自衛隊将校の養成課程

軍には階級があり、それは将校・下士官・兵という区分となります。
ご存知のとおり、それぞれの担う役割は異なり、養成過程も違います。

下士官兵につきましては、出版物等を通じ、すでに広く知られていると思いますが、将校については情報不足による誤解が、いまだかなり広く見られます。ですのでここでは、将校の養成に絞っておはなしをします。
(エンリケ航海王子)
青年将校の誕生
わが自衛隊将校になるには、幹部候補生学校を卒業する必要があります。
さっそくですがここでひとこと。よくある誤解なのですが、防衛大学校は旧軍でいう士官学校や兵学校に相当する学校ではありません。防大を出ただけでは将校になれません。防大は言ってみれば「三軍統合予科士官学校」というべき存在です。士官学校本科で学ぶ前の予備段階に当たる「予科」に相当する学校です。
ある年代以上のかたや、お詳しい方でしたら「予科」という言葉をご理解いただけると思いますが、全くわからない方もおられると思うので、簡単に説明します。予科というのは本科へ進む前の予備課程のことです。本科に進むことを前提とし、予備的カリキュラムを学ぶ教育機関です。「ニュアンスだけ」でいえば、現在の大学教養課程に近いでしょうか。
わが自衛隊で士官学校本科に相当するのは、幹部候補生学校(幹候校、候校)です。防大が予科だとすればこちらが本科です。陸海空それぞれにあり、
場所は、久留米(陸)、江田島(海)、奈良(空)となっています。
幹部候補生学校に入るには、
1.防大を卒業して入る
2.部外から試験を受けて入る
3.部内(既に自衛官になっている者)から入る
の三つのルートがあります。
余談ですが、自衛隊では上の二つをA幹部、3.をB幹部と人事取扱上区分けします。陸では1.をB、2.をUと呼びますが、これは単に通称です。なお、2.については、公務員応募に当たっての学歴制限が撤廃されたため、大卒資格は必須でなくなっており、大卒同等の学力を有すること、という条件に変わっています。また、海外大学を卒業した人でも、日本国籍さえあれば受験可能です。
ちなみに江田島には、海自の幹部候補生学校と第一術科学校があります。「江田島といえば海軍兵学校」というイメージが強いためか、この両者はごっちゃにされ、ずいぶん誤解を受けているようです。海兵の後継たる将校養成機関は、幹部候補生学校です。一術校は、艦艇職域技能(航海、掃海、魚雷、射撃、潜水など)を教育・訓練・研究する、言ってみれば専門学校に相当します。
幹部候補生学校入校後は・・・
入校後ですが、防大卒とその他ではカリキュラムが違います。これは、将校としての心構えや視野・視点について意識せず過ごしてきた人と、曲がりなりにも四年間、将校としてのあり様を体に叩き込まれてきた防大卒の人を、同じカリキュラムで平等に教育する意義がないからです。やむをえない事でしょう。
学校生活の最小単位は海の場合は分隊、陸・空は区隊です。幹候校での教育期間は、海が一年、陸が八ヶ月(*1)、空が、防大卒は半年、一般大卒は半年の教育課程のあと一旦部隊に出てその後卒業、となっています。
(*1)陸の幹部候補生学校の教育は、今年4月からB課程(防大卒)、U課程(一般大卒)とも同じカリキュラムになりました。期間は4~12月です。これまで陸のU幹部(一般大卒)については、空と同じく「半年の教育課程のあと一般部隊に出てその後卒業」というかたちでした。
以前の陸の幹部候補生教育期間は、B(防大卒)は4~9月、U(一般大卒)は4~翌年2月でした。というわけで、海・陸では防大卒も一般大卒も一緒に揃って卒業します。空では卒業時期が異なります。
ちなみに海では、その日のうちに三等海尉(海軍少尉)に任官し、練習艦隊に実習幹部として乗り込みます。海方面からは、「防大●●期よりも幹候●●期のほうがしっくりくる」との声がよく聞こえてきます。今後、陸そして空もそういう方向に進んでいくのでしょうね。
