自衛隊海外派遣の歩み

渡邉陽子さんのデビュー作

オリンピックと自衛隊

1964東京五輪は、自衛隊の支援なしに成功しなかった!
2020東京五輪も、自衛隊は同じ役割を求められることになる
知られざる自衛隊の苦難と栄光の歴史が、ここに明らかに!!
オリンピックに熱い思いを抱く、すべての人に捧げます。

自衛隊家族会発行「おやばと」、「隊友」160715号、 「月刊モデルグラフィックス」2016/8号「月刊丸」2016/8号160712「防人の道 NEXT」「歴史群像」8月号(学研)160701 桜林美佐の国防ニュース最前線、「月刊世界の艦船」2016/9号、160809 政治学者・岩田温の備忘録 で取り上げられました。





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自衛隊海外派遣の歩み記事一覧

自衛隊海外派遣の歩み (1)

 今年9月、通常国会としては戦後最長の会期で約220時間の議論を重ね、安全保障関連法が成立しました。「戦争法案」「海外派兵」などの声を上げたデモも行なわれましたが、デモに参加している人の中に、法案の内容を理解できている人がどれだけいたのでしょう。安保法案=戦争と思い込んでいる人が多かったのではないで...

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自衛隊海外派遣の歩み (2)

 湾岸戦争において多国籍軍へ130臆ドルもの財政支援を行なっても、クウェートをはじめ国際社会からの理解も評価も得られなかった日本。 自衛隊嫌いで知られた海部俊樹首相も、さすがに重い腰を上げざるを得ない状況となっていきます。同時に、「目に見える形での具体的な国際貢献は行う必要がある」という声が国内でも...

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自衛隊海外派遣の歩み (3)

 アラビア半島からの砂塵やクウェートの油井火災による煤煙が舞い、日中の最高気温は40度以上にも達します。掃海作業はそのような過酷な環境条件下で行なわれました。しかも多国籍部隊に遅れて参入した掃海派遣部隊には、結果として技術的に非常に困難な海面が割り当てられることになりました。 1200個あった機雷の...

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自衛隊海外派遣の歩み (4)

 湾岸戦争が日本に与えた影響は非常に大きなものでした。「金は出すが人は出さない」と国際社会から批判されたことで、日本は国際貢献の真の意味を自身に問いかけるようになりました。そして、国際貢献のために自衛隊がより活用される最善の道を検討するきっかけとなったのです。小さな掃海艇が果たした大きな役割。それは...

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自衛隊海外派遣の歩み (5)

 第1次カンボジア派遣大隊長である渡邊氏が出発前に懸念していることのひとつに、隊員の健康管理がありました。「現地の生活環境は劣悪、隊員は日本の豊かな生活に慣れてしまっている。そういう隊員600名を連れていって、本当にちゃんと6か月勤務できるのか心配でした」実際、現地では隊員の健康状態には問題が生じる...

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自衛隊海外派遣の歩み (6)

 昨年に続き、カンボジアPKOの話です。 第1次カンボジア派遣大隊長である渡邊氏は、現地で痛感したことがいくつかありました。ひとつは他国の部隊との交流が不可欠だということです。PKOは国連のもとで各国が協力しあってやるものだから、情報交換したり意見を言い合ったりすることで相互理解が深まる最大の恰好の...

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自衛隊海外派遣の歩み (7)

 自衛隊海外派遣の歩みと称し、前回までペルシャ湾掃海艇派遣、カンボジアPKOをご紹介してきました。今回からはその歩みの3つめに当たる、国際貢献の新たな道を開いた国際緊急援助活動についてご紹介します。最初の派遣となったのは1998年10月、ホンジュラス共和国のハリケーンに際しての国際緊急援助活動です。...

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自衛隊海外派遣の歩み (8)

 先週に続き、自衛隊初の国際緊急援助活動となった1998年ホンジュラス共和国への空輸隊の話です。 隊長の藤川氏はメンターとT33で教官を勤め、回転翼に機種転換してからは救難に関わってきた人物です。「準備命令が出てから出発までは、約1週間ありました。航空機には荷物を積み込む手順があり、そこに重量と容積...

