高等工科学校(4)

高等工科学校における一般教育では普通科高校と同等の
教育を行なっているため、3年間の修了時には提携校である
神奈川県立修悠館高校(通信制)の卒業資格が得られます。
C防衛教官は国語を担当、1教隊の学級担任でもあります。
担任は生活面の区隊長と学習面の教官とふたり体制なのです。
C防衛教官は小学校から大学院まで一貫校で学んだそうです。
「校則の厳しい学校だったので、『学校の規則は守って当然』と
いう意識を持ってずっと過ごしてきました。
そのため、教師になるなら一般の高校よりも規律正しい学校、
できれば警察学校の教官をやってみたいと思っていました。
学生時代はまだ少年工科学校(当時)の存在を知らなかったのです。
大学院で初めてそういう学校があることを知り、
夢が確立されている生徒たちの役に立てればと思い、着任しました。
当時は自衛隊生徒だったので、みんな陸上自衛隊の制服と
似ている緑色の制服を着ていました。その姿の生徒が
すれ違うたびに敬礼するというのが、私の中では『すごい学校だな』と。
友人にも教師が多いのですが、話を聞くと『まず授業のために
席に着かせるのが大変だ』と。この学校では考えられないことです。
自衛官を育てるという確固たる信念のあるここで教鞭を取る
ことができ、うれしく思います」
C防衛教官は着任して15年目ですが、その間にC防衛教官自身にも
結婚、出産という大きな変化がありました。
「最初の頃は生徒と年も近かったので『自衛官としてこうあるべき、
授業ではこうあるべき』と、生徒にいろいろ望んでいました。
だからそこから外れた生徒を怒ってしまったり……けれど結婚や
出産を経験してから、それは違うんじゃないかなと思うように
なりました。
また、彼らのご両親の存在をより感じるようになったと思います。
親元離れて規律正しい集団生活を送る生徒たちはほかの
高校生よりはるかにしっかりしている反面、やはり年齢相当の
幼い面も残っているので、教員でありつつ母親の視点をもって
育てていかなければと思うようになりました」
ちょうど取材時、1教隊は入校して3カ月目を迎えた時期です。
「生徒たちも随分ここに慣れてきました。最初はうっかり『先生』と
言っていたのが『教官』と言えるようになったり、『僕』じゃなくて
『自分』と言うようになったり、時計の読み方も自衛隊的になったり。
今後は自分の国語についてのスキルアップもしていきたいですね。
また、初級カウンセラーの資格を持っているので、
心の問題を抱えている生徒にはそれも活かして助けになれればと
思っています」
自らこの道を選んだ生徒たちの話も聞いてみましょう。
青森県出身のD生徒(1教隊)は小さい頃から抱いていた
自衛官になるという目標のため、今春入校しました。
「家のそばに駐屯地があったので駐屯地祭などで親しんでいた
こともあり、将来を考えたとき、自然に陸上自衛官になる道を
選びました。
入校してから洗濯やアイロンがけも自分でするようになって、
改めて母をすごいと思うようになりました。部活は強い部で
鍛えられたくてカヌー部に入りました。レギュラー争いは大変
でしょうし、まだうまく乗れませんが、先輩から指導していただくなか、
自分が日々成長していると感じられるのが楽しいです。
今は時間に追われる毎日ですが、消灯前の10分ほどの時間に、
班の仲間と1日のできごとを話し合ったりするのが一番の楽しみ
です。同期の存在の大きさをすでに感じます。搭乗体験があって
操縦している姿に憧れたので、将来は航空科に進み、ヘリパイを
目指したいです」
ゴールデンウイークの帰省時は、お母さんの手料理を
山のように食べてきたそうです。
「帰省するまでは心配していたようですが、自分の姿を見て
安心してくれたみたいですね」
次回は2、3教隊の生徒の話やクラブ活動についてご紹介します。
(以下次号)
(わたなべ・ようこ)
(平成28年(西暦2016年)11月10日配信)