ロナルド・ケスラー:シークレットサービス ~大統領警護の舞台裏~

『シークレットサービス ~大統領警護の舞台裏~』
著:ロナルド・ケスラー
訳:吉本晋一郎
発行:並木書房
発行日:2010/8/5
http://tinyurl.com/2agw6b5
本著最大の特徴は、
1.9.11テロ以降、国土安全保障省の下に置かれるようになってから、
シークレットサービスが硬直化した官僚組織になっていることを警告している
1.歴代大統領のプライベート部分が白日の下にさらされるなど、
まさに「舞台裏」からの言葉で構成されている。
1.米国内で大ベストセラーになり、世界諸国で翻訳されている
という点です。
■売れるものには意味がある

本書の装幀や帯を見ると「暴露本」的な印象を受けると思われます。
営業的な意味合いからでしょうかお色気部分も少しありますが、中身は全うなもの
です。
大統領とその家族を護るためには被弾も辞さないエリート警護官の集団
「米国シークレットサービス」について、これほど突っ込んだ取材をしたのは、
本書が初めてと思われます。
それだけに米国でも大きな話題になり、ベストセラーとなりました。
「謝辞」にあるように、シークレットサービス当局の正式な許可を得ているだけに、
百人以上のシークレットサービスの現役と退役警護官を独占取材することができ、
その多くが実名で登場しています。ですから本書の信憑性は高いと思われます。
米の各紙の書評でも、その点が評価されています。
何より「事実が訴えかける迫力」はすごいものがあります。
あなたには、すぐにでも手にとっていただきたく筆をとりました。
■知られざる組織「シークレットサービス」
シークレットサービスは米国大統領を警護する機関として知られます。
クリント・イーストウッド主演の映画もありましたね。
でも、その実像を知る人は、果たしてどれだけいるでしょうか?
名前は知ってる。米の大統領を護るための存在だということも知っている。
でも実態はよくわからない・・・
こういう方がほとんどだろうと思います。
シークレットサービスは警察機関ではありません。
長らく財務省に所属する機関でした。(現在は国土安全保障省に所属)
そしてシークレットサービスには制服部隊と背広部隊があります。
大統領、副大統領及びその家族を警護するのが「シークレットサービス警護官」と
いわれる背広部隊です。元大統領、大統領候補、渡米中の国家元首、国家レベルでの
重要行事の安全確保に責任を負っています。
ホワイトハウス警備の任に当たるのが「シークレットサービス制服部隊」で、諸外国の
大使館警備にも当たっています。
著者ロナルド・ケスラーは、これまでにもベストセラーの著作を出しており、
取材では幾つかの賞に輝く新聞記者です。
本著では、シークレットサービス警護官がどのように訓練されているかから始まり、
どのように潜在的脅威を突き止めているかにいたる任務を明らかにしています。
言ってみれば、シークレットサービス警護官は、監視カメラの役割を果たす一方で、
大統領の権力中枢で発生するすべてのことを目撃しています。著者は、ジョン・F・ケ
ネディとリンドン・ジョンソンからジョージ・W・ブッシュとバラク・オバマにいたる
大統領経験者、その家族、閣僚それにホワイトハウス補佐官について、ぎょっとさせら
れる、これまで明かされなかった内幕を、警護官のインタビューをもとに白日の下に
さらしています。
また、これが本著の特筆すべきところと思うのですが、著者はこれまで明かされる
ことがなかった大統領暗殺事件についても言及しています。ハリー・S・トルーマン
の暗殺を試みた者を射殺した見事な銃撃戦、ジョン・F・ケネディがダラスで射殺さ
れた日の警護の実態、さらにロナルド・レーガンが銃撃された直後の迅速な対応策な
ど、シークレットサービスが、試練に立たされた襲撃事件の内幕が語られています。
その一方で、9・11テロ以降、財務省から国土安全保障省(DHS)に移管され
たことにより、シークレットサービス首脳部が手抜き(金属探知機での警護を切り上げ
てしまう)を始め、現大統領バラク・オバマ、副大統領ジョー・バイデンやその家族を
暗殺の危険にさらし、またこれまで検挙数の水増しなど不正をしていることも、本書で
明らかにされています。
■レーガン暗殺未遂事件
