自衛官ピアニストとボーカリスト、音楽まつりデビュー(2)
いよいよ音楽まつり当日となりました。
本番前に楽屋をのぞくと、太田2曹と三宅1士が笑顔で迎えてくれました。気になっていた三宅1士の体調もすっかり快復したとのこと、まずは一安心です。
「翔ぬける躍動、響きあう志」をテーマとしたプログラムは順調に進み、各自衛隊音楽隊と米軍軍楽隊が耳になじみのある曲をたて続けに演奏していきます。
「ドラゴンクエスト」や「丘の上のポニョ」などで会場が大いに盛り上がった後、いよいよ太田2曹、三宅1士の登場です。
明るかったステージが一転して薄暗くなり、ふたりだけにスポットライトが当てられます。夏川りみの名曲「童神」が、三宅1士の澄んだ声と太田2曹の流れるようなピアノに乗って武道館全体に響き渡り、会場は先ほどまでとは打って変わった静かな美しい世界に包まれました。
約1000名が出演する音楽まつりでは、常に大人数がステージで演奏を披露しますが、このひとときは太田2曹と三宅1士のふたりだけ。すべての観客の視線がふたりに注がれ、その歌声とピアノに耳を傾けています。
しっとりと歌い上げた三宅1士と流麗なピアノを聴かせた太田2曹に会場全体から大きな拍手が送られ、ふたりのショータイムは終了しました。ただしふたりともまだほかの出番も控えていて、ほっとしてはいられません。
その後の東京音楽隊単独の演奏時、太田2曹はほかの女性隊員と一緒に「海上自衛隊東京音楽隊」というバナーを持って登場しました。
後で聞いた話によると、ピアノの演奏についてはほかのステージとまったく同じ気持ちで臨めたそうですが、このバナーを持つ役目は「今まで味わったことのないような緊張を感じた」そうです。ピアニストとして多くの人前で演奏することには慣れていても、ピアノ以外のパフォーマンスではほかの音楽まつり初出演という隊員同様、フレッシュな緊張感を抱いたようでした。
「海を行く」では再び三宅1士がマイクを持ち、男性隊員と一緒に歌い上げます。軽快かつ凛とした歌声が力強い行進曲と共鳴し、会場を一気に海上自衛隊色に染め上げます。さらにおなじみの「軍艦」が演奏されると、会場からは手拍子が湧き起こりました。今年に限らず、音楽まつりで演奏される行進曲の中でもっとも盛り上げる曲と言えば、文句なくこれでしょう。
ふたりの最後の出番は、フィナーレを飾る大合唱「出発の歌」。三宅1士の歌声は、1000名が歌っていてもしっかり聞こえてくるのがすごいです。太田2曹も最後の演奏をのびのびと弾いています。
大盛況のもと、無事に音楽まつりが終了しました。
2日間で計6回の公演、肉体的にも厳しい日程です。しかもふたりは初めての音楽まつり参加のうえ、そのふたりだけで務めあげなくてはいけないステージまであったのです。大きな重圧があったことは容易に想像できますが、すべての公演を立派にこなしたのはさすがです。
公演終了後、心配されていた体調もしっかり本番には回復させ、本来の素晴らしい歌声を存分に披露してくれた三宅1士に感想を聞きました。
直前になって体調が悪くなってしまったときは、もう本当にどうしようかと思ったそうです。思うように声が出ないし食欲までなくなるし、かなり落ち込んだとか。けれどぎりぎり本番に間に合って、しかも回数を重ねれば重ねるほど体は疲れていくはずなのに、声はぐんぐん調子がよくなっていったというから大したものです。「今までも大きな舞台で歌わせていただく機会はありましたが、音楽まつりはプレッシャーも緊張感もちょっと別格でした」
太田2曹は今までの訓練と6回の本番を無事に終えた達成感と同時に、終わってしまうと言う寂しさも感じたそうです。また、昨年までは観客のひとりとして楽しんでいましたが、今回初めてステージに立つ側になってみて、パフォーマンス以外の準備や作業の大切さを知ったそう。出演者が1000名を超えるようなステージは初めてだったので、全体で作り上げる中での一人ひとりの責任も感じたといいます。「このような機会に演奏できたことは、自衛官としてのピアニストとして大きな経験であり財産になりました」
太田2曹のピアノや三宅1士の歌は、次の音楽まつりを待たずとも、さまざまなイベントで耳にすることができます。ピアノとボーカルが入隊したことでさらに音楽の幅が広がった東京音楽隊と太田2曹、三宅1士に大いにエールを送りたいと思います。
(以下次号)
(わたなべ・ようこ)
(平成29年(西暦2017年)7月6日配信)