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自衛隊海外派遣の歩み (9)

 ハリケーンはホンジュラスだけで死者6400人以上、行方不明者約1万1000人という惨事を引き起こしました。150万世帯が家を失い、穀物収穫の70%が壊滅しました。地球の裏側にあたるような日本にも支援を要請したのは、天災によって国そのものまで失いかねない危機だったからです。 陸自の医療支援隊は藤川さ...

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自衛隊海外派遣の歩み (10)

 前回まで陸海空それぞれ初めての海外派遣について、その指揮官へのインタビュー記事も含めてご紹介してきました。今回からは実績を積み重ねる国連平和維持活動、PKOについてご案内します。 国連平和維持活動は、国連が主体となって実施する国際紛争の平和的解決を目的とした活動です。 日本で1992年に国際平和協...

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自衛隊海外派遣の歩み (11)

 先週はPKOの歴史について触れました。では、国民のPKO業務に対する意識と自衛隊への関心は、どのように変化していったのでしょう。内閣府による「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」で、その推移をたどってみます。1993年度は、自衛隊が初めて国連平和維持活動に参加した翌年に当たります。自衛隊・防衛問題に...

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自衛隊海外派遣の歩み (12)

 先週は国民のPKO業務に対する意識と自衛隊への関心の変化を振り返ってみました。今回は自衛隊がいつ、どこで、どんな支援を行なってきたのか、その海外派遣の具体的な記録を見てみます。 自衛隊の海外派遣を一覧にすると、どれだけ実績を重ねてきたのかよくわかります。PKO法案成立時に社会党が牛歩で時間を稼ぎ廃...

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自衛隊海外派遣の歩み (13)

 先週は自衛隊がいつ、どこで、どんな支援を行なってきたのか、その海外派遣の具体的な記録のうち、PKO活動についてご紹介しました。PKO活動にはまだ続きがあります。以下は、国際平和協力業務の実績に含まれる「人道的な国際救援活動」の実績です。●ルワンダ難民救援活動 難民救援隊(23名の先遣隊を含む) 1...

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自衛隊海外派遣の歩み (14)

 先週は各種特別措置法に基づく活動の実績をご紹介しました。そのうち、旧テロ対策特措法に基づく協力支援活動として、インド洋で給油活動を行なった派遣部隊の指揮官と隊員へインタビューした際の一部をご紹介します。指揮官「幸いわれわれの派遣された時期は、最高気温がせいぜい34度程度と比較的涼しい時期だったので...

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自衛隊海外派遣の歩み (15)

 「自衛隊海外派遣の歩み」は来週が最終回です。今週、来週の2回は、現在活動中の取り組みについてご紹介します。●南スーダン国際平和協力業務(PKO)スーダン南部が独立前は、スーダン政府(イスラム教・アラブ系)とスーダン人民解放運動・軍(キリスト教・アフリカ系)の対立が長年にわたり続いていました。犠牲者...

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自衛隊海外派遣の歩み (16)

現在取り組み中の活動の続きです。●ソマリア沖・アデン湾における海賊対処ソマリア沖・アデン湾は、ソマリアとイエメンに挟まれた長さ約1000キロ、最大幅約400キロの海域です。アデン湾は年間で約2万隻もの船舶が通過、そのうち日本関係船舶約1600隻が通行するなど、日本の暮らしを支える重要な海上交通路とな...

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オリンピックと自衛隊

1964東京五輪は、自衛隊の支援なしに成功しなかった!
2020東京五輪も、自衛隊は同じ役割を求められることになる
知られざる自衛隊の苦難と栄光の歴史が、ここに明らかに!!
オリンピックに熱い思いを抱く、すべての人に捧げます。

自衛隊家族会発行「おやばと」、「隊友」160715号、 「月刊モデルグラフィックス」2016/8号「月刊丸」2016/8号160712「防人の道 NEXT」「歴史群像」8月号(学研)160701 桜林美佐の国防ニュース最前線、「月刊世界の艦船」2016/9号、160809 政治学者・岩田温の備忘録 で取り上げられました。




 

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