第2の人生をサポートするのも地本の役目。すごいです地本。
「PANZER」6月号に「神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生」第26回が掲載されました。
2011年3月11日、東北地方でM9.0の巨大地震が発生。19日までに救助された被災者総数約2万7000名のうち約2万名を自衛隊が救助(約1万5000名は陸自による)。発災後72時間以内に自衛隊が救出した人は1万2351名でした。阪神淡路大震災での救助実績が警察3495名、消防1387名、自衛隊165名だったことを考えれば、初動が「命」に直結していることを改めて思い知らされます。その背景には火箱氏の処分覚悟の決断がありました。
「正論」6月号に「われらの女性自衛官」第3回が掲載されました。
今回は即応予備自衛官1期生。現役の自衛官時代よりはるかに長い時間、即応予備自として「いざ」に備えてきました。そして東日本大震災では自宅が半壊状態でありながら、招集に迷うことなく応じました。


渡邉陽子さんのデビュー作

オリンピックと自衛隊

1964東京五輪は、自衛隊の支援なしに成功しなかった!
2020東京五輪も、自衛隊は同じ役割を求められることになる
知られざる自衛隊の苦難と栄光の歴史が、ここに明らかに!!
オリンピックに熱い思いを抱く、すべての人に捧げます。

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