空飛ぶ船を操る第71航空隊(4)

また面白い記事を見つけたので、それをまずはご紹介します。
2018年1月16日付の産経新聞に「消防庁、消防飛行艇導入を検討 海自のUS2改造機を想定」という記事が掲載されました。その一部を以下に抜粋します。
「近い将来に起こるとされる南海トラフ巨大地震など大規模災害時の消火活動を想定し、総務省消防庁が消防飛行艇の導入を検討していることが15日、分かった。ヘリコプターの数倍の輸送能力を持つ飛行艇で、空からの消火活動を支援するのが狙い。海上自衛隊の救難飛行艇「US2」の改造機の導入を想定し、費用面や消火効率などの調査をさらに進め、導入の可否を判断するとみられる。同庁などによると、山火事などで空からの散水が必要な場合、(中略)都道府県の消防防災ヘリが運べる水の量は最大2トン程度だが、飛行艇を導入すれば『ヘリの7倍以上、最大で約15トンの水が運べる』(同庁担当者)という。(中略)ただ、飛行艇は現場でヘリとの衝突を回避するため、高い高度を飛行する必要があり、同庁内に散水による消火効果を疑問視する声がある。また、1機当たり100億円超とみられ、コスト面の課題も大きい。」
私がこの記事を読んで真っ先に思ったのは、もしも消防庁が本当にUS-2改造機を導入するとしたら、操縦士などクルーの教育はどこで行なうのだろう、ということでした。これはインドにUS-2を輸出する話が出たときにも(結局どうなったんでしょうね)最初に思いました。US-2を運用しているのは世界でただひとつ、海上自衛隊の71空だけです。常に充足率よりマイナスで万年人手不足の自衛隊に、まさか教育の依頼が来やしないか……
さて、今週は71空の訓練の様子をご紹介しつつ、11名のクルーの仕事ぶりも見ていきます。
US-2の救難航空士は捜索のプランを立て、各クルーに指示したり航空機の誘導を行なったりするほか、US-1Aでは単独で配置されていた通信士の役割もこなすことはすでにご紹介しました。余談ですが、US-2の救難航空士は哨戒機P-3Cの戦術航空士からの機種転換組が結構多いです。機長は正操縦士か救難航空士の階級が高い方の隊員が務めますが、取材時の機長は救難航空士の1等海尉。
パイロットも救難航空士の指示に沿って飛ばすわけですからクルーの要とも言える立場のはずですが、本人の口から出たのはこんな謙虚なコメントでした。
「救難航空士は裏方だと思っています。ミッションの中で救難航空士が前面に出るシーンは一切ありません。操縦するのはパイロット、遭難している人を実際に助け出すのは機上救助員といった具合に、あらゆるフェーズで常に二番手なんです。でもその位置で、一番手がいかにやりやすく仕事ができるか、その環境を整えるのが私の仕事です」
「私は機長の資格を得てからまだ日が浅いのですが、クルーはみなプロフェッショナル。こちらの要望に対して100%応えてくれます。けれどそれは私が的確なリクエストをした場合だけ。いくらクルーの実力が素晴らしいものでも、私の能力がそこに追いついていなければ、彼らのポテンシャルをフルに引き出すことは不可能です。ですから機長としてのやりがいは、各クルーの能力をどこまで発揮させることができるかという点でしょうね」
機長にUS-2の機内で話を聞いていると、クルーが次々と乗り込んできました。これから訓練に向かうのです。
全員がそろったところで点呼が行なわれます。そして救助者(ダミー)の場所、状況、気象などの状況を確認し、救助方法など任務についての説明が行なわれてから、各自それぞれの持ち場へ散らばって行きました。
US-2の機内で各クルーが座る位置は決まっていますが、それ以外の部分は用途に応じて何種類かのバリエーションがあります。
例えば「救難第一形態」と呼ばれるけが人や病人を多く乗せる場合だと、担架を2段ベッドのごとく縦に重ねることで11床も並べることができます。
「人員輸送形態」ならば電車の長シートのように座ることで、クルー以外に30人を輸送可能です。
人ではなく物資を運ぶ場合は与圧されない機体後部も収容室として使えるので、3トンの物資を輸送できます。どんと構えた見た目に反し、足を踏み入れるとさほど広くは感じないUS-2ですが、実際はなかなかの懐の深さなのです。
操縦席には正副操縦士が並んでいます。
操縦室は2017年12月に退役したUS-1Aとの違いがもっとも顕著に表れているところのひとつでしょう。白い針で数字を示すようなアナログの計器がずらりと並んでいたUS-1Aに対し、US-2の操縦席には必要な情報がワンタッチで表示される液晶画面があります。
また、US-2はフライ・バイ・ワイヤーという電気式の操縦系統や統合型計器盤の採用など、US-1Aの約85%もの部位を改造しています。そのため71空がUS-2とUS-1Aの2機種を運用していた時期も、ひとりのパイロットが両方の機種を操縦できていたわけではありません。US-1Aの退役に備えてUS-2への機種転換が進められてきましたが、特殊な技量が要求される機体だけに、養成にも時間がかかるそうです。この日の正操縦士もUS-1Aからの転換組でしたが、飛行艇の魅力や怖さそのものはどちらの機種も同じだと言っていました。
洋上救難で現場まで赴いても、予想以上の波高で着水を断念することもあります。
そういう場合は何種類かある間接救助を行なうのですが、やはり降りられないという悔しさがパイロットだけでなくクルー全体から伝わってくるそうです。無理もありません、遠いところでは片道2000kmの距離をはるばる助けにきて、救助を待つ人が眼下に見えているというのに、天候不良や波高が高すぎるせいで着水できないなど、機内の空気も肉体も重苦しくならないほうがおかしいというものです。
(以下次号)
(わたなべ・ようこ)
(平成30年(西暦2018年)1月25日配信)