葛原和三 『機甲戦の理論と歴史』

2019年2月6日

主力戦車同士の激突というスタイルが起こる可能性は遠のいた。
しかし、人間社会が存在する限り、軍事は残り、陸戦も永遠に残りつづける。
今必要な新しい陸戦理論を編み出すために必要な要素、エッセンスは何か?という問題意識から、機甲戦理論の歴史とその発展についてまとめたのがこの本です。
ちなみに監修者である、戦略研究学会常任理事の川村康之さんは<機甲戦理論は、現代では陸上戦理論と同義語ともいうことができ・・・>とかかれています。
著者には、
21世紀の用兵の核となる「統合軍」の中核として即応しうる「機動展開グループ」のための新たな理論形成に資する目的もあると推察します。



■ストラテジー選書
本著は、芙蓉書房さんが継続して刊行されている「ストラテジー選書」の最新刊です。
「ストラテジー選書」は<一般の読者が電車の中でも気軽に読めるような文献>というコンセプトで作られているシリーズです。
本著に限らずこのシリーズ(ストラテジー選書)全体についていえることですが、用語や人物解説、歴史的なイベントの解説欄が本文の上段にあります。
本を作る側にとっては大変な手間だと思うのですが、軍事用語辞典、事典を兼ねているわけで、初心者には大変ありがたい構成です。非常に意味ある取組みと感じます。
わが国には現在、ろくな軍事辞書・事典が存在しません。
信頼に値する権威ある辞書も事典もないから、用語ひとつとっても調べるすべがないんですよね。
このシリーズをほぼ全部持っていますが、この項目解説については手書きでノートに写し、
事典や辞書として日々活用しています。
権威ある学会・出版社の手になる軍事辞書・事典の出版をあらためて願います。
■著者は・・・
葛原和三1等陸佐[陸軍大佐]です。
略歴を本著から引用します。
<葛原和三(くずはら かずみ)
1950年生まれ、陸上自衛隊幹部学校戦史教官、一等陸佐、機甲科1965年陸上自衛隊少年工科学校入校、1974年北海学園大学卒業、機甲科部隊では、戦車教導隊(小隊長)、第7師団(師団長副官)、第73戦車連隊(中隊長)、第11戦車大隊(大隊長)などで勤務する傍ら、幹部学校指揮幕僚過程、筑波大学史学研修後、幹部学校(戦史教官)、防衛大学校(助教授・教授)、防衛研究所戦史部(所員)及び現職において戦史教育を担任している。著書に『戦場の名言』(共著、草思社、2006年)、『ニューギニア砲兵隊戦記』(解説、光人社、2008年)などがある。>
■本著のベネフィット
「理論形成に資する素材の提供」というべき内容の本です。
ですから理論がかかれているものではありません。
過去の理論がどういう経緯を経て形成されてきたのか?という点がテーマで、機甲戦の歴史から養分を吸収できる有機的な機甲啓蒙書となっています。
最大のベネフィットは、
軍人である著者の戦史評価・批判がついていることだと思います。
だから信頼でき、だから時間をかけることなく陸戦理論のエッセンスを吸収しやすいです。
「各国軍のドクトリン(教義)」が紹介されている点も重要と考えます。
ドクトリンは戦史から有機的につむぎ出された教訓を通じて、生気を発するものです。
著者は本著で機甲戦理論の構築には至りませんでしたが、それに資する貴重な資料を提供してくれたと考えます。
出来れば次回作で、現代日本の機甲理論を打ち出していただきたいですが、宿題は、次代のわが軍人さんと研究者に委ねられたといえましょう。
別の面から見れば本著は、「軍事の近代化」を解説した本ともいえます。
現在が、歴史的な世界的な軍近代化の真只中にあることを改めて感じさせてくれる本です。
文章も読みやすいです。
絵や写真もたくさん載ってますし、圧迫感を感じません。
総ページ数は178ページです。
■概略と印象
第1章では古代の戦史から機甲戦にいたる戦史を紐解く中で、その根底に流れている「機動戦の思想」をくみ上げ、「優勝劣敗の定理」からみて「勝者の何が敵に優越したか?」を解説しています。古代ギリシャから現在にいたるまでの機甲戦史を概観し、軍事専門家としての評価と批判を行っています。
読み進める中で感じた利点は、戦史で読むべきポイントを抽出してまとめてくれていることです。把握するべきポイントを絞りぬき、その本質、理由が丁寧に記されています。非常に分かりやすいです。
「機動戦序説」では、「用兵思想」「ドクトリン」「機動」「機動戦の戦い方」等に関する詳細な解説がなされています。
これまでいろいろの書を見てきましたが、ここまで陸戦用語を本格的に分かりやすく解説したものはないと思います。個人的には、この部分を読むだけで求める価値があると考えます。
陸戦の本質は機動である。
ということが良く分かりますね。
第2章からは、第二次大戦で機甲理論の対決を行なったドイツとソ連をはじめとする、近現代の各国機甲戦史がはじまります。
ちなみに、第二次大戦で機動戦を復活させ、勝敗を決したのは独自の機甲戦理論をもったドイツとソ連でした。
各国がどういう経緯を経てどういう戦訓を抽出し、それを次の時代にどう活かしたか? がコンパクトではあるが要領よくまとめられています。
個人的に興味深かったのはソ連赤軍の「縦深戦略理論」形成の過程です。
1918年に諸国の包囲下で誕生した赤軍が内戦を通じて学んだのが「内線作戦における機動の価値」でした。これが縦深戦略理論にまとまってゆく過程は非常に興味深いです。
「5 ドイツ軍と赤軍の機甲戦理論の相違」では、「力学的な原理による相違」「作戦における指揮の相違」「機動の方式による相違」という3つの側面から両軍の理論を評価・批判しています。
イギリスとフランスも取り上げられています。
イギリスでは「戦車が機動の主役。歩兵は補助者」という考えです。
