平和はまだ達成されていない ナウマン大将回顧録

2019年2月6日

本著は、わが国では余り知られることのなかったNATO、欧州の軍事そして戦後ドイツの軍事について、ドイツ軍NATOという欧州軍事の中枢で責任ある立場にあった将軍が自ら書かれた、極めて貴重な資料といえます。
冷戦構造の崩壊にあたってドイツおよびドイツ軍はどう対処したのか?
新たな欧州の安保構造構築にあたって、ドイツを含めた欧州は何をしてきたのか?
そして今何をしているのか?
ロシアNATO,欧州はどう見ているのか?どう扱っているのか?
・・・
その過程で、ドイツ軍トップ、NATO軍事部門トップとして最前線の様子を見た著者の言葉は、あまりに重く、あまりに具体的です。

■著者・ナウマン将軍の略歴
1939年ミュンヘン生まれ。
1958年入営。砲兵将校に任官。
砲兵部隊火力統制将校、機械化歩兵大隊参謀(人事、作戦)、135機械化砲兵大隊砲兵中隊長
1970~1972年 イギリスの王立国防大学留学。連邦軍指揮幕僚課程終了
旅団作戦参謀、55機械化砲兵大隊長、30機械化擲弾歩兵旅団長などを歴任。
1983年 イギリス王立国防大学派遣
1986年 准将 国防省計画担当副部長
少将に昇進後、国防省軍事政策部長、連邦軍総監部第三部長を歴任。一軍団長を経て、1991年10月、ドイツ軍トップの連邦軍総監に着任。
1996年2月、NATO軍事委員会議長に選出。
1999年、任務完遂。退役
■貴重な資料
あとがきで訳者の川村さんが
<歴史上の大きな転換点におけるドイツとヨーロッパの安全保障政策に関する第一級の資料にほかならない>
と記しておられますが、まさにそのとおりとの思いを持ちます。
大変貴重です。
回顧録であると同時に、冷戦以後、現在から将来にかけての軍事の動向を把握するうえで必須のガイドブックとも思います。
かかれていることはわが自衛隊にも直結する問題です。
どこか遠いところの話ではありません。
ナウマン将軍はまえがきで
<私は、ただ冷戦の末期と以降過程において十六カ国の旧NATO諸国に所属する数千人の軍人が果たした貢献を書きとめ、公表することだけを意図していた。(中略)対立関係を解消する上で果たした軍人の貢献を紹介することが、この本を書くことになった動機の一つであり、ドイツにおける安全保障政策に貢献することがもうひとつの動機である。この本は第一部と第二部から構成されており、この二つの部は、これら二つの動機に対応している。>
と書かれています。
第一部が前者の、第二部が後者の動機にそれぞれ対応しています。
■過去五年間の世界的変化の代表的なもの
ナウマン将軍は過去五年間で世界的に起きた変化の代表として以下の二つを挙げておられます。
1.中東情勢の変化
1.ロシア情勢の変化
両者はそれぞれ独立しているわけではなく、密接に絡み合っている。
中東情勢は<世界の関心の中心>であり、すべての主要国が21世紀も引き続き関心を寄せるとし、あわせて、現在が歴史的な転換点にあり、冷戦崩壊後の世界秩序はまだ存在しておらず、多極化した世界はいまだ存在していない。
9・11により本土を攻撃された米はもはや、世界の模範足りえなくなっており、この世界には単独で解決できる問題は存在せず、アメリカは、軍事力による制圧はできるが問題の解決そのものには世界の主要国の協力が不可欠になっている。そのため、唯一の超大国アメリカは問題解決にあたって、他国を共同の決定に参加させることが前提になってきている。
もうひとつの柱は「ロシア」です。
冷戦崩壊時ナウマン将軍は、隣接する旧東欧諸国との関係構築の基盤を軍を通じて行いました。東独軍の解体と新生ドイツ連邦軍編成にも責任者としてあたっています。
ナウマン将軍はその過程で、対外関係構築にあたっては「情報公開に基く信頼関係」が何より大切だと学びます。それを時系列で紹介しているのが「2.友好の試練」から「6.軍人とヨーロッパの和解」までの各章です。
チェコ、ハンガリー、ポーランドなど、昨日まで敵だった隣接する諸国家との交流再開の様子は実に感動的です。
しかし、最後のロシアとの交渉では結局失敗します。
少しダブりますが、「4.ロシア人は来て、そして去った」「5.ポーランドを得てロシアを失う」「7.同盟は橋を架ける」で、ロシアとの交渉の様子が細かく記されています。とくに興味深かったのは、大陸国ロシアが海洋同盟NATOに対して持つ微妙な感情に言及されているところでした。
おそらくこれがロシアを上海協力機構に走らせた根っこなのでしょう。
特に、欧州とロシアの現状と将来を把握する上で「5.ポーランドを得てロシアを失う」と「7.同盟は橋を架ける」は必読と思います。
なぜNATOにロシアを参加させねばならないか?