青年将校になったら・・・
海の場合、練習艦隊で遠洋航海訓練を受けた新品少尉(新人三等海尉)には、その後、各自の専門領域が決められます。(艦艇用兵、航空用兵、艦艇装備、航空装備、経理補給など)そして、その教育のための教育課程に進みます。
教育課程終了後、護衛艦などの各配置や掃海艇、潜水艦、回転翼機、固定翼機等に進むごとに専門の教育課程やOJTがあり、あっというまに二尉[中尉]になるというのが実際のようです。ちなみにこの段階での教育課程は、一ヶ月から二年までさまざまあると聞きます。
陸や空の場合、三尉[少尉]の間にBOC(basic officer’s course 幹部初級課程)でそれぞれの職種の専門教育を受け、部隊でしごかれるうちに二尉[中尉]になります。
一般大学の大学院に進学する将校もいます。この場合、陸や空では三尉[少尉]のうちに希望を出して準備に入りますが、海の場合は二尉[中尉]になってからのようです。ただ、国内の大学には左翼的思考が強く、自衛官の入校に対する拒否反応が強いです。ですので一般大学大学院で受入れをする数もわずかで、防大の理工学研究科や「管理学、国際関係論」などの「社会科学」系の研究科(大学院に当たる)か海外の大学に進む方が大部分です。
防大の研究科では各課程に応じて修士や博士の学位が授与されます。ちなみに国内の進学先は殆ど国立大学で、もちろん公務ですから国費です。受け入れを行なっておられる先生方は毅然とした方々ばかりで、そういう先生には左翼学生も一目置いているので騒がないんですね。
そして、一尉[大尉]の時期に行なわれるのが、職種別専門教育の仕上げ、AOC(advanced officer’s course 幹部上級課程)という課程です。これが、将校全員が受ける義務教育の最後のものとなります。
A幹部は、一尉[大尉]までは一斉昇任です。ここから先は、職の要求にしたがい、いろいろな要員を養成すべく、幹部学校などの部内教育課程に進んだり、他の自衛隊や外国の軍隊、部外の大学などに派遣されたりします。
幹部学校とは?
さて、幹部学校(幹校)は、旧軍でいう陸軍大学校、海軍大学校に相当するわが自衛隊の最高教育機関です。巷では、幹部と士官が同じような響きを持つため、幹部学校のことを士官学校だと勘違いしている人もいます。ぜんぜんちがいますので・・・。
幹部学校といえば指揮幕僚課程(陸:CGS、海・空:CS)が有名です。ここへは、受験で選抜された将校のみが入校を許されます。陸・空の場合は、受験回数は4回です。教育期間は陸が二年、海空が一年です。なお、試験は筆記試験の他に二次で面接もあり、多少追い込まれる場面もあるそうですよ。(笑)
何を勉強しているかといえば、大部隊の運用、軍事戦略、国家戦略などについて考え、高級将校にふさわしい器量を磨くことです。ですので、軍事に留まらず、文化・経済・哲学・歴史などなどさまざまな分野にわたる勉強を行ない、多面的、複眼的なものの見方、柔軟なアタマを養います。そういう学校ですから落第も試験もありません。毎日のように極めて大量の課題が出されるので、全員四苦八苦するようです。
評判で聞く限りですが、幹部学校では、一般の大学とは違って議論がタブーなし完全フリーで行われているようです。もしかしたら、わが国で最も自由な学校かもしれません。
その他、各幕は、米英独仏などの軍事大学に極めて少数の学生を派遣しています。ちなみに「ひげの佐藤さん」(元一等陸佐。イラク復興支援群初代業務隊長 現・参議院議員)は米国CGS卒です。
また、陸にはTAC(技術高級課程:用兵ではなく技術分野に進んだ高級幹部を作る)があります。期間は1年で、同じく幹部学校で教育します。
所謂、技術版CGSみたいなものです。
