第5普通科連隊八甲田演習(2)

渡邉陽子さんのデビュー作

オリンピックと自衛隊

1964東京五輪は、自衛隊の支援なしに成功しなかった!
2020東京五輪も、自衛隊は同じ役割を求められることになる
知られざる自衛隊の苦難と栄光の歴史が、ここに明らかに!!
オリンピックに熱い思いを抱く、すべての人に捧げます。

自衛隊家族会発行「おやばと」、「隊友」160715号、 「月刊モデルグラフィックス」2016/8号「月刊丸」2016/8号160712「防人の道 NEXT」「歴史群像」8月号(学研)160701 桜林美佐の国防ニュース最前線、「月刊世界の艦船」2016/9号、160809 政治学者・岩田温の備忘録 で取り上げられました。





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第5普通科連隊八甲田演習(2)

青森の歩兵第5連隊と同じ時期、弘前の歩兵第31連隊も八甲田山踏破を試みています。5連隊が210名と大所帯であったのに対し、31連隊は38名の少数精鋭でした。そして5連隊は51kmを1泊2日で踏破する予定でしたが、31連隊は11泊12日、約220kmにおよぶ行程をひとりの死者も出すことなくやり遂げています。
5連隊は兵士の多くが冬山への備えが万全でなかったことや指揮官が定まっていなかったこと、しかも駐屯地を出発した翌日が北海道で-41℃を記録するほどの大寒波が襲うという不運にも見舞われました。
一方、31連隊は凍傷を防ぐために靴下に唐辛子を詰めたり足に油紙を巻き付けたりしたほか、前年の夏には同じルートを視察する慎重さがありました。冬山に詳しい地元民を道案内に雇うという柔軟な思考もありました。
5連隊の11名の生存者の中には、当時はまだ珍しかったウールの肌着を身につけている士官がいたそうです。このウールが命を救ったのでしょう。
雪中で落命した兵士は苦悶したのか、四肢をそれぞれあらぬ方向へ向けたまま死後硬直しているものが多く、ドラム缶に湯を沸かし湯灌して体勢を整えてからでないと、棺桶に入れることができなかったそうです。よく凍死は「眠るように」とも聞きますが、荒天の八甲田をさまよった兵士は、正気を失うほどの寒さにむしばまれた末に、悲運の死を遂げたのかもしれません。
5連隊と31連隊の運命をわけた指揮のありかたは、企業経営者の研修の教材でもよく用いられています。現在の5連隊に所属する幹部自衛官にとっても、八甲田演習はリーダーシップについて改めて考える機会になっているかもしれません。

 

さて、日本は世界有数の雪国です。
全国土面積のなんと約半分が国から豪雪地帯に指定されており、特に積雪量が多い「特別豪雪地帯」には、青森市を含む201市町村が指定されています。温泉で名高い八甲田の酸ケ湯の積雪深は堂々の全国1位。ちなみに3月4日現在の積雪深は3m99cm。私が酸ヶ湯に泊まったときは4.5mの積雪深でした。

 

「八甲田山」とは標高1585mの大岳を中心として連なる火山群の総称です。その名が広く知られているのは、やはり旧歩兵第5連隊の八甲田山遭難事件が起きた場所であることが大きいでしょう。
その雪深い冬の八甲田へ青森駐屯地から演習に赴こうとしているのが、陸上自衛隊第9師団第5普通科連隊です。
昭和40年に始まり今回で41回目を迎える「八甲田演習」は5連隊の代名詞ともいえるもので、陸上自衛隊の幹部自衛官ならば誰もが知るところ。そのため、5連隊への異動が決まると「あの八甲田演習に自分も参加するのか」と、身の引き締まる思いがするそうです。
「積雪寒冷地における部隊としての練度向上を図るというのが演習の目的ですが、伝統を継承するという“精神教育”的な意味合いも強いですね」
そう教えてくれたのは、5連隊の上級司令部である第9師団司令部の広報室長。演習に参加することで、5連隊の隊員であるという自覚や誇りを促すのだそうです。

 

取材時の演習は標高400mの小峠を出発し、深沢で宿営、翌日に大中台まで進む1夜2日、約20qの行程で、女性自衛官7名を含む692名が参加しました。
街なかで着ているようなダウンジャケット程度じゃ八甲田の寒さに対応できませんよと、部隊が取材陣にも防寒着を用意してくれました。
さらに「官品スキーにも慣れてもらわないと」と、駐屯地のグラウンドへ連れ出されました! スキー行軍の取材にはスキーで随行するというわけです。
スキー板にはつま先部分を固定する金具に革ひもがつながっているだけ。滑るだけでなく上る、歩く、走るといった動きにも対応する必要があるので、かかとが浮く構造になっています。スキー板の裏にはうろこのような滑り止めがあり、慣れれば上り坂でも歩いて進めます。クロスカントリー用というよりは、むしろテレマークスキー(かかとが固定されていないスキー用具)に近い形状です。
革ひもとつながっている金具にブーツのかかとを合わせて締めるのですが、この金具が硬いのなんの。ゆるければ外れてしまうので当たり前ではありますが、グローブをした動きにくい指先で悪戦苦闘しました。
隊員たちは全員この同じスキーをはきます。けれど演習に参加する隊員の中には、上級スキー指導員もいればこの冬生まれて初めてスキーを体験した隊員もいるはずです。
さまざまな練度の隊員が同じ速度で同じコースを進み同時にゴールするには、いちばん練度の低い隊員のレベルに合わせてあげるのだろうか、いやそれでは予定時間内に20kmを踏破することはできないはず……
そんな「?」が頭の中に浮かびました。

 

 

 

 

(以下次号)

 

 

(わたなべ・ようこ)

 

 

 

 

(平成30年(西暦2018年)3月8日配信)

 





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