93年秋の「トラーべミュンデ米独国防相非公式会談」の重要性と「PfP」
96年時点でNATOが示した「戦略の3要素」
ロシア問題解決への提言
ロシアが理解すべきこと
ロシアの対外行動とロシア軍に対する評価
等が記されています
あわせて、ナウマン将軍の最後の職となったNATO軍事委員会議長(NATOCMC)の地位の重さが分かります。
■各章のガイド
第一部(ヨーロッパの和解と軍人の貢献)は
 1.かつての敵が友人となる
 2.友好関係の試練
 3.ドイツの統一ー国家人民軍の解体と吸収
 4.ロシア人は来て、そして去ったーソ連軍の撤退
 5.ポーランドを得てロシアを失うーNATOとロシア
 6.軍人とヨーロッパの和解ードイツの貢献
 7.同盟は橋を架けるーNATOの拡大
 8.微妙な任務ーイスラエルとの協力
 9.防衛任務と国際貢献
10.新しい兵士の役割
から成ります。
第二部(不確実な世界における平和への道)は以下の二章から成ります。
11.移行過程における危機対処
12.平和のための機構
各章の簡単なあらすじです。
■1.かつての敵が友人となる
では、分割された欧州の再統一にあたって軍が果たした貢献を、連邦軍創設時と比較して総括しています。序章に相当する章です。
■2.友好関係の試練
では、8~90年代のドイツ政府内での戦い、初の海外派遣の回想などNATOという軍事同盟内で不信感をもたれていたドイツの信頼が如何にして回復されたかが述べられています。
■3.ドイツの統一ー国家人民軍の解体と吸収
では、旧東独軍解体と連邦軍への吸収の過程が描かれています。<準備期間が数週間しかなかった>には驚きました。旧東独軍の大佐の大多数と将官すべてを退役させています。イデオロギーに支配された軍の異常性をよく理解できます。共産国では自分以外の政府機構のことを全く知らない実態などが描かれています。
■4.ロシア人は来て、そして去ったーソ連軍の撤退
では、ソ連軍の東独撤退について書かれています。ナウマン将軍が見るところ、<ソ連軍は東独軍の心を一度も捉えていなかった。>そうです。東独軍はソ連軍を友軍だとは一度も見ていなかったようです。
あわせてソ連軍について、装備の面では脅威だったが、<「下からの自発性」を認めない体制を強制されていることを見落としていた。個人の自由がある程度なければ最新技術は扱えない>という興味深い見方を示しています。
■5.ポーランドを得てロシアを失うーNATOとロシア
では、96~99年のNATOとロシアの関係が記されています。丁度このときナウマン将軍はNATO軍事のトップ「NATO軍事委員会議長」の立場でロシアと接していました。ロシアが「NATOにおける共同決定権を強硬に主張」したことがNATOとロシアの交渉を破綻に導いたとしています。
また、NATO東方進出に関するデマ話(90年時点でNATOは東方進出を考えていた)についても言及があります。
<信頼により尊敬を獲るほうが、恐怖と脅威よりも長期的に見て望ましい>とするナウマン将軍の姿勢が心に残ります。
この章は極めて重要といえるでしょう。
■6.軍人とヨーロッパの和解ードイツの貢献
では、ナウマン将軍が国防省軍事部政策長、連邦軍総監部第三部長当時のドイツ統一前後の出来事が書かれています。
欧州最大の隣国を持つドイツが、冷戦崩壊、ドイツ再統一にあたって、軍人交流を通じて「今日から敵ではなくなった昨日までの敵」と交流を深めてゆく過程が記されます。それを支えた軍人の尽力がいかに大きなものであったかがよくわかる内容です。あわせて、<下士官が脆弱な共産軍>といった軍事専門性が高い章でもあります。統一ドイツとドイツ連邦軍は、軍交流を通じて隣国から信頼を勝ち得ました。
