第5普通科連隊八甲田演習(4)

渡邉陽子さんのデビュー作

オリンピックと自衛隊

1964東京五輪は、自衛隊の支援なしに成功しなかった!
2020東京五輪も、自衛隊は同じ役割を求められることになる
知られざる自衛隊の苦難と栄光の歴史が、ここに明らかに!!
オリンピックに熱い思いを抱く、すべての人に捧げます。

自衛隊家族会発行「おやばと」、「隊友」160715号、 「月刊モデルグラフィックス」2016/8号「月刊丸」2016/8号160712「防人の道 NEXT」「歴史群像」8月号(学研)160701 桜林美佐の国防ニュース最前線、「月刊世界の艦船」2016/9号、160809 政治学者・岩田温の備忘録 で取り上げられました。





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第5普通科連隊八甲田演習(4)

第1中隊が出発した後の小峠には、スキーが雪に触れる、軋むような音だけが響きます。キュッっというその独特の音は、雪の水分が少ないほどよく鳴ります。ここがゲレンデならば最高のコンディションだろうに、そんなことを内心思いながら、こちらは慣れない官品スキーに四苦八苦しながら取材をしていました。
第2中隊の隊員たちは一切無駄口を叩かず、隊列を組んで静かに出発の時を待っています。その沈黙と落ち着いた表情は、雪の降りしきる小峠によく似合いました。

 

定刻に第2中隊も行進を開始しました。その後ろには鹿児島出身の連隊長の姿も見えてきました。毎日課業開始前に1時間行なっていた稽古の成果があり、ベテラン隊員とまったく同じ様子でスキーを操っています。
連隊長は言います。
「八甲田演習を終えないことには一人前という意識が生まれないという面はありますね。そういった演習や行事は求めて得られるものとは限りません。ですからわれわれは素晴らしい機会を与えられているんです。今回3年ぶりに宿営を伴う演習としたのは、より厳しい状況に立ち向かうことにより、5連隊に帰属しているという誇りを隊員たちに植え付けていきたいからです。青森では『われわれ』を『おらこ』と言うので、誰もが『おらこの5連隊は日本一だ』という思いを持てる部隊でありたいですね」

 

そう、この八甲田演習はここのところ、日帰りで行なわれることが圧倒的に多いのです。今年もそうでした。連隊規模での宿営を伴う演習となると、スケジュールの調整も大変なはずです。海外派遣、災害派遣、民生支援、共同訓練などなど、隊員数は増えなくても任務はじわじわ増えていく一方の自衛隊にとって、25大綱で示されている統合機動防衛力の構築に沿った機動展開訓練とか師団規模の訓練検閲といった訓練ではなく、伝統行事色の強い演習に2日間を費やすのは(そしてその準備にも時間がかかるわけですし)、たやすいことではないでしょう。歴代の連隊長も、本来ならば宿営したいところを泣く泣くあきらめたという方がおそらくいたのではないかと思われます。

 

続いて最初に話を聞いた1士のWACふたりが現れました。なんと男性隊員と一緒にアキオを曳航しているではありませんか。小さな体に(ふたりとも本当に小柄だったのです)重い背嚢や小銃を背負い、なおかつアキオまで曳くとは、体がもつのかと思わず心配になります。
余談ながら、旧5連隊が荒天に見舞われた際、最初に犠牲になったのが輜重兵でした。身ひとつで歩くだけでも困難な状況で重い荷を引いて進むことは、どれほどの苦行であったことでしょう。
今日の行程は旧5連隊の遭難の歴史をたどる道でもあります。隊員たちが通るルート上の大滝平は直立したまま仮死状態となっていた後藤伍長や中隊長である神成大尉の遺体が発見された場所ですし、賽ノ河原には無数の兵士の凍死体が雪に埋もれていました。まさに「死の行軍」となった道を、平成の自衛官が進んでいくのです。

 

小峠から標高700mの銅像茶屋に到着した隊員たちは、休む間もなく小高い丘を上っていきます。頂上に現れたのは、遭難事件の象徴として全国の将校が拠金し、明治37年に建立した後藤伍長の銅像です。毎年この演習がニュースになるとき、必ずここに隊員が整列したシーンが映像で流れます(今年もそうでした。そして私が取材したときと変わっていなければ、銅像茶屋から後藤伍長の銅像へは車では行けないので、どのテレビ局や新聞社も人力で上ったはずです。地味にきついです)。記憶が少し曖昧ですが、たしか班長以上の隊員だけがここまで上ってきたはずです。
雪をまとった銅像の前に、隊員が整列します。スキーで雪の軋む音も止み、丘の周囲から一切の音が消えます。
「捧げ――銃っ!」
静寂を破って鋭い声が響きます。
粉雪の舞うなか、銅像へ向かって捧げ銃の敬礼をする隊員たち。後藤伍長と対峙する隊員という構図は1枚の静止画のようで、先人の冥福を祈る儀式は厳かです。

 

敬礼を済ませると、再び丘を滑り下りて行きます。その曲がりくねった細い道を進んでいるときのことです。
「あっ!」
雪の中から飛び出している枝を避けようとしたひとりが、バランスを崩し転倒しました。その隊員を避けようとした隊員もまた転んでしまい、たてつづけに何人かが雪に突っ込みます。ついさっきまでスキーを自在に操っていた彼らの思いがけない珍場面です。
転んだ隊員たちは苦笑して雪まみれの顔を払い、後ろの隊員も笑いながらその横をするりと追い抜いていきます。
悲壮感もない、必死さもさほど表に出さない。過去を知ってはいるもののとらわれない。厳粛な空気とは一変した明るいムードが、いかにも現代の5連隊らしく、そこに頼もしさを感じました。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(わたなべ・ようこ)

 

 

 

 

(平成30年(西暦2018年)3月22日配信)

 





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