煙缶を囲んで

は喫煙者でした。JTのたばこが270円から300円に値上がりするときに止めたので、もう7~8年経ちます。禁煙は最初の2週間が辛いといいますが、ちょうど禁煙2週目くらいのときに、防衛庁(当時)が主催する「大学生サマーツアー」に同行して沖縄に行きました。これはツアーに応募してきた学生を40名ほど選抜し、陸海空各部隊を訪問、さまざまな体験を通して自衛隊への理解を深めてもらうというもので、毎年開催されています。
 その年は訪問先がちょうど沖縄で、那覇駐屯地にもお世話になりました。そこで現地のいかにも屈強なベテラン陸曹と話をしているとき偶然たばこの話になり、禁煙2週目だという話をしたら「それは辛いでしょう」としみじみ痛ましそうな顔をされました。
ベテラン陸曹「禁煙外来とか行ったんですか?」
「いえ、ただ耐えてるだけです」
ベテラン陸曹「慣れるまで時間かかりそうですね。私も以前は吸ってたんですがやめようと思って、たばこ食べました」
「は!?」
ベテラン陸曹「あれは一発ですよ。それきり吸いたいなんて思いませんからね」
すが歴戦をくぐり抜けて来た猛者(嘘です)、やることが違います。禁断症状から抜け出せる魅力よりもたばこを食べた先に待つリスクを考えると、小者の私は到底真似することなどできず、ただただひたすら喫煙の誘惑に耐えたのでした。
 はその前年の大学生サマーツアーにも同行していて、北海道に行きました。もちろん当時はまだ喫煙者です。航空自衛隊千歳基地にお邪魔した際、学生たちがなにかを見学中か体験中だかで、カメラマンと私は15分ほどやることがなくなり、じゃあ煙草を吸いに行こうと喫煙所に向かいました。喫煙できる場所は全国どの駐屯地も基地も似たようなものなので(建物の両端の出入り口の横とか外付けの階段の踊り場とか)、私たちは難なく喫煙所を見つけ一服していました。
すると空自の隊員が、確か1尉か3佐だったと思います、たばこを吸いにやって来て、どうもどうも初めましてとそこで名刺交換となりました。すると私たちの名刺を見たその隊員が「あれ? おふたりとも、もしかしてセキュリタリアンの人ですか? いつも読んでますよ」とうれしいことをおっしゃってくださり、かわいいWAFが喫煙所までわざわざコーヒーを運んできてくれたりと、煙缶を囲んで思いがけない歓談のひとときとなったのでした。
 缶(えんかん)はご存知の方も多いでしょうが自衛隊用語の最たるもので、大きな業務用缶詰にペンキを塗り巨大な灰皿としたものです。喫煙時代はこの煙缶を囲んでの雑談に助けられることもありました。背後に上官、目の前にはICレコーダーという状態では当たりさわりのないことしか話してくれなかった若い隊員が、インタビューを終えた後に喫煙所で鉢合わせると、リラックスした表情で話してくれたりするのです。本来はインタビューの最中にその話を引き出さなければいけないのですが、力不足の私は煙缶談義に頼るところもあったのです。
 たばこを食べることなく今のところ禁煙が続いている現在、喫煙所での雑談に頼るということは叶わなくなりました。たばこをやめられたのはうれしい限りですが、唯一残念に思うのはその点です。でも大丈夫。まだたばこ同様、私のつたない取材力を支えてくれる酒という強力なツールがあります。宴席の開放感といったら喫煙所の比ではありませんから、それこそ司令から士長まで面白い話があふれんばかりに出てきます。問題は、私が翌朝ほぼすべて忘れていることです。
(わたなべ・ようこ)
(2014年7月3日配信)