■7.同盟は橋を架けるーNATOの拡大
90年代に起こったドイツと欧州を起点とする世界情勢の変化の実際について書かれています。ここでナウマン将軍は、<90年時点でNATO東方拡大は誰も考えていなかった>と明言しています。
NATOの再構築がいかに行なわれたのか?
<1.協力に向けてNATOを開放する
1.攻撃に対する共同防衛目的の同盟から、軍事力を含むあらゆる手段を使って危険を同盟地域から努めて遠ざけることを目指すべき同盟への模索>など、貴重な証言がたくさんあります。今よく使われている「平和のためのパートナーシップ」と「フランスのNATO軍事委員会参加」が生まれるきっかけとなった93年秋の「トラーベミュンデ米独国防相非公式会談」についても多くの
スペースを割いて記されています。
トラーベミュンデ会談は大変意義の大きいものでしたが、「国防相が外交面の話を中心にするようになり、軍事政策等の純軍事の本来課題に時間を割けなくなった結果、米国発のRMAが無視される結果を生んだ」としています。
この章も大変貴重で、必読だと思います。
■8.微妙な任務ーイスラエルとの協力
では、イスラエルとのかかわりが記されています。ユダヤ人虐殺という十字架を負うドイツにとって厄介な相手のように思いますが、ナウマン将軍はこの章でこんなことを書いています。<イスラエルはレバノン侵攻により、犠牲者ゆえの無実の立場を失い、自らが犯罪者となった。ユダヤ人組織はこのことを理解しなければならない>
先ほど挙げた「一瞬で変わった武器供給政策」もここに詳細が書かれており、あわせて「小切手外交には限界がある。効果が一瞬しかない」との指摘もされています。また、海軍による艦艇訪問効果、優れた外交上の成果を指摘しています。
一番目についたのは、「人口動態がイスラエル不利に動いている」との指摘です。ずいぶん以前にヨーソロ様からまったく同じことを伺っていたので自慢に思いました。見識ある軍人の着眼点は同じところにあるようです。
米のユダヤ社会に対する世論工作など興味深いこともかかれています。
■9.防衛任務と国際貢献
では、現在から将来に向けての軍事の本質に関する提言が記されています。
この章も必読です。
「軍備管理概念で大量破壊兵器問題を解決しようとするあらゆる努力は何の効果も生まなかった」「PKOを行なえる組織はNATOしかない」など、活きた貴重な指摘が山のようにあります。
なかでも、
「変化する時代の中では、軍人が軍の役割について政治的に話をすることが必要」という点は重要で、ナウマン将軍はこの言葉を91年11月の「ナウマン・ペーパー」で実践しています。誇り高く次のように書かれています。<ドイツ軍は90年代初頭に世論と向き合い、軍の方向性を明確に示した>
世論はそれにOKを出し、連邦軍は改革をはじめることができました。
ナウマン大将はこの改革について、ドイツの責任を果たす姿勢を同盟国に示すことが明らかにできた点で重要だったと総括されています。
この改革では、指揮系統一元化のため指揮作戦コマンドが創設されました。
その過程で各軍種からの反発があったとも書かれています。NATOの一員として即応任務に当たる場合「統合作戦」になるのは必定で、それには指揮の一元化が必要だったと説明されています。
また、海外派遣問題についてはここで説明されている以下の点を、国民は知っておくべきと思いました。
1.ソマリアにPKO派遣されたときドイツ軍兵士が現地人を射殺しています。
このときドイツ軍はどう対処したのか?