フランスの項では、普仏戦争敗北後、攻勢主義をプロイセンから学んだフランス軍が攻勢を絶対化してゆくなかで、<戦術が精神主義に向かって以来、軍人の思考は、抽象のまた上の抽象へと向かいだした。実戦から遊離した教義が、非現実的なドクトリンへと変貌し始めた>(P80) と、精神主義の度合がますますひどくなっていったことが記されています。
しかし第一次大戦で過度の攻勢主義により未曾有の出血を出した仏軍は、その後一転して火力の信奉者となります。
フランスでは、歩兵が機動の主役。戦車はその補助という考えです。
帝国陸軍はフランスから戦車を輸入しており、運用思想はフランスのそれが自然に入ってきたと考えるべきと著者は指摘します。
英仏機甲戦史で欠かせない軍人であるイギリスのフラーとリデルハート、フランスのド・ゴールがいずれも、自国の国防政策に焦燥の念を持っていたというのも、なんとも奇妙な一致です。
ドイツ軍近代化の本質が「新たな機甲戦理論」にあることを彼らが見抜いていたためでしょうか。
本著でも取り上げられていますが、ド・ゴールは著書『職業軍の建設を』(1933)のなかで、数年後のドイツ軍の電撃作戦を絵に書いたように予言しています。
近代化にのり遅れていた米軍は第一次大戦に参戦し、貴重な教訓を得ます。
それをきっかけに騎兵部隊から機械化部隊への近代化に着手しますが、その後20年ほど経った1938年時点でも馬は残ってたそうです。
どの国の軍でも、新しい動きの歯車が動き出すには長時間かかるという教訓ですね。
第3章はわが陸軍の機甲史です。
わが国でも米同様第一次大戦の分析結果を通じ、大正八年に騎兵廃止論がでました。しかしこの論議は、騎兵局長の抗議の割腹で幕を下ろしてしまいます。
しかしその後も調査研究は続き、宇垣軍縮によってはじめて帝国陸軍は近代化をスタートさせたと著者は言います。軍からひどく憎まれた宇垣軍縮の目的が、第一次大戦で明らかになった軍事近代化にわが軍が対応するためのものであったことが理解できます。
著者はこれに関連して、教義の硬直化、教条化についてこう述べています。
<本来保守的である軍人の教範に対する批判を将来にわたり戒めたことは、じ後の改善の芽を摘み、制定した条文を無誤謬化することになった。このようにして既成の条文に依拠し、戦闘者としての現実感を失っていったといえる。
これは第一次大戦における機械化や機動力についての現実認識が希薄であったことに要因があったものと考えられる。>
帝国陸軍が主敵として認識していた赤軍近代化の実態をうまく認識できなかった理由としては、次の3点を挙げています。
・軍指導者が日露戦争と第一次大戦を通じた帝政ロシア軍の印象を拭えなかった
・赤軍をロシア軍と同一視し「民族的特性は不変」と評価していた
・革命後の赤軍は粛正により、将校の質が大幅に低下していたことが実態把握を困難にしていた
帝国陸軍では機械化への動きが続きますが、けっきょく各兵科の装備奪い合いという結果に終わり、装甲兵団創設にはつながりませんでした。
その後、満州事変をきっかけに陸軍は軍備近代化に本格的にかかります。
それなのに、シナ事変を契機に機械化は遅延してしまいます。
陸軍がシナとの戦を「長期消耗戦になるのは必至」と当初から反対していたのはこのためなんですね。
そして起こったのがノモンハン事変です。
国家指導部の誤りにより、シナでの戦争に足をとられてしまった陸軍は、シナ本土でシナ軍を相手にするレベルの装備でよしとし、もはや改革への切迫感を失っていました。
そのあとは、昭和15年に行なわれた騎兵トップ吉田中将の意見具申と昭和16年の機甲本部設立、戦車連隊編成など読み応えある歴史が続きます。
著者は帝国陸軍の機械化が遅れた要因として
・敵はシナ軍、大陸の地形は自動車化に適さないなどという、あまりにも現状を基準とした認識にこだわり、将来生起する蓋然性に対応できなかった
・戦車は誰のもので誰が使うかという組織上の主体性がないため、運用者が自らの軍事思想に基いた運用理論を持たなかった
としています。
第4章は現代の機甲戦について記された章です。
ソ連赤軍(ロシアも引き継いでいると見られる)、米陸軍、西ドイツ陸軍、イスラエル陸軍、わが陸自のそれが紹介されています。
著者は現代の戦争を、情報が決定的役割を果たす「情報戦」と捉えます。
平時有事問わない「情報の確度の優越」をめぐる戦いが続いているということです。
ここでキモとなるのが「情報通信能力」で、機動戦では、あらゆる部隊レベルで情報通信能力の進化が求められている、と著者は主張します。
イスラエルの中東機甲戦史、湾岸戦争、イラク戦争の機甲戦史も面白いですが、ここでつかんで欲しいのは「トランスフォーメーション」という言葉で知られる「軍再編」の本質が、本著全体を通じて流れている「軍事の近代化への対応」そのものだという点です。いまのそれは内燃機関ではなくIT技術でしょう。
当然、国家としての情報保全への取組も重要となります。
本章で取り上げられているのは最近の歴史なので、現在が軍事の世界にとって歴史的転換点の真っ只中だということが、頭に入りやすいと思います。
■オススメします
最初に書いたとおり、本著は機甲戦理論構築に資する素材を有機的に提供するものです。その意味で、軍人さんや専門研究者にとって最も有益な資料といえましょう。
しかし、陸戦のなんたるか、軍事近代化のなんたるかを本著を通じて知っておくことは、それだけでも、わが軍事力整備にあたって必要なことばをつむぎだす根源になること、国防を考える際の視野の広さを保つことにつながります。
いってみれば一生ものの廃れることのない資産です。
あわせて重要なのは、戦史・軍事史理解は真の歴史理解につながるということです。普通の国では戦史や軍事史こそが歴史です。
本著の帝国陸軍に関連するところだけ拾い読みしても、大東亜戦争前後の真実と、戦後日本の歪んだ歴史観の相違点をお感じになることでしょう。
機甲戦理論が発展してきた道すじを、有機的に分かりやすく解説した本著。
ぜひご高覧下さい。オススメです。
本日ご紹介したのは、