私が個人的に最も印象に残っているのが、レーガン暗殺未遂事件です。
テレビで犯行の一部始終を目の当たりにしましたからね。
このとき、大統領の盾となった警護官のイメージが、
私にとってのシークレットサービスです。
本著を見る限り、警護官が大統領の盾になって銃弾を受けたのは、これが唯一の
例なんだそうです。意外でしたね。
あのとき、一秒間に六発の銃弾が発射され、大統領も被弾したのですが、
発生から大統領が病院に入るまでの、おそらくは考える暇すらない時間の流れの中で
警護官が示した判断と措置は、まさにプロの仕事と思いました。さすがです。
なおここで、非常に興味深い逸話が紹介されています。
レーガン大統領が病院に担ぎ込まれたときにFBIは「所持品総てが証拠として必要」
と大統領の「核兵器発射権限認証カード」も没収したんだそうです。
その際に明らかになったのが「大統領が緊急手術を受けるという状況下での、核発射
ボタンの権限委譲制度の不備」です。憲法の規定のみでは対処できない状況が生まれ、
「核兵器の発射を誰が命令するかが明確ではない時間が発生する」ことが白日の下に
なったのです。
これについては、当時の副大統領だったブッシュ(父)氏が大統領になった際、
詳細な機密規定を策定したそうです。
■だからオススメです
それにしても、これほどまで多くのシークレットサービス関係者が、これまで明かさ
れてこなかった内情を、しかも実名で、なぜ明らかにしたのでしょうか?
1.官僚化の進んだ組織幹部は時代の変化に適応できずにいる。
2.そのことが警護官の士気を奪って、優秀な者から組織を去る原因になっている。
3.このままではシークレットサービス、すなわち「要人暗殺阻止能力」が弱まる。
という非常な危機意識からのようです。
謎に包まれた組織「シークレットサービス」の実態を白日の下にさらけ出し、
創設から現在にいたるまでの現場の実情を余すところなく記した本著では、
「官僚化した幹部」がまきおこす「組織の硬直化」が、いかにシークレットサービス
現場を悩ましているかが元警護官の言葉を通じて痛烈に批判されています。
組織の幹部が官僚化することによる組織硬直化の弊害はどの国でも出ているようです。
だからこそ米国内でもベストセラーになったのでしょう。
2005年のブッシュ大統領暗殺未遂も、シークレットサービスの意見具申を聞かな
かったために起きたもののようです。
お馴染みのあの大統領の裏話を通じた
「こんなことまで書いていいの?」
というドキドキ感を味わいながら、
「組織の官僚化の問題は具体的にどういう形であらわれているか」
「国家の要人暗殺阻止能力とはどういうものか」
「シークレットサービスとは何か」が、
たたみかけてくる事実の迫力を通じて伝わってくる、
とても新鮮で面白い本です。
読者の蒙を拓く内容であると共に資料的価値のあるこの本。
心より、ご一読をオススメします。
本日紹介した本は
『シークレットサービス ~大統領警護の舞台裏~』
著:ロナルド・ケスラー
訳:吉本晋一郎
発行:並木書房
発行日:2010/8/5
http://tinyurl.com/2agw6b5
でした。
(エンリケ航海王子)
■もくじ
謝辞
プロローグ
1 トルーマン大統領
2 ケネディ大統領
3 ジョンソン大統領
4 脅迫者
5 ニクソン大統領
6 暗殺者
7 フォード大統領
8 ホワイトハウス
9 ジャッカル
10 カーター大統領
11 大統領専用車
12 レーガン大統領
13 ナンシー・レーガン
14 シークレットサービス訓練所
15 レーガン暗殺未遂事件
16 警護官の憂鬱
17 ブッシュ大統領(第41代)
18 霊能者の予言
19 クリントン大統領
20 警護の曲がり角
21 大統領の居場所
22 手抜きの始まり
23 ブッシュ大統領(第43代)
24 時代遅れの装備
25 ブッシュの令嬢ジェンナとバーバラ
26 チェイニー副大統領
27 オバマ大統領
28 ブッシュ暗殺未遂
29 水増しの統計数値
30 職務怠慢
エピローグ
シークレットサービス略史
訳者あとがき
追伸
略史も非常によいですね。
本日紹介した本は
『シークレットサービス ~大統領警護の舞台裏~』
著:ロナルド・ケスラー
訳:吉本晋一郎
発行:並木書房
発行日:2010/8/5
http://tinyurl.com/2agw6b5
でした。