1.ROEが明確に規定されてはじめて部隊を海外派遣できるということ。
■10.新しい兵士の役割
でナウマン将軍は、戦うことではなく、救い護る役割の方が重要であり、冷戦以降の軍人は「戦士+α」の存在になってきている、と指摘しています。
あわせて、冷戦後の時代に軍が成果を上げてきたさまざまな任務の中に、「防衛外交」と英国で名付けられた「明確な役割を持つ兵器輸出・兵器援助・教育援助」が国防政策の一環として行なわれてきたとしています。
MOOTW(アメリカが提言する「戦争以外の作戦」)に関しても経験に基いた知見を八点にまとめ示されています。情報の扱いに関する以下の言葉も非常に含蓄あるものです。<リアルタイムの情報は創造性喪失と責任回避につながるので、すべてのレベルで注意すべき>
この章の最後の言葉は、本著すべてを通じて流れるナウマン将軍の警鐘です。
<平和を創造することは政治の使命であり、それによって軍隊にも任務が与えられる。しかし、その任務はまだ達成されていない>
■11.移行過程における危機対処
「危機対応」という未知の分野への備えが必要ということが書かれています。国連安保理による委任は疑問の余地のない正当化の根拠となり、「法的基盤」「内政不干渉規定の免除」をもたらす、としています。しかし国連には限界があり、将来に向けて、安保理委任のない場合の武力行使の可能性を残しておかなければならない、と現実を深く知る方ならではの言葉を記されています。
ひとことでいえば、ナウマン将軍がクラウゼヴィッツ的な立場に立っていることも分かります。
■12.平和のための機構
現時点で欧州、米を含めた全体的、効果的で持続可能な安保機構は未だ存在していないと説きます。国連の問題点は「ポスト近代、近代、前近代の世界」が公式に同等の権利を有して隣り合って座っていることにあると指摘しています。あわせて国連は戦争を正当化できず、正当化を望まないと見ており、将来も不完全にしか対応できないとの見方です。
だから、安保は任務が世界規模であっても地域的組織によってのみ形成でき、欧州にはOSCE、EU、NATOがあるが欧州で唯一完全に機能しているのはNATOのみであるとしています。
欧州にとって米がきわめて重要な存在であることも繰り返し主張しています。
「欧州とカナダは目前の役割を米と共にのみ克服可能で、米なしで克服できないこと、グローバル化した危機の時代における安全保障が、米なしで考えられないことを正確に理解している」
「連合国と共に戦争しなければならないのは非常に腹立たしいが、連合国なしで単独で戦わねばならないよりは何倍もよい」(チャーチル)
これらは、わが国も傾聴すべきことばでしょう。
将軍はあわせて、米の「ワシントンの遺言」「まず米の国益の貫徹を図る」を十二分に注意しておくべきといいます。また「米に戦闘を負担させる」という姿勢は、頭越しにロシアと交渉される結果を招くため、欧州は「戦闘の主役として前線に出る」ことが必要としています。
最後に将軍は、以下のような指摘をされています。
<不確実な地球規模の危機に無条件で対応できる能力、紛争阻止能力など切迫した政治的役割を引き受けることのできる手段は存在していない。したがって、当面の間暫定的な解決策と共に生きねばならない。
同時に、現有の組織を変更し、改善することに努める一方で、これらの組織をもって実際の危機において作戦を行い、問題の解決を図らねばならない。これは決して素晴らしい見通しではない。しかし、依然として実行までに数十年も必要とする将来像の開発に固執し、この不安定な世界で何も行動しないよりもずっとよい。それでも、以下の2つの役割に関する提案には、早急な対応が必要と思われる。
1.国際連合の対応能力を改善する