『機甲戦の理論と歴史』
著:葛原和三
出版社:芙蓉書房出版
発行日:2009/6/20
でした
次回もお楽しみに
(エンリケ航海王子)
追伸
時代に伴う任務の多様化と、軍事力構成・軍事戦略との間には基本的に関係はないと感じます。
古来から続く伝統的な武装と用兵理論は今後も永遠に進化を続け、なくなることはないでしょう。
本日ご紹介したのは、

『機甲戦の理論と歴史』
著:葛原和三
出版社:芙蓉書房出版
発行日:2009/6/20
でした
■もくじ
はじめに
第1章 機甲戦前史及び序説
 
 一 陸戦の発達と機動戦
  1 格闘戦の時代
  2 火力戦の時代
  3 機動戦の時代
 二 機動戦序説
  1 用兵とは何か
  2 ドクトリンとは何か
  3 機動とは何か
    機動の目標/機動の意義とは/機動の原則/機動戦とは/機動戦の
    戦い方/機動の方式とは
  4 機甲戦理論とは
    「機甲」とは/「機甲戦」とは/「機甲戦理論」とは/機甲部隊の
    運用/機甲部隊の指揮と状況判断
  5 戦車とは何か
    戦車の定義/戦車の区分
第2章 機甲戦理論の形成と発展
 
