自衛隊海外派遣の歩み (4)

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2020東京五輪も、自衛隊は同じ役割を求められることになる
知られざる自衛隊の苦難と栄光の歴史が、ここに明らかに!!
オリンピックに熱い思いを抱く、すべての人に捧げます。

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自衛隊海外派遣の歩み (4)

 湾岸戦争が日本に与えた影響は非常に大きなものでした。「金は出すが人は出さない」と国際社会から批判されたことで、日本は国際貢献の真の意味を自身に問いかけるようになりました。そして、国際貢献のために自衛隊がより活用される最善の道を検討するきっかけとなったのです。

 

小さな掃海艇が果たした大きな役割。それは日頃の訓練と隊員の志の高さによって達成されました。
落合氏は最後にこう締めくくりました。
「この掃海派遣の翌年にPKO法が成立したことを考えると、ペルシャ湾での苦しく地道な作業は、自衛隊が国際貢献に関わる布石となれたのではないかと思います」

 

自衛隊初、海上自衛隊初の海外派遣となったペルシャ湾への掃海艇派遣。
続いては、陸上自衛隊初の海外派遣であり、日本が真に国際社会の一員として歩み出すことになったカンボジアPKOについて振り返ります。

 

湾岸戦争後、日本は国際平和協力法(PKO法)を制定しました。
覚えていらっしゃるでしょうか、PKO法が制定されるまでの国会の大混乱。社会党は国会における採決で牛歩作戦を展開、時間切れ廃案に持ち込もうとしました。当時の私は自衛隊とまったく関わりのない立場で、おまけになんとなく護憲派で、PKO法に根拠のない不安を抱いていました。それでもなお、いい年をした大人が札を持ちつつのらりくらり行ったり来たりして時間稼ぎしている姿は、テレビで見ていてもかなり違和感のあるものでした。「これが国会議員なのか」という落胆、呆れ。
「自分たちはやるだけやりましたからね」と有権者(というか支持者)に示すためのパフォーマンスは、PKO法に賛成と思っているわけでもない私ですら興醒めするものでした。

 

そういう混乱を経て制定されたPKO法。初めて適用されたのが、カンボジアへの海外派遣です。
現地では道路や橋などの修理が主任務となるため、施設団を基幹とした約600名からなる施設大隊を編成。渡邊隆2等陸佐(当時)が第1次カンボジア派遣大隊長として現地におもむきました。
私が渡邊氏に取材したときは陸将補、東部方面総監部幕僚副長という立場でした。
「年齢的にも時期的にもそろそろ大隊長かなと思っていたら、その時期がたまたまカンボジア派遣と重なっただけの話ですよ」と、当時の感想を聞くとまるで他人事のような飄々とした答え。けれどこれが渡邊氏の魅力であり強みです。

 

PKO法が成立して自衛隊がカンボジアに派遣されると決まってからも、周囲にはそれを反対する猛烈な声が湧き上がっていました。それをすべてまともに受け止めていたら、大隊長の任務は務まりません。
渡邊氏は「行くと決まってからは忙しかったから、周囲の声はあまり感じていなかった」と述べていますが、実際には「周囲の声を感じないようにしていた」が正しかったのだろうと思います。それでもそのどっしり構えた大隊長の姿に、第1次派遣隊の隊員たちはどれほど勇気づけられたでしょう。

 

防衛庁長官から正式な準備命令が出てから、わずか2カ月半後には600名がカンボジアに派遣されていなくてはならないという厳しい日程のなか、合同訓練や準備が進められました。この期間、隊員たちは8本もの予防注射を受けたそうです。
「1992年9月11日に編成完結式、17日には出発でしょう。はっきりいってもうバタバタでしたね。訓示も言えなかった。私自身に経験があって知識も深ければそれなりのアドバイスもできたのでしょうが、そもそも現地のことがわからないんですから。そんな状態で訓示を言ってもしょうがない、とりあえず大体が見えるまでは何も言わないでおこうと」。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(わたなべ・ようこ)

 

(平成27年(西暦2015年)12月17日配信)

 





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