2.ヨーロッパにおいてNATO、EU、ロシアとアメリカを結びつけることによって、これらを統制するための機構を創設する方策を見出す。その機構の役割は、危機に際して勧告し、関係する諸国と組織に影響力を及ぼす可能性のある緊急の危機の克服において、その指揮を担当するにもっとも適した組織を決定することである>(P279~280)
<現在の危機において行動できるNATOやEUのような組織を、この時代の環境条件に適応させることを決して忘れてはならない。さらに、その手段、特に軍隊は政治が設定する任務を遂行できるように構成されていなければならない>(P281)
■ドイツを見習おうという言葉は簡単ですが
ひとつ思うことがあります。
本著の出版にあたって、先の大戦の敗戦国という共通項を持つ「ドイツ」の軍事政策から、わが国も見習う点があるだろう、との意図があったろうと思います。
しかし、いまだ解決しない憲法問題、武器輸出三原則問題を抱えているため、「国家」レベルで、わが国軍事はきわめて大きな制約に阻まれています。
世界の主流になっている「連合作戦」に参加できない状況も続いてます。
ドイツは湾岸戦争当時、憲法の制約によりトルコまでしか部隊を出せず、NATO内で白い目を向けられ孤立しました。金だけ出して世界からつまはじきになったわが国とよく似た状況だったんですね。
しかしドイツはそのことを反省し、NATO域外でも軍が活動できるべく環境作りをしました。それにあたっては、軍が先頭に立って「新たな時代の軍事」を国民に説明しています。
また、イスラエルとの交流について書かれた「8.微妙な任務」では、<湾岸戦争で一夜にして対イスラエル武器供給政策が一変した。(中略)悪名高い教条主義であった外務省はここで一度だけ柔軟な姿勢を示した>と紹介されています。
国家レベルでこういう見識を示し、胆識をもってそれを実行した各レベルの指導者の質もわが国とは異なります。
政治をめぐる問題も、外務省との主導権争いなどといった権力闘争も、メディアとの対立も、無知な世論に泣かされる経験も・・・、ドイツもわが国も軍事で抱える問題は同じようなものです。しかし違うのは、世界の一員という意識で「国家としてやるべきことはやるんだ」という姿勢をドイツは持っていたことです。
軍の役割に対し国家指導部が発揮する洞察力、見識が、わが国とはまったく違う感を受けます。シュトルテンベルグ国防相のような、政治力と視野の広さ、決断力、見識、胆識を兼ね備えたシビリアンの存在も大きな違いですね。
ですから、非常に残念ですが、ドイツとわが国は似て非なる存在といってよいでしょう。鵜呑みにエキスをえられない理由はそこにあります。
あわせていえば、ドイツ連邦軍は創設当時から軍であり自衛隊ではなかったということです。連邦軍はあくまで軍として存在しており、一度たりとも連邦自衛隊だったことはありませんでした。
しかし、いたずらに自国を卑下することにはなりません。
少なくともわが自衛隊レベルでは、本著で紹介されている世界の軍事潮流は正確に把握されており、それに沿った形での変革がすでに進められています。
憲法の制約下で歯軋りしながらではありますが、わが自衛隊は時代の流れを見失うことなく、国益を図るため、海老のように殻を脱ぎつつ進化している、との安心感と信頼感を本著を通じて改めて強く持っています。
政治が本当の意味で目を醒ましたときに必要な手を打てるよう、ギリギリではありますが最低限度の備えをわが自衛隊は整えていることでしょう。
あわせて、欧州では冷戦が終わりましたが、わが周辺ではまだ終わっていません。
わが国は、未だ崩壊しない「冷戦への備え」と、欧州発で中東方面で展開中の「新たな軍事世界」への対処を同時並行で進めなければなりません。
その任にあたるわが自衛隊から、「軍として動けなくない枠」を取り去らねばならない、とあらためて肝に銘じています。
■欧州向けの内容ですが
ナウマン将軍はこの本を欧州人向けに書きました。
しかし読んでみると、結構通じるものがあります。
なぜでしょう?