陸の場合、CGS、TACに行かなかった将校の課程もあります。FOC(Foward Officer’s Cource)(幹部特修課程)というのがそれです。普通科[歩兵]、特科[砲兵]、機甲科の場合、富士学校で教育が行なわれます。これは、職種部隊の指揮官、幕僚養成を目標としますので各職種運用について、各職種学校で教育されるわけです。しかし実態は、卒業した方はそれ以上の上級部隊の幕僚もやっています。FOCの受検資格は一尉[大尉]又は三佐[少佐]で、CGSと同じように1次試験、2次試験と試験で選抜されます。
幹部学校卒業後の人事取扱
幹部学校課程修了後の人事は、各自衛隊で少しづ違うようです。
1.海の場合
指揮幕僚課程を出ても、二佐[中佐]で退役する人は少なくありません。この理由は、「学歴に安住させない」との姿勢を海自が貫いているからです。「試験だけであれば女性幹部のほうが成績が良い」という事実が物語るように、選抜試験の成績は実務能力の担保にはならない、と見ているようです。学歴による人事取扱の違いは全くなく、幹部は、全員が幕直轄人事の対象者で、評定は勤務実績がすべてです。
とはいうものの、幕の中枢や内局、上級部隊司令部といった激烈部署で、寝るヒマもないほどの勤務で鍛えられる人とそうでない人では、明らかに、実務能力・視野の広さで差が出ます。こういう経歴が実力の差異を生み、昇任に影響を与えるのは事実でしょう。
2.陸の場合
「まれに二佐[中佐]で退役する方がいる」というのが現実です。昇任の前後はありますが、CGSを出れば、途中病気等不測の事態がない限り一佐[大佐]になります。長期の病欠等すれば二佐[中佐]で終わりますが、これは極めて稀なケースです。CGS修了生は他の幹部と人事取扱が異なり、幕直轄の人事として扱われるそうですが、これは旧軍以来の伝統ということです。なお、前項で紹介したFOCを出た場合は、まれに一佐、大半が二佐という感じのようです。
3.空の場合
詳細は不明ですが、課程終了後の人事取扱は陸と同じようです。陸のようにほとんどが一佐になる、というのではなく、陸と海の中間くらいが一佐になっているのが実態のようです。
幹部学校課程修了後の教育
各幕には、幹部高級課程があり、統幕には統幕学校があります。これは、二佐[中佐]の半ばくらいで入る課程で、いってみれば上級CGS、CS、CSC課程といえるものです。統幕学校には高級課程、一般課程があり、ともに1年の課程です。一般課程は陸海空の幹部高級課程に相当し、高級課程は、一佐[大佐]、将補[准将~少将]が対象となります。
その他、陸にはTAC(技術高級課程:用兵ではなく技術分野に進んだ高級幹部を作る)、海には特別課程(特定のテーマを与えて1年間専従的に研究させる)があります。空についてはよくわかりません。
さて、エリートに選抜されたとすぐ分かるのが、二佐[中佐]のときに防衛研究所に学生として入るコースです。これはエリートとされます。このコースに乗った将校はたいてい将補以上になります。防研では、内局や他省のキャリア達と一緒に天下国家を考えています。ランク的には、防研>統幕学校>幹部高級課程の順です。しかしながら、CGS、CSを出たからといって、上記3つのいずれかの課程に行けるというものではありません。
最後に
とりあえずまとめては見ましたが、正直1パーセントも書けていない気がします。自衛隊は自己完結型組織であり、「自衛隊には、お坊さん以外の仕事はすべてあるといえます」(某退役将校)との言葉にあるとおり、組織内には世の中のありとあらゆる仕事が存在するといっても過言ではありません。
将校は、誰かが必ず何かをやらなければいけません。そのため、数え切れないほどさまざまな教育課程が用意されている。それが、わが自衛隊将校教育の実像といえるでしょう。幹部をひとつの部署に専従させることはできないので、次々に必要な人を確保する必要に、常に迫られてますしね。
(エンリケ航海王子)