 一 ドイツ軍の電撃戦理論の形成と発展
  1 プロイセンの軍制改革と参謀本部の誕生
  2 モルトケの訓令戦術
  3 シュリーフェン・プランとその挫折
  4 ゼークトによる軍事改革
    戦史研究による敗因分析/ゼークトの思想の具現化
  5 電撃戦理論への発展
    グデーリアンによる機甲部隊の育成/グデーリアンの機甲運用/
    「電撃戦」とそのイメージ/西方電撃戦の指揮実行/バルバロッサ
    作戦の場合
 二 ソビエト赤軍の縦深戦略理論の形成と発展
  1 赤軍の誕生と軍事教義
    赤軍の後進性からの脱却/先進的軍事理論の萌芽
  2 縦深戦略理論の形成
    国内戦における内線作戦の教訓/連続作戦理論への発展/縦深戦略
    理論の完成
  3 殲滅戦の遂行とその段階
  4 第二次大戦における赤軍の戦車部隊
    独ソ開戦からモスクワ防衛戦へ/スターリングラードからベルリン
    への反攻
  5 ドイツ軍と赤軍の機甲戦理論の相違
    力学的な原理による相違/作戦における指揮の相違/機動の方式に
    おける相違
 
 三 英・仏・米陸軍の機甲戦理論の形成と発展
  1 イギリス陸軍の機甲運用
    戦車に求められたもの/フラーの機甲部隊創設構想/フラーの
    「一九一九計画」/フラーが追求したもの/リデルハートの
    「間接アプローチ」理論
  2 フランス陸軍の機甲運用
    フランス攻勢主義の教訓/フランス流の戦車運用/ド・ゴール、登場
  3 アメリカ陸軍の機甲運用
    騎兵部隊から機械化部隊への胎動/遅れた機甲部隊の創設/出撃、
    パットン戦車軍団
第3章 日本陸軍の機甲の発展
 一 第一次大戦の影響
  1 日本騎兵と機械化への抵抗
  2 陸軍の第一次大戦の調査研究
    陸軍省の「臨時軍事調査委員」による調査研究/参謀本部の
    「軍事研究会」による調査研究/殲滅戦の推奨
  3 欧州陸軍と比べた我が国の実情
  4 宇垣軍縮による近代化と国産戦車の誕生
 二 日本陸軍の戦術教義と機械化
  1 『戦闘綱要』の制定と戦術教義の確立
  2 陸軍の赤軍とドイツ軍に対する評価
  3 機械化論者の主張
    新たな軍事思想の萌芽/「機動兵団視察団」の欧州派遣
 三 機械化部隊への発展と蹉跌
  1 機械化部隊の編成と運用
    満州事変と機械化部隊の編成/支那事変による機械化の遅延
  2 ノモンハン事件と機甲化への胎動
    ノモンハン事件の教訓/近代戦における騎兵の限界
  3 機甲部隊創設と大東亜戦争の諸作戦
    騎兵から機甲兵へ/南方侵攻作戦における戦車部隊の活躍/米反攻
    以降の戦車部隊の戦い/満州・千島における対ソ戦
  4 日本戦車の特性と限界
    戦車を撃破できる戦車を/日本戦車の技術的限界/日本陸軍の
    機械化が遅れた要因
第4章 現代の戦争と機甲戦
 
 一 現代の戦争とその概略
  1 情報戦の時代へ
  2 現代の機甲戦概観
  3 各世代の戦車における技術進歩
    第一世代から第二世代へ/第三世代戦車の発展と到達点
 二 現代のドクトリンと機甲部隊運用
  1 ソ連の機甲部隊運用
    ソ連軍事ドクトリンの特色/核戦力と通常戦力による攻勢作戦/
    「作戦機動部隊」への発展とその運用
  2 アメリカの機甲部隊運用
    ペントミック・コンセプトによる核戦争への対応/ROADコン
    セプトによる見直し/アクティブ・ディフェンスによる防勢への転
    移/エアランド・バトルへの発展
  3 西ドイツの機甲部隊運用
  4 イスラエルの機甲部隊運用
    戦いの歴史を遡上するイスラエル/「オール・タンク・ドクトリン」
    へ/走る保険会社「メルカバ」誕生
  5 陸上自衛隊の機甲部隊運用
    警察予備隊から陸上自衛隊へ/初期の戦車運用/機甲師団への道のり
 三 現代における機甲戦闘
  1 湾岸戦争における機甲戦闘
  2 「イラクの自由作戦」における機甲戦闘
  3 戦争の変化と新たな脅威への対応
    新たな脅威との戦争のはじまり/進むトランスフォーメーション/
    作戦のフル・スペクトラム化/「個」との戦いへの対応
おわりに
あとがき
参考文献
監修にあたって 戦略研究学会常任理事 川村 康之