<国家は、近代化されればされるほどより脆弱になる>
<いまや、民主主義世界は、東西対立から生まれた秩序体制がむしろ歴史上の例外であったと気が付き始めている>
<国家社会は、無秩序を克服すると同時に、安全を回復するために新たな秩序を見出すという試練に直面している>
<中東はもっとも危険な世界の紛争地域である>
といった言葉を見てもお分かりのとおり、今の危機は、過去のそれとは違い、世界各国が一緒に対処する必要がある「グローバル」な存在であるという点でしょう。
グローバル化した世界は便利極まりない生活をもたらした一方で、危機をもグローバル化し、国境を越えた存在にしてしまいました。
あわせて唯一の超大国アメリカは、9・11テロで本土を攻撃され、それまでの威信を失い単独でグローバルな危機に対処することが不可能になっています。
危機のグローバル化に早い段階で気付いたNATOは、90年代から備えてきました。CJTFなど、新しい概念の部隊が現在世界各地で展開できているのはそのためです。しかし未だその取り組みの途上です。
この取り組みを一般人が知ることはこれまでほとんどありませんでした。
唯一の例外は佐瀬昌盛さんの著作ですが、佐瀬さんの書籍と論文のみでは落ち着きどころが見当たらず、困っていた人も多いと推察します。
冷戦後の欧州軍事を語るうえで最適任のナウマン将軍を通じて、このことを学べることを喜びに思います。
最適の参考書をえて、佐瀬さんの著作の功績も改めて認められることでしょう。
正直言って訳文が読みにくく、連邦軍総監が大将?といった枝葉末節での不満は残りますが、それを忘れさせる質の高さを賞賛するばかりです。
商売的にはかなり厳しいのではと愚考しますが、よくぞ世に送り出してくれたものです。
今現在の軍事最前線を把握するうえで、最適かつ必読の書といえるでしょう。
心より、すべての方にオススメします。
今回ご紹介した本は
『平和はまだ達成されていない ナウマン大将回顧録』
クラウス・ナウマン
日本クラウゼヴィッツ学会訳
芙蓉書房出版
2008/4/22発行
でした。
(エンリケ航海王子)
追伸
米を中心に大西洋のNATO、太平洋の日米韓アンザス同盟、北米のNORADでグローバル危機に対処する。本著を通じて、せめてこういう気概を持つ国民になりたいものです。あわせて、わが周辺に冷戦が残っている現実を、視野から落とさないでください。
今回ご紹介した本は
『平和はまだ達成されていない ナウマン大将回顧録』
クラウス・ナウマン
日本クラウゼヴィッツ学会訳
芙蓉書房出版
2008/4/22発行
でした。
もくじ
日本語版への序文  クラウス・ナウマン
序文
第1部 ヨーロッパの和解と軍人の貢献
 1.かつての敵が友人となる
 2.友好関係の試練
 3.ドイツの統一ー国家人民軍の解体と吸収
 4.ロシア人は来て、そして去ったーソ連軍の撤退
 5.ポーランドを得てロシアを失うーNATOとロシア
 6.軍人とヨーロッパの和解ードイツの貢献
 7.同盟は橋を架けるーNATOの拡大
 8.微妙な任務ーイスラエルとの協力
 9.防衛任務と国際貢献
10.新しい兵士の役割
第2部 不確実な世界における平和への道
11.移行過程における危機対処
12.平和のための機構
【解説】
ドイツ連邦軍と安全保障政策 -冷戦期と冷戦終焉後の変化-
小川健一
訳者あとがき 川村康之
今回ご紹介した本は
『平和はまだ達成されていない ナウマン大将回顧録』
クラウス・ナウマン
日本クラウゼヴィッツ学会訳
芙蓉書房出版
2008/4/22発行
でした。